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第21話 彼女のための獣王剣

 台座を囲んでいた四体の石の獅子が、ゆっくりと立ち上がった。肩の高さだけで悠真の背丈ほどもあり、一歩ごとに地面が揺れる。花の香りの中へ、乾いた土の匂いが混じった。

 リラは大剣を構えながらも、時折ちらりと台座の剣を見ていた。


「欲しいか?」


 悠真が聞くと、リラは驚いたようにこちらを見た。


「ええと、綺麗だと思います。でも、今の剣もまだ使えますし」

「欲しいなら、欲しいって言っていい。俺はリラに使ってもらいたい」


 悠真は石獅子の間から見える剣を指した。


「さっきの岩兵を斬った時、今の刃は引っかかっただろう。あれなら、もっと楽に振れるかもしれない」


 リラは台座を見つめ、今度ははっきり頷いた。


「欲しいです。あの剣で、悠真さんと一緒に戦いたいです」

「じゃあ、取りに行こう」


 石獅子が吠えた。獣の声に石の擦れる音が混じり、その響きが消えないうちに、最初の一体が草を踏み潰して飛びかかってくる。

 悠真が障壁で受け止めると、ぶつかった巨体の前足から爪が砕け散った。手応えは回廊の火砲より軽い。これなら正面から押し勝てる。


「リラ、左を任せる」

「はい!」


 彼女が走り出すのを見届けて、悠真は障壁を押し返した。弾かれた石獅子は空中でひっくり返り、後ろの一体へ激突する。絡まって倒れた二つの巨体へ、すかさず月鋼剣の斬撃を重ねた。

 割れた二つの胴体から赤い核が覗くと、悠真が小さく絞って撃ち込んだ炎がまとめて焼き切った。強い力を無駄なく使えると、それだけで気分がいい。

 横では、リラの大剣が石獅子の顎を砕いていた。だが刃が深く食い込み、抜ける前に最後の一体が彼女へ迫る。


「そのままでいい」


 言うより早く、悠真の障壁が二体の間へ現れた。襲いかかった石獅子はそこへ鼻先をしたたかに打ちつけ、頭をふらつかせる。その隙にリラは剣を引き抜き、短く息を吐いて核へ振り下ろした。

 庭園に重い破砕音が響いた。

 残った一体へ二人で並んで向かうと、石獅子は後ずさったように見えた。構わず踏み込んだ悠真が月鋼剣で頭から胴まで切り裂き、リラの一撃が核を砕く。これで、四体の獣は全て沈黙した。

 花びらがゆっくり落ちてくる。


「終わりましたね」


 リラが息を弾ませながら刃を確かめると、今まで使ってきた大剣の先がわずかに欠けていた。彼女の力に、剣の方がもう追いついていない。


「ちょうど替え時だったかもな」

「はい。でも、この剣も持って帰りたいです。初めて安心して振れた剣なので」

「収納に入れよう。大切なものは、置いていかなくていい」


 悠真はぱっと明るくなったリラから大剣を受け取り、丁寧に収納した。重さも気にせず、思い出ごと持って帰れる。収納の一番いいところだ。

 二人で台座の前まで来ると、金色の筋が走る大剣はいっそう見事に見えた。刃には細かい傷一つなく、長い年月をここで待っていたとは思えない。

 浮かび上がった名を、悠真は声にした。


「獣王の大剣」


 リラの耳が動いた。


「すごい名前です」

「力の強い使い手に応える剣らしい。リラにぴったりだ」


 悠真は念のため柄へ触れ、剣の力を確かめた。重さを支えられる者が握れば、魔力を通すほど斬撃が強くなる剣だ。使い手を傷つけたり意志を奪ったりする性質がないと分かってから、彼女へ場所を譲った。


「抜いてみて」


 両手で柄を握ったリラは、最初こそ遠慮がちだったが、悠真が笑って頷くと足を踏ん張って力を込めた。

 大剣は、澄んだ音を立てて台座から抜けた。

 金色の光が刃を駆け上がってリラの髪を照らし、彼女が目を見開く。闘神の力が剣へ滑らかに流れ込んでいくのが、悠真の目にもはっきり見えた。


「軽い……こんなに大きいのに」


 彼女が慎重に一度振っただけで、庭園の草が風に大きく揺れ、離れた木の葉までぱらぱら落ちてくる。


「わっ」

「いいじゃないか。試す相手もいるみたいだ」


 庭園の奥で地面が盛り上がり、土を割って大きな甲虫が何匹も這い出してくる。台座の剣が抜かれたことで、別の仕掛けが動いたらしい。

 数は多いが、新しい剣の慣らしにはちょうどいい。


「俺が周りを守る。思いきり振ってみろ」

「花、壊してしまいませんか?」

「残したい場所は俺が囲う。リラは剣に慣れることを考えて」


 彼女の目が楽しそうに細まった。

 硬い羽を鳴らして飛びかかってきた最初の甲虫へ、リラは踏み込んで大剣を横へ払った。さっきまでの剣より、振りがずっと滑らかだ。刃が殻へ触れるより早く、金色の斬撃が走る。

 甲虫の殻が二つに割れ、その後ろの三匹までまとめて砕けた。


「えっ」


 当のリラが驚いて足を止めたのがおかしくて、悠真は思わず吹き出した。


「いい威力だ。今の、もう一回やってみて」

「はい!」


 今度は迷いがない。群れて迫る残りの甲虫へ彼女が大剣を振り下ろすと、金色の光が地面を走って魔物の列を真っ直ぐ断った。

 その間に悠真は花壇へ障壁を張り、飛んでくる石屑を防いだ。衝撃が止んだ時には、甲虫は一匹も残っていなかった。庭園の中央には長い跡が刻まれ、奥の壁まで薄くひび割れている。

 こちらを向いたリラは、自慢したいのに自分でも驚きすぎている、そんな顔をしていた。


「悠真さん、見ました?」

「見た。すごく格好よかった」


 大剣を抱えたまま駆けてきた彼女は、悠真の前で一度止まりかけた。それでも嬉しさを抑えきれなかったらしく、大剣を地面へ横たえるなり胸へ飛び込んでくる。


「ありがとうございます!」


 抱き留めた悠真の頬に、少し汗を含んだ髪が触れる。リラの笑い声がすぐ耳元で聞こえた。


「俺にも、いいところを見せてもらったからな」

「もっと見せます。ずっと隣で、見ていてください」

「ああ。楽しみにしてる」


 離れたリラは頬を赤くしたまま、剣をもう一度眺めた。


「これ、片手でも振れそうです」


 彼女が右手だけで持ち上げた剣は、金色の筋を一瞬光らせて胸の高さでぴたりと止まった。悠真が拍手すると、リラは照れながらも同じ動きをもう一度見せる。

 大剣の刃は、鞘の代わりに悠真が取り出した長い布で包んだ。

 庭園の長椅子で、少し休むことにした。悠真が渡した水を一口飲んでから、リラは布に包まれた剣へ視線を落とす。


「鞘がいりますね」

「町に戻ったら作ってもらおう。今はその布で傷をつけないように運ぼう」

「背中に下げるベルトも欲しいです。今までのだと短いので」

「武器屋にも一緒に行こう。約束した服も見たい」


 目を丸くした彼女の反応が面白くて、つい一言足した。


「俺の好みでも選ばせてほしいけどな」

「……悠真さんが好きな服、着てみたいです」


 小さいのにはっきり聞こえた返事に、悠真はゆるみそうになる口元を手で隠した。

 リラは悠真の袖へ指をかけた。


「その服で歩く時も、手をつないでいいですか」

「俺からつなぐよ」


 答えを聞いた彼女は、笑顔を隠すように水筒へ口をつけた。新しい服のリラと手をつないで大通りを歩き、すれ違う男たちに振り返られたら、きっと鼻が高い。

 水を飲み終える頃、石の獣を全て倒したのが伝わったのか、庭園の奥にある門が開き始めた。門の先は大きな階段になっていて、その下から低い唸りが響いてくる。

 空気が急に重くなった。これまでの魔物とは違うものが、深い場所にいる。

 リラが布ごと持ち上げた獣王の大剣は、もうその手にすっかりなじんでいた。


「私、今ならすごく戦えそうです」

「俺もだ。リラの新しい剣も、俺の障壁も、十分に試せた」


 悠真は月鋼剣の柄へ手を置き、開いた門へ向かった。リラも大剣を包んでいた布をほどき、隣へ並ぶ。

 階段を下り始めた時、下から人の叫び声が聞こえた。


「誰か! 岩竜(がんりゅう)が、起きた!」


 悠真とリラは顔を見合わせ、同時に駆け出した。


お読みいただき、ありがとうございます。

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