第18話 光る水路に橋を架ける
青い光が水の中で揺れていた。水路へ出た悠真は、向こう岸に集まった冒険者たちを見た。水路の幅は人の背丈の二倍ほど。流れは緩いが、底は見えない。
向こう岸の革鎧の男が、膨らんだ荷袋を両手で振りかぶった。こちら側の仲間へ放るつもりらしい。
「せえのっ!」
荷袋は岸に届かなかった。水際で待つ仲間が腕を伸ばし、袋の紐をかろうじてつかむ。半分水に浸かった袋を引き上げると、中で乾いた金属音が響いた。リラの犬耳がぴんと立った。
「危ないですね。下に何かいます」
「見えるのか?」
「匂いと、水の音が変なんです」
明視で水面を眺めると、長い影が石の下へ消える。悠真は、こちら側で指図をしていた女剣士に声をかけた。額に赤い布を巻いた、二十代半ばくらいの女性だ。
「向こうの人たち、戻れないのか」
「身一つなら跳べるのよ。いつもそうしてる。でも今日は、奥で鉱石を詰めすぎたの」
女剣士は向こう岸に積まれた袋を顎で示した。どれも人の胴ほどに膨らんでいる。
「担いで跳べば落ちるし、投げても今みたいに届かない。真ん中に足場さえあれば、小屋の板で橋が架けられるんだけど」
近くの古い作業小屋には、折れていない板が何枚も立てかけてある。どれも水路の半分を少し越えるくらいの長さだ。壁際には崩れた石が転がっていたが、足場になりそうな塊は、人の手で動かせる大きさではない。
「小さい石なら投げ込んだわ。全部沈んだけど」
「大きいのなら、俺が運べる」
女剣士が聞き返すより先に、水を割る音がした。
黒い大蛇が水から首をもたげた。頭の高さだけで、人を見下ろしている。男たちが荷袋を抱えて下がり、女剣士が仲間の前へ出た。
「水喰いだ! 下がって、全員――」
「リラ、後ろを頼む」
「はい!」
蛇が水を吐いた。槍のようにまとまった水流が岸をえぐる。石の破片が頬をかすめる前に、悠真は月鋼剣を抜いていた。
新しい剣は驚くほど手になじむ。握る力を強めるほど、体の奥の熱が刃へ通っていく。蛇の頭が迫り、歯の一本一本まで見えた。それでも、間に合う。
剣を振るう。
白い線が蛇の顎を裂き、そのまま太い胴へ走った。凄まじい水しぶきが上がり、水路が一瞬だけ底を見せる。蛇の体は向こうの壁へ叩きつけられ、青い光の上をずるりと滑った。
「……一回?」
女剣士の声がかすれた。
水面から、二本目の首が飛び出す。別の蛇だ。狙いは荷袋を抱えた男。リラが大剣を肩に乗せたまま、悠真の横を駆け抜けた。
「そっちには行かせません!」
踏み込みと同時に石が砕けた。彼女の大剣が蛇の首をはね上げる。返した刃が胴体を断ち、飛び散った水が冒険者たちの足元へ降った。リラは大剣を下ろして、悠真に笑顔を向ける。
「守れました」
「ああ。助かった」
その一言で彼女の尾が大きく揺れた。悠真もつられて笑った。
冒険者たちの視線が自分へ集まっている。悠真は月鋼剣を下げ、女剣士が驚いた顔のまま近づいてくるのを待った。
「あれがいるから、荷を全部置いて跳ぶしかないって話してたところだったの……」
「せっかく掘ったのに、もったいないだろ。先に倒せてよかったな」
「あなた、平気な顔で言うのね。三組が逃げ帰った魔物よ」
彼女が笑うと、張りつめていた男たちも息を吐いた。悠真は二匹の魔石を回収し、皮の綺麗な部分を収納へ入れる。残った大きな牙を見せると、近くの槍使いが喉を鳴らした。
「そいつだけで、俺たちの装備が全部買えるぞ」
「だったら、いい土産になる」
「俺らは今日はもう引き返して宴会だ。あんたら、まだ行く気か?」
リラが悠真を見る。その目には期待が満ちていた。悠真も頷いた。
「橋を渡ったら、奥まで見てくる」
悠真は壁際の崩れた石へ向かった。人の背丈ほどもある塊を抱え上げると、背後で誰かが息をのむ。そのまま水路の真ん中へ下ろすと、大きな水しぶきが上がり、石の頭が水面から突き出した。
「……足場、できたわね」
女剣士の声に、男たちが小屋へ駆けた。リラが悠真の隣で得意そうに笑う。
「悠真さんといると、怖い場所が減りますね」
「まだ渡る前だ。しっかり作ろう」
リラが板を運び、悠真が岸と石の間へ三枚ずつ並べて渡していく。男たちが縄で横から縛り終えると、人が並んで歩ける橋になった。
最初に渡った槍使いが、真ん中で足を止める。
「おい、揺れないぞ」
「向こうまで渡ったら、次の人を呼んでくれ」
男は頷いて渡り切り、向こう岸に残っていた仲間へ手を振った。荷を抱えて戻れずにいた冒険者たちが、次々と橋を渡ってこちらへ戻ってくる。女剣士は最後の一人が渡り終えるのを見届け、こちらへ深く頭を下げた。
「助けてくれてありがとう。帰ったらギルドに話すわ。橋も、あなたたちのことも」
「名前は悠真。こっちはリラだ」
「覚えた。もう忘れようがないけどね」
女剣士が橋の手前を振り返った。さっき荷袋を放った男が、こちらへ頭を下げている。
「最初に投げて沈めた荷袋も、拾えたんだ。蛇が斬られて水が跳ねたとき、岸へ打ち上げられてた。全部なくしたと思ってたよ」
濡れた袋を持ち上げると、中で金属の音がした。袋に差していた予備の剣も折れていなかったらしい。男はそれを腰へ戻し、リラへも礼を言った。
「次は荷を減らさずに済む。こんな橋なら、仲間をもう一人連れてこられる」
彼の笑顔を見て、悠真は橋の上を通る人々へ目を向けた。重い荷物を担いだ者も、足首を押さえながら歩く者もいる。誰かが渡り終えるたび、反対側から次の人が呼ばれた。
「帰りにも使いたい。縄が緩んだら、締め直しておいてくれるか」
「ああ。そこは俺たちに任せてくれ」
女剣士は予備の縄を支柱へ結びつけた。
彼らは向こう岸の下り階段を指さしてから、地上へ戻る道へ引き返していった。水路の向こうには深層に続く道がある。ただ、さらに先の大扉は開けられなかったという。
悠真は腰の月鋼剣へ手を添えた。開かない扉なら、なおさら見てみたい。
悠真とリラも橋を渡った。
歩き出そうとすると、リラが袖をつまむ。
「どうした?」
「袖、濡れています。冷えませんか」
彼女は自分の布を取り出し、悠真の腕を拭いてくれた。戦う時には岩を砕く指が、こういう時はとても優しい。悠真が礼を言うと、リラは顔を上げずに耳だけ動かした。
「私のこと、さっき皆さんに紹介してくれましたよね」
「ああ」
「隣にいるのが当たり前みたいで、嬉しかったです」
悠真は、濡れた袖を拭いてくれる彼女の顔を覗いた。
「リラが一緒だと、俺も楽しいよ」
布を持つ手が止まった。金色の瞳がまっすぐ向いて、頬がゆっくり赤くなる。
「……はい。私、ずっと楽しいです」
彼女は布をしまうと、さっきより近い距離へ並んだ。悠真はわざわざ離れなかった。
水路の出口には、丸い石がいくつも転がっていた。リラがその一つを拾うと、石の中に小さな青い星が見える。
「これも、売れるでしょうか」
悠真が能力の文字を読むと、淡い光を長く放つ性質が浮かんだ。加工すれば灯りになるらしい。女剣士たちが気づかず踏んでいたものだ。
「灯りの石だ。暗い場所で便利そうだな」
「じゃあ一つ、持っていてもいいですか。夜は枕元に置きたいです」
「もちろん。俺も一つもらおう」
悠真は彼女が選んだものと同じ大きさの石を拾った。袋へ入れようとすると、リラが笑いながら二つを並べる。
「お揃いです」
宝物というなら、腰の剣の方がずっと価値はある。それでも悠真は、手の中の小さな光を丁寧に包んだ。
階段を下りると、足元の青い光が薄くなる。壁には獣の形をした彫刻が並び、奥から乾いた風が吹いてきた。水音が遠のき、代わりに重いものを引きずる音が聞こえる。
「悠真さん。扉の前で、何か動いています」
リラの声に、悠真は視線を上げる。
巨大な石扉の前に、人より一回り大きな石の兵が六体並んでいた。どれも胸の割れ目で、赤い光が脈打っている。
悠真は手前の横穴に灯りがあることを確かめた。古いベッドと暖炉。休憩に使えそうだ。先ほどの冒険者たちが言っていた場所だろう。
「少し食べてから行こう。腹が減っていると、力も入らない」
「お肉、まだありますか?」
「リラの分は取ってある」
「だったら頑張れます」
即答する彼女がおかしくて、悠真は笑った。石の兵は扉から離れてこない。今は十分に休んで、次の戦いでまとめて片づければいい。
横穴へ入る前に、悠真は一度だけ扉を見た。隙間から漏れる金色の光が、剣の柄を薄く照らしている。
その先に何があるのか、食べたら二人で確かめに行こう。
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