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第25話 隣にいてほしい人

 翌朝、ギルドの裏庭に岩竜の巨体を出すと、集まっていた職員たちが一斉に声を失った。その顔を一人ずつ見回すと、悠真の口元が勝手に緩む。


「これが、青銅の迷宮の主か」


 ギルド長のローデンが、断ち切られた首へ触れる。大柄な男が隣へ立っても、竜の大きさは際立っていた。


「二人で倒したんだな?」

「ああ。リラもよく戦ってくれた」


 悠真が隣を見ると、リラは獣王の大剣を抱えたまま、少しだけ顎を上げた。刃を守る布を巻いているが、それでも十分に目立つ。

 ローデンは豪快に笑い、二人の肩を叩いた。


「聞いていた以上だ。お前たちをいつまでもFに置いておくわけにはいかん。今日からDだ」

「一つ飛ばして?」

「こんなものを持ち帰る奴に、何を待たせる必要がある」


 フィナが新しい札を二枚持ってきた。悠真が受け取って眺めると、昨日までと色が違う。それだけで、なんだか背が伸びた気がする。


「受けられる仕事も、報酬の大きさも変わりますよ」

「それはいいな」


 新しい札を見た冒険者たちが、どっと近づいてきた。


「Fから、いきなりDだって?」

「Eの依頼も受けずに飛ぶ奴なんて、初めて見たぞ」


 同じことができるなら考えると、ローデンが岩竜を指して答える。男たちはそろって首を振り、それから悠真の札を羨ましそうに眺めた。


「大したもんだ。俺はDまで、何年もかかったよ」


 悠真は肩を叩かれ、にやけたまま何度も頷いた。普段なら服の下へしまう札を、今日は胸の上に出しておく。隣のリラの胸にも同じ色の札が揺れ、髪では銀の髪飾りが光っていた。

 売却する宝石と武具、竜の素材を預けると、相当な金額になると教えられた。宝物庫から持ち帰った金貨だけでも余裕はある。そのうえ大きな臨時収入だ。

 悠真は思わず息を吐いた。


「しばらく、毎日いい肉を食えるな」

「しばらくどころではありませんよ」


 フィナは笑いながら、袋をいくつも差し出した。詳しい評価はギルドが引き受けると言うので、そのまま任せることにした。今、長々と机に座っている気にはならない。今日はリラと遊ぶ約束だ。

 最後に黒い袋を見せると、ローデンが珍しそうに目を細めた。


「影収納袋か。いいものを見つけたな。魔力を流して入れたい物を思えばいい。生き物は入れるなよ」


 悠真から袋を受け取ったリラが小さな水筒を近づけると、袋の口に黒い影が広がって水筒がすっと消えた。


「入りました!」

「出す時は、欲しいものを思えばいい」


 もう一度手を入れると、同じ水筒が戻ってくる。リラは感動した顔で悠真を見た。


「これで、悠真さんのご飯も持てます」

「自分の好きなものも入れてくれ」

「はい。半分ずつにします」


 リラは影収納袋の紐を腰へ結んだ。使えるようになったことが嬉しいのか、もう一度だけ水筒を出し入れしている。

 裏庭へ見物に来た冒険者から、竜をどう斬ったのか教えてほしいと声がかかった。席も酒も用意すると、腕を引かれそうになる。

 本当は、もう少し囲まれていたい。皆が自分の話を待っていて、口を開けば喜んで聞いてくれるのだ。だが隣のリラは、手に入れたばかりの袋を腰に下げてすっかり出かける支度を終えていた。


「その話は、今度で。今日はリラと約束してるんです」

「そうか。そっちの約束なら、引き留められんな」


 男はリラの顔を見て笑い、道を空けた。悠真が差し出した手を、彼女が嬉しそうに取る。

 ローデンとフィナへ礼を言い、二人でギルドを出る。

 通りへ出ると、リラは胸の札を指でつまみ、悠真の札と並べて色を見比べた。同じ色だと確かめるたび、尾が揺れる。何度見ても同じ色だろうに。笑いをこらえて、つないだ手を市場の方へ引いた。

 最初に入ったのは服屋だった。店主の女性は二人を見ると、何も言わずに明るい色の服を何着も運んできた。


「彼女に選んであげるんでしょう?」


 その一言に、リラの頬が染まった。悠真も頬をかいたが、否定はしなかった。


「似合うものを見たいんです。いくつか着てもらっていいですか」

「もちろん。座ってお待ちなさい」


 リラが奥へ消えている間、悠真は新しい腰帯をいじりながらどんな服がいいか考えた。戦いやすさも大事だが、今日は町で楽しむ服が欲しい。正直に言えば、女の子らしい格好のリラが見たい。

 布の仕切りが開いた。

 現れたリラは淡い黄色のワンピース姿で、膝の下まで柔らかな布が広がっている。銀の髪飾りの下では、犬耳が緊張したように小さく動いていた。


「どう、でしょう」


 悠真はすぐに答えられなかった。普段の装備姿も可愛いが、今日のリラは、ちゃんと女の子だ。目が離せない。


「すごく可愛い。これ、俺の好みだ」


 リラは両手で裾をつまみ、嬉しそうに笑った。


「じゃあ、これがいいです」

「他も着てみよう。俺が見たい」


 店主が楽しそうに次の服を差し出してきて、リラも恥ずかしがりながら何着か試してくれた。

 青い服では落ち着いて見え、白い上着を重ねると清楚な雰囲気になる。どれも捨てがたく、結局三着とも買うことにした。慌てるリラには悪いが、今日は遠慮してほしくない。


「好きな相手には、いい格好をしてもらいたいだろ」


 言ってから、自分で少し驚いた。リラは服を抱えたまま固まり、店主は黙って代金を受け取ってくれた。

 黄色いワンピースのまま店を出ても、リラはしばらく静かだった。悠真の手だけは離さない。いつもより強く握られているので、嫌だったわけではなさそうだ。

 甘いパンを売る店の前へ来た時、彼女がようやく顔を上げた。


「さっきの、好きな相手って……」

「リラのことだよ」


 悠真は今度こそ、考えて答えた。


「仲間としても好きだし、女の子としても、すごく好きだ」


 リラの目が潤むのを見て、悠真は人通りの少ない方へ彼女を連れていった。パン屋の裏の小さな広場には花が植えられていて、噴水のそばに長椅子がある。

 二人で座っても、手はつないだままだった。


「俺は、リラにもっと近くにいてほしい。町を歩く時も、飯を食う時も。仕事が終わったら、真っ先に会いたい相手でいてほしい」


 悠真はつないだ手に力を込めた。


「恋人になってくれないか」


 リラは何度も頷いた。言葉を出そうとして、うまく出ないらしい。悠真が黙って待つうちに、彼女は一度息を整えて顔を上げた。


「なりたいです。私、ずっと、悠真さんが好きでした」

「うん」

「助けてくれたからだけじゃなくて、一緒にいると嬉しくて、帰る時に手をつなぎたくて、他の女の人と仲良くしていると、少し嫌で……」


 途中で恥ずかしくなったのか、リラは顔を伏せてしまう。悠真はその肩へ腕を回した。


「それなら、俺も同じだ。リラが他の男とこんなふうに座っていたら、かなり嫌だと思う」


 腕の中で、リラの体から少し力が抜けた。それから、ためらいながら悠真の胸へ寄ってくる。


「私、悠真さんの恋人なんですね」

「ああ。俺の恋人だ」


 リラが顔を上げた。近づいても離れないので、悠真は額が触れそうな所まで身を乗り出した。


「キスしてもいいか?」


 リラの犬耳がぴんと立った。頬を真っ赤にしたまま、彼女はゆっくり目を閉じた。

 悠真はそっと顔を寄せた。

 唇は柔らかく、触れた瞬間に彼女の指が強く握り返してくる。短いキスを終えると、リラは目を開けて、涙を浮かべたまま笑った。


「もう一回、いいですか」


 悠真は返事の代わりに、もう一度彼女へ近づいた。

 その後に買った甘いパンは、いつもより甘く感じた。リラは一口食べるたび悠真を見て、何も言わずに笑う。その口元についた果物の欠片を、指で取ってやった。

 市場を歩き、剣の鞘を注文し、靴を選んだ。リラはどの店でも悠真の隣から離れず、恋人ですかと聞かれると、はっきり頷いた。

 夕方、麦穂亭へ戻ると、メルが二人の顔を見ただけで笑った。


「いい一日だったようだね」

「最高だった」


 悠真が素直に答えて、リラがその腕へ寄り添う。メルは、二人で食べられる席を用意すると約束してくれた。

 そこへ、表通りから慌ただしい足音が近づいてきた。


「市場に火の獣が出た! 冒険者はいるか!」


 悠真が振り向くより早く、リラは影収納袋から獣王の大剣を取り出していた。


「行きますよね」

「ああ。デートの続きを邪魔されるのは困る。さっさと片づけよう」


 胸のD札を確かめて、悠真も月鋼剣を取る。二人の姿を見た途端、知らせに来た男がさっと道を空けた。


「竜を倒した人がいるぞ!」


 表へ向けて張り上げられた声に、通りの人々が一斉に振り返る。悠真は胸の札がよく見えるよう背筋を伸ばし、市場の方へ駆け出した。


お読みいただき、ありがとうございます。

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