第24話 黄金を抱えて帰ろう
宝物庫へ入った悠真は、まず金貨の山に手を入れた。指の間を滑る金属が冷たい。これだけの金を、自分のものとして触るのは初めてだ。
「重いな」
持ち上げた金貨を両手から落とすと、明るい音が重なった。リラが隣で笑う。
「悠真さん、お顔がすごく嬉しそうです」
「そりゃ嬉しいよ。欲しかったものが、いろいろ買える」
悠真は何度も両手で金貨をすくっては落とした。それでも、山はほとんど低くならない。
次に小さな箱を開けると、布に包まれた赤や青の宝石が出てきた。宝飾品に詳しくなくても、高いものだということくらいはわかる。
「リラ、何か気に入ったものはある?」
「これ、綺麗です」
彼女が持ち上げたのは、花をかたどった銀の髪飾りだった。金色の小さな石が中央にはまっている。犬耳の下へ当ててみると、栗色の髪によく映えた。
「似合う。もらっていこう」
「本当に、これでいいんですか。売った方が高いかも……」
「リラがつけている方が、俺にはいい」
彼女は口を閉じ、それから嬉しそうに笑った。髪飾りを留めてやる悠真の指は、慣れなくて少しもたついた。それでもリラは鏡の代わりに銀の皿を覗き、満足そうに頷いている。
「町へ帰ったら、このまま歩きたいです」
「ああ。皆に見せてやろう」
悠真は自分用にも、黒い革の腰帯を選んだ。銀の留め金が格好いい。今の服にも合うし、月鋼剣を下げるのにちょうどよさそうだ。
リラが近づき、腰帯の位置を確かめてくれた。
「すごく強そうに見えます」
「強いんだぞ」
「知ってます。私が一番、知ってます」
悠真は咳払いをして、腰帯を締め直した。
宝物庫には武具も並んでいたが、月鋼剣と獣王の大剣を上回るものは見当たらなかった。使わないなら売ればいい。傷んでいない品は片端から収納へ放り込んだ。
最後の棚に、影のように黒い袋が置かれている。口を開くと中が見えず、手を入れても底へ届かない。能力の文字を読んだ悠真は、思わず口笛を吹いた。
「収納袋だ」
「私にも使えますか?」
「使えると思う。ただ、詳しい扱いは町で確かめよう。今日は中身を空にして持って帰る」
リラも収納袋を持てば、大きな荷物を抱えて歩かなくて済む。よたよたしているリラも可愛いが、手が空いていれば手をつなげる。そっちの方がいい。
宝物庫を出る頃には、金貨の山も武具の棚もすっかり空になっていた。
「よし。帰ろう」
「お肉と、甘いパンですね」
「それから風呂と、柔らかいベッド」
リラの耳が少し赤くなる。自分の言葉を思い返した途端、悠真までつられて頬が熱くなった。……今のは、深い意味じゃない。たぶん。
階段を上がると、庭園に避難していた四人が待っていた。悠真たちを見つけるなり、女魔法使いが立ち上がる。
「戻ってきた! 竜は?」
「倒したよ」
そう答えると、四人が一緒に黙った。
「……今、倒したって言ったか?」
「うん。素材も持ってきた」
悠真が収納から折れた角を一本だけ出して床へ置くと、重い音が庭園に響いた。盾の男が両手を当て、その断面をじっと見つめる。
「本物だ。あいつの角だ……」
その声が震えた。剣士が笑い出すと、つられて他の三人も笑う。さっきまで竜に怯えていた人たちが、今は笑っている。にやけそうになるのを、悠真はぐっとこらえた。
「帰り道も一緒に行こう。怪我人がいるし」
「助かる。恩が増えていくな」
「町へ戻ったら、旨い店を教えてくれればいいよ」
女魔法使いが勢いよく頷いた。
「肉なら東通りの店。甘いものなら市場の角よ。どっちも私が案内する」
リラがぴくりと耳を動かした。悠真の袖をつかむ手に、少し力が入る。
「お店は、教えてもらうだけで大丈夫です。悠真さんとは、私が行きます」
女魔法使いは二人を見比べ、楽しそうに笑った。
「わかったわ。邪魔しない」
はっとして口を押さえたリラの手を取り、悠真はそのまま歩き出した。これでいい。帰ったら、二人で食べ歩きだ。
守護像は砕け、岩兵も戻っていないので、帰路は行きよりずっと速かった。水路に架けた橋の上で、盾の男がしきりに感心している。
「橋まで作ったのか。ここ、毎回跳ぶのが怖かったんだ」
「板があったからな」
「あの長い板を、大蛇のいる水の上で渡したのか。俺たちじゃ、一枚抱えたところで丸呑みだ」
「蛇は先に斬った。板は、リラが軽々運んでくれたよ」
男はリラの大剣を見て、大きく頷いた。橋の縄が緩んでいないのを確かめてから、一行は先へ進んだ。
途中で現れた魔物は、リラが獣王の大剣で蹴散らした。金色の斬撃が走るたび、同行する冒険者たちが足を止める。彼女は最初こそ照れていたが、やがて堂々と剣を振るうようになった。
悠真の仲間だと紹介されたリラが、皆から強いと褒められている。自分のことでもないのに、悠真まで胸を張っていた。
出口から日の光が見えた時、リラが小さく歓声を上げた。外はまだ明るい。草の匂いと風の温度が、迷宮の中とはまるで違っていた。
見張りの冒険者が四人の姿を見て走ってくる。
「お前ら、生きてたのか!」
「この二人が助けてくれた。岩竜も倒したぞ!」
その一言で、入口の人々が一斉にこちらを向いた。悠真は驚きと疑いの混じった視線を浴びながら、もったいぶって竜の角を取り出した。
騒ぎが広がった。
若い冒険者は武器を見せてほしいと駆け寄ってくるし、古い鎧の男はあの竜を倒せる者が来たのかと笑っている。見張りはもう、町へ知らせる馬を借りに走っていた。
「まだ入口なのに、大変ですね」
リラが耳元で囁いた。
「嫌じゃないだろ?」
「はい。悠真さんが褒められるの、好きです」
「俺は、リラが褒められるのも好きだよ」
勢いよく揺れる彼女の尾を横目に、悠真は手をつないだまま町へ向かった。
リーデンへ着く頃には、噂が先に届いていた。門番が笑顔で道を開けてくれて、通りに入れば次々と声がかかる。果物売りの男は赤い実を二つ差し出し、肉屋の女は今夜寄れと手を振った。
呼びかけられるたびに悠真がいちいち顔を向けて応えるものだから、ギルドの通りまで思いのほか時間がかかった。
ギルドの前で待っていたフィナは、悠真の顔を見てほっと息をつき、次にリラの大剣を見て目を丸くした。
「話を聞きました。お二人とも、すぐに中へ。ギルド長が待っています」
「素材を売るのは明日でもいいか? 今日は少し休みたい」
「もちろんです。まず無事を確かめたいだけですから」
悠真は頷いた。金の話は、落ち着いてから楽しめばいい。今は汗を流して、リラとゆっくり食べたい。
袖が軽く引かれる。
「悠真さん。今夜のご飯、二人だけがいいです」
人々の歓声に隠れそうな小さな声だった。悠真は彼女へ顔を寄せて、はっきり答えた。
「俺もそうしたい。とびきりいいものを頼もう」
リラの指が、悠真の手をぎゅっと握った。
ギルドへ入ると、酒を飲んでいた男たちが椅子から立った。悠真より年上の、体つきのいい冒険者ばかりだった。
「どっちが竜を倒したんだ?」
「二人で。リラの剣が足を止めてくれました」
そう答えると、男たちの目が彼女の大剣へ向いた。そのうちの一人が杯を置いて、握手を求めてくる。
「あの奥まで行っただけでも大したものだ。俺は息吹を見て逃げた」
差し出された手を悠真が握ると、思ったより力が強い。それでも相手は張り合おうとせず、ただ嬉しそうに笑っている。
「明日、竜をここへ出すんです。場所を借りられれば」
「朝から来るよ。そんなもの、見逃せるか」
奥から出てきたローデンも裏庭を空けておくと約束し、今日はもう休めと二人を送り出した。
また明日だと手を振る男たちの声が、麦穂亭へ向かう二人の背中を追いかけてきた。
その夜、麦穂亭の上等な部屋には、大皿の焼き肉と果物酒が運ばれた。窓の外で街の灯りが揺れている。リラは銀の髪飾りをつけたまま、悠真の隣へ座った。
「いっぱい食べていいんですよね」
「ああ。俺も今夜は我慢しない」
二人で杯を合わせると、乾いた音が重なった。肉は柔らかく、酒は甘い。一番よく焼けた肉をリラが差し出してくれたので、ありがたく食べてから同じように返す。
リラは食事の途中で髪飾りを外し、机の端へ置いた。
「明日、お店で服に合わせたいです。持っていきますね」
悠真は頷き、買い物に付き合うなら朝のうちに竜を出してこようと決めた。
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