第20話 砲火の中を歩く
透明な壁の向こうで、守護像が抱える砲口に赤い光が集まっていた。悠真はその光よりも、回廊を横切る障壁に目を向ける。薄い膜のように見えるが、近くの石屑を投げつけると乾いた音ではね返した。
見えてきた能力の文字には、魔力で壁を作り攻撃を遮るとある。これは便利だ。リラを守ることも、飛び道具から人を庇うこともできる。
「取れそうですか?」
リラが聞いた。悠真の顔を見ただけで、新しい能力を読んでいるとわかったらしい。
「ああ。少しだけ待ってくれ」
「その間は私が守ります」
彼女は大剣を構えた。砲口の火球が膨らみ、空気が震える。悠真は魔法障壁の文字を自分へ複写し、威力の項目に触れた。扱い方が頭へ流れ込み、胸の奥に新しい力が生まれる。
守護像が撃った。
火球は障壁を通り抜け、悠真たちへ一直線に迫った。熱が顔へ押しつけられる。人より大きい炎の塊だ。リラが前へ出ようとするのを、悠真は肩に手を置いて止める。
「大丈夫。間に合った」
手をかざすと、二人の前に透明な壁が現れた。火球がぶつかり、回廊全体が赤く染まる。轟音が腹を揺さぶったが、悠真の足は動かなかった。
炎は障壁の表面を滑り、左右の壁を焼く。自分の顔のすぐ前で火が渦巻いているのに、涼しいままだった。
「すごい……」
リラの息が耳に触れた。
炎が消えると、悠真は手を下ろす。書き換えた壁には、傷一つない。
「これなら、かなり守れるな」
「私、火の中で悠真さんの隣にいるのに、全然怖くなかったです」
彼女は障壁へそっと指を当てた。その向こうで次の守護像が目を光らせる。
回廊の左右には、全部で八体の像があった。砲口が同時に持ち上がり、奥まで赤い点が並ぶ。悠真は自分の障壁を広げてから、敵が作った壁へ近づいた。
「壊してみる」
月鋼剣を軽く振る。刃が透明な壁へ当たり、耳障りな音がした。ひびが一面へ広がり、次の瞬間、障壁は光の破片になって散った。
奥にいた像が一斉に発砲する。逃げる場所を奪うつもりなのだろう。炎の塊が次々と衝突し、視界を赤く塗りつぶした。
悠真はその中を歩いた。
自分の周囲に広げた障壁が、砲火を全て押しとどめる。リラも半歩後ろをついてくる。近いので、彼女の驚いた顔も見えた。
「壁、歩いてもついてくるんですね」
「俺を中心に張れば、一緒に動くみたいだ」
「こんなのがあったら、皆さん、迷宮に入るのが怖くなくなります」
「帰りに誰か困っていたら、使ってみよう」
悠真は砲火の切れ目で剣を振った。最も近い像が腹から上下に分かれる。砲口を向ける腕も、分厚い胴体も、月鋼剣の前ではまとめて切れた。
壊れた像の奥から、さらに小さな火球が飛び出す。最後まで攻撃しようとする仕掛けらしい。悠真は障壁を前へ押し出した。火球ごと像の残骸が吹き飛び、奥の壁へ激突する。
「押すこともできるのか」
悠真は月鋼剣の届かない像へ向け、今度は障壁だけを進ませた。重い台座が床を削りながら後ろへ押される。
「私も、やっていいですか」
リラが大剣を握り直して聞いた。
「もちろん。俺が火を受けるから、好きにやってくれ」
「はいっ」
彼女が駆け出すのに合わせて、悠真は障壁を伸ばした。炎を遮る透明な道ができる。リラはその道を一気に走り抜け、守護像の膝を大剣で砕いた。
傾いた像の胸へ、もう一撃。重い石の体が仰向けに倒れ、砲口から炎を噴いたまま床に沈む。リラはその熱にも怯えず、隣の像へ向かった。
悠真は砲口の向きを見て、必要なところへ壁を作った。炎がぶつかるたび、リラがこちらを見て笑う。彼女の一撃で像が崩れるたび、悠真も笑い返した。
リラが次の像へ向かおうとすると、頭上から赤い光が落ちてきた。砲口を天井へ向けた像が、彼女の背中を越すように火球を撃ち上げている。
悠真は頭上へ障壁を広げた。炎が透明な天井を走り、リラは足を止めずに進む。像が砲口を下げた時には、もう彼女の大剣が届いていた。
「上も守れるんですね!」
「リラ、そのまま右へ。後ろは俺が止める」
彼女は振り向きかけた顔を前へ戻した。悠真は障壁を斜めに立て、追いかけてきた火球を無人の壁へ流した。真っ直ぐ受けるより、炎が早く散る。
リラが敵を一体ずつ倒していく間、悠真は砲口の高さを見ていた。前へ壁を置けば、敵は上へ撃つ。屋根をつければ、床すれすれを狙ってくる。そのたびに守る場所を変え、彼女の進む先を空けた。
やがてリラは、崩れる石を避けて戻ってきた。
「守ってくれる場所が見えるから、いつもより前へ出られました」
「俺もコツが分かったよ。リラが像に届くまで、火を全部止めておけばいいんだ」
悠真は彼女を隣へ迎え、回廊の一番奥を見た。
残った最後の像は、両腕の砲口を一つに合わせた。これまでより重い魔力が集まる。床の石が赤く染まり、回廊の空気が唸り始めた。
「まとめて撃つ気か」
悠真はリラの前へ出た。せっかくだ。新しい力がどれほど頼れるのか、強い一撃で確かめておきたい。
巨大な火柱が放たれる。回廊を埋めるほどの炎を、悠真は手のひら一枚を上げて受けた。
足元の石が砕けた。背後の壁が熱で軋む。だが障壁は揺らがない。悠真自身の魔力にも、まだ余裕があった。
「よし。これで十分だ」
彼は月鋼剣に火をまとわせ、斬撃を飛ばした。火柱が二つに裂け、その奥で守護像の胸が大きく割れる。赤い核が砕けると、砲火は唐突に止んだ。
静寂が戻った回廊で、リラが歓声を上げた。
「悠真さん、全部受け止めました! あんな大きな火まで!」
「これなら町で何かあっても、人を守れる」
「私も一緒に守ります。でも、悠真さんが守ってくれるのは、少し嬉しいです」
リラは大剣を床へ置き、悠真の腕へ抱きついた。彼が肩を抱くと、そのまま胸へ頬を寄せる。しばらく二人で、炎の消えた回廊を眺めた。
「帰ったら、二人でゆっくり過ごそう」
「お仕事は、お休みにしてですか?」
「ああ。俺がリラと遊びたいんだ」
リラはすぐに頷いた。
「服を見たいです。お仕事の時と違うものを、着てみたくて」
「じゃあ、俺にも選ばせてくれ。似合うのを探したい」
やがて彼女が満足して離れると、悠真は像の核を拾った。赤い魔石にはまだ強い魔力が残っている。普通の火術でこんなに大きな炎を作るのは難しいだろう。売れば価値がありそうだ。
リラは床に落ちた小さな腕輪を見つけた。像に挑んだ誰かの落とし物か、元から置かれていた宝なのか。悠真が能力を読むと、熱から肌を守る性質が浮かぶ。
「リラがつけるといい。火の近くで作業する時にも便利そうだ」
「私でいいんですか?」
「似合いそうだし」
細い金色の腕輪を手首にはめると、リラは何度も角度を変えて眺めた。装飾は小さな葉の形で、彼女の明るい雰囲気によく合っている。
「帰ったら、メルさんに見せたいです。悠真さんが選んでくれたんですって」
「拾ったのはリラだろ」
「つけていいって言ってくれたのは、悠真さんです」
そこは譲らないらしい。悠真は笑って、好きに言っていいと答えた。
回廊の奥には扉がなく、柔らかな風が吹き込んでいた。砲火の熱が嘘のように薄れ、甘い草の匂いがする。
二人で進むと、突然、視界が開けた。
地下に庭園が広がっている。天井の白い鉱石が昼のように輝き、低い木々の間に花が咲いていた。中央には乾いた泉があり、その奥に獣の姿を彫った台座が見える。
台座には、リラの剣よりさらに大きな大剣が刺さっていた。刃には金色の筋が走り、柄の先には獅子の顔が刻まれている。
リラが隣で息を呑んだ。
「……綺麗」
悠真は大剣を見つめる彼女の横顔を見て、早くも決めていた。
「あれ、リラに使ってほしいな」
彼女がこちらを向いた瞬間、台座を囲んでいた石の獣たちが目を開いた。
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