第14話 宝箱
次の層には、緑色に光る苔が生えていた。
壁一面を覆うほどではない。石の隙間から細い光が漏れ、通路の奥をぼんやり照らしている。悠真が灯りを少し上げると、リラが見上げて笑った。
「星みたいですね」
「地下にもこういう場所があるんだな」
きれいな場所だった。魔物が出なければ、のんびり歩きたいくらいだ。
そう思った途端、奥で金属の擦れる音がした。
鎧が歩いてくる。
面の隙間は真っ暗だ。中に人はいないのに、錆びた剣を持ち上げている。後ろにも二体、同じ鎧が続いていた。
悠真は鉄剣を抜きかけ、欠けた刃のことを思い出した。硬い相手へ雑に打ち込むと、さらに傷むかもしれない。
「リラ、一体任せる。俺は火を試す」
「はい」
リラが大剣を構えた。
鎧が走りだす。空洞のはずなのに足音は重く、振り上げた剣には十分な勢いがあった。
悠真は手のひらへ炎を集めた。熱を丸くまとめ、先頭の鎧へ放つ。
赤い光が胸を貫いた。
鎧の内側で炎が膨れ、継ぎ目から噴き出す。剣が床へ落ち、体がばらばらに崩れた。
リラの大剣は、横から来た鎧を肩口から斬り裂いた。硬い音が通路に響き、破片が壁へ当たる。
残りの一体が悠真を狙った。
彼は近づく剣を避け、鎧の面へ手を向けた。小さな火を中へ入れ、一気に強める。鎧が震え、膝をついて崩れた。
悠真は手を下ろした。剣で斬るのも好きだが、魔法で硬い敵を倒すのも気持ちがいい。
「鉄の中まで燃やせるんですね」
リラが感心したように言った。
「外が硬いなら、中を狙えばいいかなって」
「私も、隙間を狙ってみます」
彼女は壊れた鎧を見て、次に大剣の刃を確かめた。悠真は魔石を拾うついでに、鎧の腕を一本持ち上げてみた。肘の継ぎ目は、曲げるために薄い金具を重ねてあるだけだ。リラが覗き込み、ここなら斬れそうだと頷いた。
その先には、小さな休憩所があった。
入口の上に青い石が埋め込まれ、部屋の中には乾いたベッド代わりの台が並ぶ。案内で聞いた安全な場所だ。
悠真が中へ入ると、リラも武器を下ろした。
「少し休もうか」
「はい」
収納から水と干し肉を出す。弁当は昼に食べたので、今は軽く腹を満たす程度でよかった。
リラは隣へ座り、足を伸ばした。大剣を振り回しても疲れていないと言っていたが、知らない場所を歩く緊張はあるのだろう。
悠真は自分の肩を軽く叩いた。
「寄りかかっていいよ」
リラの顔が明るくなった。迷いなく体を寄せ、柔らかな耳を悠真の頬へ触れさせる。
耳の毛が頬をくすぐる。なんだか、いい匂いがする。
「怖くない?」
「魔物は少し。でも、悠真さんがいますから」
「俺も、リラがいると楽しい」
彼女が顔を上げた。金色の目が近い。悠真は勢いで髪へ触れ、そのまま頭を撫でた。
リラは幸せそうに目を細める。
「帰ったら、今日のことをメルさんに話したいです。私、こんな場所まで来られたって」
「宝も見せたいな。これからもっといいのを見つけよう」
「はい。二人の宝物です」
その言い方が気に入り、悠真は少し長く彼女を抱き寄せた。
休憩を終えて先へ進むと、通路の途中に木の扉があった。押しても動かない。リラが耳を寄せ、首を傾げる。
「中で、小さな音がします」
「魔物かもしれないな。離れて」
悠真は扉の取っ手を握り、少し力を入れた。金具が悲鳴を上げ、扉ごと外れた。
部屋の中央に、宝箱があった。
濃い木目の箱で、縁には金色の金具が付いている。初めて見る本物の宝箱に、悠真は自然と笑った。
「いかにもって感じだな」
リラも嬉しそうに近づきかけたが、すぐに足を止めた。
「……変な匂いです」
悠真が書記の力を向ける。
『箱喰い』
宝箱の上に、その名前が浮かんだ。
「魔物だ。箱のふりをして、近づいた相手を食うんだな」
「どうしますか?」
「開ける前に倒す」
悠真が鉄剣を構えると、箱の蓋が跳ね上がった。内側に鋭い牙が何列も並び、長い舌が飛び出してくる。
リラが舌を大剣で払った。
悠真は一歩で間を詰め、開いた口へ剣を振り下ろす。硬い手応えがあったが、身体強化の力がそれを押し切った。
箱が真っ二つに割れた。
短い悲鳴のような音がして、黒い体が床へ溶ける。残った木片の間から、何かがきらきらとこぼれた。
銀貨だった。
悠真は目を見開いた。魔石だけでなく、青い小石や指輪まで混じっている。
「中身、ちゃんとあったんだな」
「食べたものを持ってるんでしょうか」
リラが屈み、指輪を拾った。小さな緑の石がついた、飾りの控えめな品だった。
悠真が確かめると、魔法の能力はない。ただの装飾品らしい。
「欲しい?」
リラは指輪と悠真を交互に見た。
「私が、もらっていいんですか」
「一緒に倒したんだから。似合うと思う」
彼女は自分の指へはめかけ、少し大きいことに気づいて笑った。悠真は収納から細い紐を出す。
「首に下げたら?」
リラが頷いたので、輪へ紐を通して渡した。彼女は首から下げ、服の上へ置く。胸元に、緑の石がよく映える。
「大切にします。……どうですか」
「似合ってる。髪留めと一緒につけてくれてもいいな」
悠真が答えると、彼女は白い花にも触れ、頬を緩ませた。
銀貨と魔石を収納し、部屋を出ようとしたところで、リラがもう一度耳を立てた。
「あの、別の音もします。水が落ちてるみたいです。壁の向こうから」
悠真も耳を澄ませたが、自分には何も聞こえなかった。リラの指す壁を探すと、割れ目の向こうに細い通路がある。
崩れかけた石を押しのけると、人一人が通れる入口になった。奥へ灯りを入れたところで、ぽつりと水音がした。
天井の割れ目から、水が滴っていた。その脇の乾いた石台に、小さな箱が載っていた。
今度は魔物の文字が出ない。開くと、中には丸い魔石が三つ、柔らかな布に包まれて入っていた。
灯りを近づけると、内部が青く輝く。最初の層で集めたものよりずっと大きい。
悠真は思わず声を上げた。
「いいな。これは高く売れそうだ」
「私の耳、役に立ちましたね」
「大活躍だ」
悠真は箱ごと収納へ入れた。浅い層で稼いで帰る組も、壁の向こうの水音までは聞き取れなかったのだろう。
「剣のある部屋も、壁の向こうだったら分かるかな」
「誰かいたり、水が流れたりしてたら分かります。でも、音のしない箱は、ちょっと難しいです」
「なら、音がしたら教えてくれ。俺もよく見て探すよ」
小さな部屋から出るとき、床の一部が持ち上がった。
石に見えていたものが脚を広げる。大きな蟹だった。太い鋏が悠真の腰を狙って閉じる。
悠真はリラを後ろへ下がらせ、鋏を上からつかんだ。鉄剣を傷めるより、自分の力を使う方が早い。
握り込むと、殻に亀裂が走った。
蟹が激しく脚を動かしたが、悠真の手はびくともしない。もう一方の鋏が来る前に持ち上げ、壁へ叩きつけた。重い音が響き、殻が砕け散った。
リラが目を丸くしている。
「素手でも、そんなに強いんですね」
「剣が折れると困るからな。こっちは丈夫だ」
悠真が拳を見せると、リラはほっとした顔になった。それから折れた鋏と自分の大剣を見比べる。
「あれなら、私が鋏を斬れたかもしれません。次は試してもいいですか」
「もちろん。全部俺が壊したら、せっかく買った剣を使えないな」
彼女は満足そうに頷いた。悠真は砕けた殻の中から魔石を拾い、リラと並んで小部屋を出た。
二人は次の階段へ向かった。途中で現れた鎧は、リラが継ぎ目を狙って一撃で倒した。
「できました!」
嬉しそうな声に、悠真も笑う。
「その調子だ。今日はかなり稼げてるぞ」
階段を降りるにつれ、床の石が大きくなった。壁には何かが擦れた深い傷があり、空気に獣の匂いが混じり始める。
リラが立ち止まった。
次の瞬間、下から腹に響くような咆哮が上がった。
悠真は鉄剣の柄を握る。強い魔物だろう。だからこそ、試したくなる。
「リラ、もう一戦いけるか」
「もちろんです」
彼女が大剣を抜き、悠真の隣へ並んだ。
リラは胸元の緑の石を服の内側へしまい、悠真を見上げて笑った。悠真も笑い返し、咆哮のする方へ歩きだした。
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