第17話 月の刃を手に入れた
銀色の扉の向こうで、巨大な騎士が立ち上がった。
青銅の鎧に包まれた体は、人の倍ほどもある。手に持つ斧が床を擦り、低い音が広間へ広がった。
その後ろに台座があった。
一本の剣が、白い光の中へ立てられている。
悠真は目を奪われた。淡い銀色の刃が、飾り気なく真っすぐ伸びている。使うための剣だ。
欲しい。
悠真は素直にそう思った。
「リラ、あれを取ろう」
「はい。番人を倒せばいいんですね」
リラも大剣を構えた。
騎士の面に赤い光が灯る。次の瞬間、巨体が信じられない速さで前へ出た。
斧が落ちる。
悠真は鉄剣を合わせた。強い衝撃が腕へ伝わり、金属の悲鳴が響く。
刃が半ばから折れた。
「悠真さん!」
リラの声が飛ぶ。
悠真は折れた剣を手にしたまま、斧を避けた。床へ深い傷が走り、石片が足元を打つ。
やはり限界だったか。
王都でもらった剣は、ここまで十分に働いてくれた。惜しいとは思うが、戦えなくなるわけではない。
「大丈夫。俺はまだやれる」
悠真は折れた剣を収納し、騎士へ手を向けた。
火が胸へ突き刺さる。鎧の表面が赤く焼けたが、騎士は止まらなかった。斧を振り回し、悠真を広間の壁へ追いやろうとする。
攻撃が重い。近くを通るだけで風が頬を打ち、普通なら足がすくむだろう。
悠真は斧の軌道を目で追いながら、口の端を上げた。
これくらい強い相手なら、新しい剣を手に入れる前の戦いにふさわしい。
「リラ、脚を崩してくれ!」
金色の光が横から走った。
リラの大剣が騎士の膝へ食い込む。硬い金属が歪み、巨体が大きく傾いた。
悠真はその懐へ入った。
斧を握る腕をつかみ、胸へ拳を叩き込む。
鈍い音がした。鎧がへこむ。もう一度、同じ場所へ力を込めると、胸の板が割れた。
中で赤い魔石が光っていた。
「見つけた」
悠真は掌へ炎を集中させた。
白く輝く火が、割れた胸へ吸い込まれる。騎士の体が震え、鎧の隙間から炎が噴き出した。
大きな斧が床へ落ちる。
続いて、騎士が膝をついた。悠真が離れると、巨体はそのまま前へ倒れ、広間を揺らした。
リラが駆け寄ってくる。
「怪我、ありませんか?」
「ない。リラのおかげで近づけた」
悠真が答えると、彼女はほっとした顔になった。
彼も笑った。
だが、今はそれ以上に気になるものがある。
悠真は台座へ向かった。
銀色の剣が、静かに光っていた。
近づいて書記の力を向けると、名前が浮かぶ。
『月鋼剣』
強い魔力を通しても刃が傷みにくく、普通の鋼より軽い。切れ味と頑丈さを両立させた、迷宮の古い宝剣らしい。
悠真は黒い柄へ手をかけた。
自然に握れる太さだった。台座から引き抜くと、澄んだ音が広間へ響く。
柄に近い所で釣り合いが取れ、振り始めに刃先が遅れない。手首を返すだけで狙った高さへ剣が止まり、悠真は声を出して笑った。
「いいな、これ」
リラが隣で目を輝かせていた。
「似合ってます。すごく」
「そうか?」
「はい。さっきより、ずっと強そうです」
悠真は剣へ魔力を通した。淡銀の刃が白く輝いても、鉄剣の時のような軋みは聞こえない。これなら、もっと奥の敵にも全力で振れる。
リラが、そっと彼の袖を引いた。
「悠真さん、おめでとうございます」
見下ろしたところへ、彼女が背伸びをした。
頬に柔らかな感触が触れた。
悠真の動きが止まる。リラはすぐに離れ、真っ赤な顔で胸元の指輪を握った。
「嬉しそうだったので……私も、お祝いしたくて」
悠真は剣を下げたまま、彼女を見た。
頬が熱い。今すぐ抱き寄せたくなる。
「それ、かなり嬉しい」
正直に答えると、リラは恥ずかしそうに笑った。
悠真は空いた腕で彼女を抱き寄せた。リラは少し驚き、それから彼の胸に頬を寄せた。
台座の横には、剣に合う黒い鞘が置かれていた。
腰へ下げると、歩くときの収まりもいい。悠真は何度か抜き差しし、手になじむ感覚を確かめた。
リラは倒れた騎士の方を調べ、大きな赤い魔石を見つけてきた。中は少し焦げているが、割れてはいない。
「これも売れますよね」
「もちろん。今日だけで、かなり増えたな」
悠真は魔石を収納し、折れた鉄剣も一度取り出した。刃を布で包み直す。いつか家を持ったら、最初の剣として残しておいてもいい。
それを見て、リラが微笑んだ。
「捨てないんですね」
「ここまで助けてもらったしな。持っていくのも苦にならないし」
収納へ戻したあと、悠真は月鋼剣の柄を叩いた。
今は新しい剣を試したい。
広間の奥には、さらに続く扉があった。押し開くと、長い通路の先に岩の獣が見える。体じゅうに石の板を重ねている。
獣がこちらへ振り向く。
悠真は笑って月鋼剣を抜いた。
「ちょうどいい相手だ」
岩の獣が突進してきた。昨日の猪ほど大きくはないが、重さはありそうだ。
悠真は逃げずに踏み込んだ。
刃が岩へ触れる。
抵抗は、驚くほど小さかった。
硬い殻が滑らかに割れ、そのまま胴まで断ち切られる。獣は勢いを残したまま横へ倒れ、石の床を滑って止まった。
悠真は剣を見た。
欠けていない。刃に曇りもない。
「すごい切れ味だ」
声が弾んだ。
リラが倒れた獣を見て、感心したように息を漏らす。
「硬そうなのに、一回で……」
「もう一体、来てほしいくらいだ」
悠真が言った直後、通路の奥で足音がした。
今度は二体。後ろには、鎧をまとった小さな兵士までいる。
リラが大剣を構えた。
「全部は駄目です。私にも残してください」
「じゃあ、奥の兵士を頼む」
「はい!」
二人は同時に駆け出した。
悠真は一体目の頭を斬り、返す刃で二体目の脚を断った。力を込めた分だけ、剣が気持ちよく走る。鉄剣のときに感じた鈍い引っかかりがない。
倒れた獣へとどめを刺すと、隣ではリラが鎧の兵士をまとめて壁へ叩きつけていた。
通路が静かになった。
悠真は月鋼剣を振り、刃についた汚れを落とした。軽い動きだけで澄んだ音がする。
気に入った。
魔石を回収し終えても、通路には二人のほかに誰もいなかった。
悠真は鞘へ戻しかけた剣を、途中で止めた。
「……誰か通りかからないかな」
「どうしてですか?」
「岩を一回で斬るところ、誰かに見せたかった」
言ってから、少し顔が熱くなった。リラは首を傾げ、それから胸を張る。
「私が見てました。全部」
「そうだった」
「昨日、ちゃんと見るって言いましたから」
悠真は笑い、剣を目の前へ掲げた。リラが顔を寄せ、白い刃に映った自分の顔を面白そうに眺める。
「持ってみる?」
「いいんですか」
柄を渡すと、リラは片手で軽々と振った。風を切る音が鳴る。もう一度振ってから、眉を寄せた。
「軽すぎて、振った気がしません」
「俺にはちょうどいいんだけどな」
「悠真さんの剣は、悠真さんが振るのが一番です」
リラは両手で丁寧に剣を返し、自分の大剣の柄を撫でた。どこか得意そうな手つきだった。
通路の先は、二つに分かれていた。
明視で右を覗くと、少し先で壁に突き当たっている。左へ耳を向けたリラが、すぐに顔を上げた。
「左です。水が流れてます。たくさん」
「地下なのにか」
「冷たい匂いもします。下の方へ流れてるみたいです」
悠真は左の通路へ目を凝らした。明視でも、曲がり角の先までは見えない。行ってみないと分からない。それも悪くない。
隣のリラを見る。
「まだ行ける?」
「もちろんです。今度は何があるか、私も見たいです」
二人は左の道へ向かった。
水音がだんだん近くなる。風は冷たく湿り、階段の下から淡い青い光が漏れていた。
悠真はリラの手を取った。水の弾ける音に混じって、人の声が聞こえる。二人は光る水路へ降り始めた。
お読みいただき、ありがとうございます。
「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや☆からの評価をいただけるとうれしいです。
感想も楽しみにしています。




