↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/60

第22話 竜の息吹を止める手

 階段を駆け下りた悠真は、転がるように逃げてくる男を受け止めた。肩当てがひしゃげ、顔には白い粉がこびりついている。


「奥に何人いる?」

「三人だ。出口が、石で塞がって……!」


 悠真が男を壁際へ座らせてリラと先へ進むと、天井の高い大広間に崩れた柱と無数の岩が散らばっていた。その間を走り回っているのは、背中に鋭い石を生やした小型の竜だ。

 壁際には女魔法使いと剣士、盾を持った男が追い詰められている。仲間を背に庇う盾の男は腕が震え、魔物が体当たりするたびに靴が床を滑っていた。

 悠真は月鋼剣を抜き、盾の男を追い詰める小竜へ走った。


「そこ、もう少し耐えてくれ!」


 声に反応した小竜がこちらを向く。赤い口が開いた瞬間、悠真の斬撃が頭を断った。倒れる体を飛び越え、リラが次の一体へ獣王の大剣を振るう。

 金色の光が魔物の硬い背を割った。

 盾の男が目を見開いた時には、その前に悠真の障壁が張られていた。突進してきた三体の小竜が見えない壁にぶつかり、まとめて転がる。


「もういい。後ろへ下がって」

「だが、まだ……」

「俺たちがやる」


 短く言うなり、悠真は倒れた小竜を炎で包んだ。岩のような皮が赤く焼けて動きが止まり、その隙に残る一体の核をリラが叩き割る。それで、壁際を埋めていた群れは全滅した。

 終わったと分かった途端、女魔法使いは杖を抱えたまま座り込んだ。うまく息が吸えないのか、肩が何度も上下している。悠真が差し出した水を盾の男が慌てて受け取り、彼女の背を支えて飲ませた。


「大きな怪我は?」

「俺は腕だけだ。二人は、たぶん平気だ。あんたたち、何者なんだ?」

「悠真とリラ。探索に来たところだよ」

「探索って……ここ、普通は誰も来ないぞ」


 悠真が笑うと、男はようやく息を吐いた。足元に散らばる折れた剣と割れた盾は、彼らより前に挑んだ誰かのものだろう。


「岩竜が起きたって聞いた。あいつらか?」


 倒した小竜を示すと、男は首を振る。


「子供だ。親はあの奥だ」


 男の言う広間の向こうには、巨大な岩山があった。最初はただの壁に見えたが、よく見るとゆっくり上下していて、その下から人の胴より太い爪が覗いている。

 思わず見上げた先で、子供の頃に本の挿絵で眺めた竜が息をしている。大きな爪が動くたび、足の下まで震えた。今は出口が先だ。それでも、目が離せない。


「出口まで送る。その間に、ここへ残っている人がいないか教えてくれ」

「俺たちで最後だ。さっき一人、助けを呼びに逃がした」

「会った。階段にいる」


 仲間が無事だと聞いて、盾の男が顔を覆った。張りつめていたものが切れたのだろう。悠真は落ち着くのを少し待って、リラへ声をかけた。


「後ろを見ていてくれ。俺が道を作る」

「わかりました」


 階段へ戻る道には、大きな柱が倒れていた。細い隙間はあるが、負傷した男を連れて抜けるには厳しい。悠真は柱へ触れ、身体強化を高めた。

 力を込めると、何人も乗れそうな石柱が持ち上がる。


「……嘘だろ」


 持ち上げた柱をそのまま広間の端へ転がすと、通れるだけの道が開いた。


「これで歩ける」

「俺たち、四人で動かそうとして、全く……」


 言葉が続かない剣士に、悠真は黙って開いた道を示した。

 リラが振り向いた。


「悠真さん、後ろです!」


 岩山が動いていた。広間全体へ重い音が響き、二本の角を生やした頭が起き上がる。開いた口の奥で、灰色のものが渦を巻いた。

 悠真は全員の前へ出た。


「リラ、皆を集めて」


 岩竜の咆哮が空気を殴りつけた。次の瞬間に吹きつけた石の嵐には、拳ほどの破片から人の頭ほどの岩まで混じっている。逃げる時間はない。

 悠真は両手を前へ出し、障壁を大きく広げた。

 轟音が続いた。

 岩が透明な壁で砕け散って、白い粉が視界を覆う。背後の悲鳴にも振り返らず、障壁へさらに魔力を流し込む。重い。だが押し負けるほどではない。


「そのまま、動かなくていい」


 自分の声が思ったより落ち着いていて、少しおかしくなる。

 嵐が弱まると、障壁の外側に石の山ができていた。悠真たちの足元には、小さな破片すら入っていない。

 盾の男が、自分の胸と悠真の背中を交互に見た。


「生きてる……俺たち、まともに受けたのに」

「俺の後ろなら大丈夫だ」


 盾の男が仲間の腕を取り、悠真の背後へ寄せた。

 岩竜が再び息を吸うのを見て、悠真は障壁を残したまま火術を放った。炎の槍が口元に当たって巨大な頭が横へ揺れ、苦しげな唸りが上がる。


「今のうちに階段へ」


 リラが女魔法使いを支え、男たちが後を追う。その間に悠真はもう一度炎を撃ち込み、岩竜の動きを止めた。硬い皮に深い傷はつかないが、嫌がっているのはわかる。

 すぐに倒す必要はない。まずは退避する人間を守り、その後で思いきり戦えばいい。

 階段の手前で、盾の男が膝をついた。震える腕では仲間につかまることも難しく、壁を頼りに立ち直ろうとしている。


「肩を貸します」


 女魔法使いを剣士へ任せて男の左側へ入ったリラが、大柄な体を軽々と起こした。男が驚いて彼女を見る。


「私一人で大丈夫です。ゆっくり歩いてください」


 その背後で、岩竜の爪が床を擦った。こちらへ向き直った巨体が、前脚で障壁を押している。悠真は竜の目を見据えたまま、逆に障壁を一歩ずつ前へ押し返した。

 赤い瞳を細めて、竜が全身の重さをかけてくる。悠真の靴が石を鳴らしたが、透明な壁は後ろへ戻らない。


「まだ通さない」


 細く絞った火術を、悠真は前脚の指の間へ撃ち込んだ。たまらず岩竜が足を引いた瞬間、障壁を広げて通路を塞ぐ。背後から、全員が階段へ着いたというリラの声がした。

 壁を残したまま後退する悠真の向こうで、竜が何度爪を打ちつけても、逃げる人々の方へは石片一つ届かない。

 悠真は階段の入口まで戻って広間側へ障壁を張り、岩竜がここまで追ってこないのを見届けた。最初の男が仲間へ駆け寄り、無事を確かめ合う声が背中で聞こえる。


「上の庭園まで戻れば、休める。動く石の獣も、もう片づけてある」

「全部、あんたらが?」

「道は開いてるよ」


 女魔法使いが、ようやく悠真へ顔を上げた。


「助けてくれて、本当にありがとう。あの息吹の時、もう駄目だと思った」

「間に合ってよかった」

「あなたの名前、町へ帰ったら皆に話すわ。悠真さん、だったわね」


 悠真は頷き、リラが差し出した水筒をそのまま一行へ渡した。庭園まで戻る力は残っているようで、盾の男が何度も頭を下げてから四人は階段を上がっていった。

 階段の途中で、剣士が振り返った。


「竜の奥に扉があった。俺たちは近づけなかったが、金色に光っていたんだ。あんたたちなら、きっと開けられる」

「いいことを聞いた。帰ったら一杯奢るよ」

「奢るのは、こっちだろ!」


 男の笑い声が上へ遠ざかる。町で名前を話してもらえるらしい。悪くない。

 静かになると、リラが悠真の袖を引いた。


「戻りますか?」

「リラはどうしたい?」

「戦いたいです。新しい剣で、悠真さんの隣にいたい」


 金色の瞳に迷いはない。悠真が待っていたのも、その答えだった。


「俺もあれを倒したい。息吹はもう止めた。今度は、この剣が通るところを見たい」

「私の剣も、きっと通ります」

「ああ。二人で倒そう」


 リラが楽しそうに笑う。彼女の大剣にも悠真の月鋼剣にも、まだ刃こぼれはなく、二人とも体力は十分だ。

 悠真は彼女の頭へ手を置き、短く撫でた。


「勝ったら、今夜の肉はリラが好きなだけ食べていい」

「本当ですね?」

「俺も食べる。二人で腹いっぱいにしよう」


 リラが大きく頷いて獣王の大剣を構え直す。その横で悠真が障壁の向こうを見ると、広間の奥で岩竜が完全に体を起こしていた。

 天井へ届きそうな背中。並んだ岩の棘(とげ)。人をまとめて呑(の)み込める顎。その全てを見ても、悠真の足は前へ進んだ。

 障壁を解く。

 岩竜の赤い瞳が、悠真を捉えた。


「待たせたな。今度は、こっちから行くぞ」


お読みいただき、ありがとうございます。

「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや☆からの評価をいただけるとうれしいです。

感想も楽しみにしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。