第13話 青銅の迷宮へ
青銅の迷宮の入口は、森を抜けた岩山のふもとにあった。
巨大な扉が半ば土へ埋まり、その表面に青い錆が広がっている。
悠真は扉を見上げた。
この下に、魔物と宝がある。剣だって出るかもしれない。
「本当に来ましたね」
リラが隣で言う。髪留めの白い花が、朝日に光っていた。
「今日は、帰りの荷物を増やすぞ」
「はい。いっぱい持って帰りましょう」
二人は笑い、扉の脇に並ぶ露店へ寄った。灯りを二つと厚い毛布を二枚、リラと並んで座れる大きさの敷物も一枚買う。店主は軽くて薄い品を勧めたが、収納があれば重さは関係ない。買った物は、まとめて収納へ入れた。
メルが用意してくれた食料も入っている。寝る場所さえ見つかれば、昨日相談したとおり、何日か潜っていられそうだった。
入口の案内所で札を出すと、ギルドの職員が地図を広げた。最初の数層は道が比較的単純だが、進むほど強い魔物が出る。安全な休憩所には青い石が埋められており、その近くには魔物が寄りつかないという。
「深く入るなら、無理をせず休憩所を使ってください。階段の場所を確かめながら進むこと。戻り道を塞がれたら、その時点で逃げる判断が難しくなります」
悠真は地図の青い印を確かめた。下へ続く階段の近くに、いくつか休憩所がある。
「最初に泊まれそうなのは、ここですね」
職員に指で示すと、そのつもりなら食料を多めに持つようにと言われた。悠真は用意してあると答え、地図を受け取った。
階段へ向かう途中、十人ほどの冒険者が長い列を作っていた。先頭の男だけが灯りを持ち、後ろの者は前の腰帯をつかんでいる。ほかの者の腰にも灯りは下がっているが、どれも消えていた。
列が少し動くたび、最後尾が壁へぶつかる。
「見えねえぞ!」
「前の奴から離れるな。迷うぞ!」
悠真は足を止めた。
「灯り、一つだけですか?」
「油を切らしたんだ。入口の店も、今朝は油だけ売り切れでな」
先頭の男が答えた。後ろで誰かが段差につまずき、前の二人まで転びかける。
「上の層で魔石を拾って帰るだけだ。一つで回すしかない」
「その灯り、貸してもらえますか。油がなくても、火なら出せます」
後ろの男が首を傾げながら、腰の灯りを外した。悠真は空になった皿へ指を近づけ、火術の火を一つ置く。燃やすものもないのに、小さな炎は皿の上で揺れ続けた。
「おい、離しても消えないのか」
「火術師だって、指から離した火はすぐ消えるもんだぞ」
仲間たちが、我先に自分の灯りを差し出した。悠真が順に火を入れていくと、暗かった階段の途中が端から明るくなる。
「あ、これなら歩ける」
最後尾の男も灯りを受け取り、足元を確かめる。列はさっきよりずっと滑らかに動き始めた。
先頭の男が悠真へ振り返った。
「助かった。油代が丸ごと浮いちまったな。いつまでもつんだ、これ」
「さあ。俺にも分かりません」
「分からんで出してるのか」
悠真は笑って手を振った。自分たちも買っておいた灯りを出し、リラへ一つ渡す。
「リラの耳なら暗くても分かりそうだけど、見える方がいいだろ」
「はい。悠真さんの顔も見たいですし」
「じゃあ、よく見える方にいて」
悠真が隣を空けると、リラは灯りを胸の高さへ上げて並んだ。
階段を降りるほど、空気が冷たくなった。
石の壁には古い模様が刻まれ、どこか遠くで水の落ちる音がする。最初の広間へ出ると、床の隅で青い塊が蠢いていた。
「スライムです」
リラが大剣の柄へ手をかける。
悠真は剣を抜いた。柔らかい相手に刃が効くかは分からないが、塊の中心に丸い石が見える。
書記の力で確かめると、核という文字が浮かんだ。
「真ん中を狙おう」
近づいたスライムが体を伸ばした。悠真はひと足で避け、核へ剣先を突き入れる。薄い音がして石が砕け、青い体が床へ崩れた。
リラは別の一匹を大剣の先で押さえ、核だけを潰した。力が強すぎて床まで割れかけ、彼女は少し照れた顔になる。
「もう少し弱くします」
「でも倒せた。初迷宮の初勝利だな」
小さな魔石を拾う。値段は大したことなくても、迷宮で拾った最初の一個だ。悠真はそれを掌で転がしてから、収納へ入れた。
先へ進むと、小鬼の群れが現れた。
錆びた短剣や木の棒を持ち、こちらを見るなり叫ぶ。狭い通路に五匹も並び、後ろから押し合いながら襲ってきた。
悠真は火を放つ前にリラを見た。
「半分ずつでどうだ」
「数が奇数です」
「じゃあ、多く倒した方が夕飯の肉を一つもらう」
リラの目がきらりと光った。
先頭の小鬼が飛びかかる。悠真が剣を振り、リラの大剣がその横で唸った。小鬼たちの勢いは、一撃で崩れた。
悠真が二匹目を斬る間に、リラは大剣を返して残る二匹をまとめて倒した。
静かになった通路で、彼女が振り向く。
「三匹です」
「速かったな。肉はリラの分だ」
リラは嬉しそうに笑った。肉一つでこの顔が見られるなら、安いものだ。負けた分は、次に取り返せばいい。
少し先で、先ほどの冒険者たちが壁際へ寄っていた。腕の長い猿のような魔物が二匹、広間の入口を塞いでいる。
男たちは槍を揃えて構えているが、魔物は穂先の届かない入口の柱の上から石を投げてくる。下りてきたところを突いても、硬い腕で払われる。石が当たるたび、列が揺れた。
悠真は剣を抜いたまま声をかけた。
「通ります。少し道を空けてください」
「待て、こいつらは硬い――」
男の声が終わる前に、悠真は広間へ踏み込んだ。
飛んできた石を剣で砕く。驚いた魔物が柱から飛びかかってきたが、その胸へ先に刃が届いた。
厚い筋肉を断つ感触が、腕へ伝わる。
もう一匹が横から殴りかかる。悠真は拳を避け、膝を蹴った。体勢が崩れたところへ剣を振り下ろす。
二匹が倒れるまで、息を整える時間さえ要らなかった。
見ていた冒険者たちが、静まり返る。
リラが悠真の横へ来た。
「今のは、悠真さんが二匹ですね」
「さっきの肉、取り返したかな」
「それは別です」
彼女が真面目な顔で言うので、悠真は笑った。
そのやり取りで、冒険者たちもようやく息をついた。
「強すぎるだろ、お前ら……」
「迷宮には慣れてるのか?」
「今日が初めてです」
悠真が答えると、男たちはまた顔を見合わせた。
先頭にいた男が槍を脇へ抱え、悠真へ道を譲った。来たときは足元さえ見えずにもたついていた十人が、今は揃って二人のために壁際へ寄っている。悠真は胸を張り、広間の奥へ向かった。
その途中で、リラが石の隙間を指した。
「何か光ってます」
悠真が屈むと、小さな銀色の粒がいくつか挟まっていた。冒険者の一人が、迷宮銀と呼ばれる鉱石だと教えてくれる。
「量は少ないが、鍛冶屋が買う。見落とす奴も多いんだ」
悠真は粒を集め、リラへ見せた。
「宝物、最初に見つけたな」
「もっと大きいのも見つけます」
彼女は嬉しそうに胸を張った。
広間を出る前、冒険者の一人が悠真の鉄剣へ目を留めた。
「その剣で、今のを斬ったのか」
「古い剣ですけど、まだ使えますよ」
「腕がいいのは分かったが、刃が負け始めてる。見てみろ」
指さされた場所には、小さな欠けができていた。先ほど石を砕いたときか、硬い魔物を斬ったときだろう。悠真は刃を光へかざした。
体がいくら強くても、剣までは強くならないらしい。
「いい剣が欲しいんですよね。迷宮で見つかれば嬉しいんですけど」
「下の方には、昔の剣を収めた部屋があるという話だ。宝の部屋を守る魔物もいるから、楽には取れんぞ」
「その部屋、どの辺りか知ってますか」
悠真が尋ねると、男は地図の先、まだ描かれていない下の方を指した。
「詳しくは知らん。俺たちはこの層の魔石を集めて帰る組だからな。あんたたちも、今日は十分稼いだろう」
確かに、魔石の数はもう昨日の森で集めた分に近かった。ここで引き返しても、入口の店で買った道具の代金は楽に取り戻せる。
悠真は欠けた刃を見た。これでは、思い切り振れない。昔の剣を収めた部屋。そこの剣なら、思い切り振れるかもしれない。
「今日は、その剣の手がかりを探します」
「本気か。番人まで一人で倒す気じゃないだろうな」
「二人です」
悠真が隣を見ると、リラが大剣を軽く持ち上げた。男は何か言いかけ、倒れた猿を見て口を閉じた。
リラが隣から刃を覗き込む。
「私も探します。悠真さんが気に入る剣」
「見つけたら、リラに最初に見せるよ」
彼女は嬉しそうに頷いた。悠真は剣を鞘へ収め、先へ進む道を見た。
最初の層を抜ける頃、悠真の収納には二人で集めた魔石と鉱石が増えていた。手足に疲れはなく、リラの足取りも軽い。
階段の手前で、悠真は一度立ち止まった。
「もう一層、行けそう?」
「はい。悠真さんとなら、もっと進みたいです」
悠真はリラと並んで次の階段を降り始めた。下から流れてくる風は少し湿っていて、壁の隙間には淡い緑の光がにじんでいる。
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