第11話 森でいちばん頼もしい耳
薬草は思った以上にたくさん生えていた。
悠真は大きな葉を切り取り、箱へ並べていく。隣のリラは迷いがなく、柔らかな葉を傷つけずに摘んでいた。
「慣れてるんだな」
「根っこを残すと、また採れますから。こっちはまだ小さいので、そのままにします」
教わったとおりに茎を残し、次の葉へ手を伸ばす。そこでリラに止められた。
「そっちは食べられません。薬にもならないです」
葉の形はよく似ていた。見本と比べても、悠真には違いが分からない。リラが裏返すと、偽物の葉は裏が白く粉をふいていた。
「よく分かったな。これも森で覚えたのか」
「昔、間違えて籠いっぱい採ったんです。帰ってから全部捨てました」
「じゃあ今日は、俺の箱も見てくれる?」
「はい。間違いがないようにしますね」
リラは箱を自分の前へ引き寄せ、葉の間に落ちていた小枝をつまみ出した。
「合ってます。これならすぐ売れますね」
力任せに広い範囲を刈っていたら、見本そっくりの草まで山ほど持ち帰るところだった。次の群生を見つけた悠真は、しゃがんで葉を裏返してからリラを呼んだ。
「こっちなら合ってるよな」
「正解です」
箱がいっぱいになると、悠真は収納へ入れた。すぐ次の箱を出すと、リラが笑う。
「荷物の心配をしなくていいんですね」
「たくさん稼ぎたいからな。持てるだけ、って言われても困らない」
「じゃあ、次は向こうです。まだ薬草の匂いがします」
リラに案内され、二人は木々の間を進んだ。
薬草の群生地を三つ見つけた頃、リラが急に足を止めた。悠真も剣へ手をかける。
「魔物?」
「いえ。あれ、赤い実です」
指さした先に、低い木があった。枝のあちこちで、指先ほどの赤い実が光っている。
リラは一つ摘み、傷がないことを確かめてから悠真へ差し出した。
「食べてみてください」
口へ入れると、甘酸っぱい果汁が広がった。爽やかな香りがあり、朝から歩いてきた体に心地よい。
「うまいな、これ」
「よかった。私も好きなんです」
彼女が自分の分を摘んで食べる。嬉しそうな顔につられて、悠真ももう一つ手を伸ばした。
これは宿へ持ち帰りたい。メルなら菓子にしてくれるかもしれないし、二人で食後につまんでもいい。
悠真が箱を出すと、リラが枝を引き寄せてくれた。二人で熟した実だけを摘み、悠真が薬草とは別に収納する。消えていく実を目で追う彼女へ、一番赤い実を渡した。
「これだけは先に食べよう」
リラが頷き、二人でもう一つずつ味わった。
しばらくして、少し開けた場所で弁当を食べた。木の根を背もたれにし、並んで座る。肉のパンをかじったリラは、目を細めて大きく頷いた。
「外で食べると、もっとおいしいです」
「次に来るときも、ここで休もうか」
「はい。木の根がちょうどいいです」
悠真は森の奥を見た。光が葉を透かし、風に合わせて地面の模様が揺れる。気に入った女の子と、森で並んで弁当を食べている。数日前の俺に言っても、信じないだろう。
食べ終えたリラが、彼の肩へ頭を預けた。
「少しだけ、こうしてもいいですか」
「いいよ」
悠真は腕を回した。肩が温かい。休憩は、もう少し延ばしてもいいだろう。
しかし、リラの耳がすぐに立った。
「人が走ってます」
リラは肩から頭を上げ、森の左手を見つめた。
「三人……後ろに、魔物がたくさん」
悠真は弁当の包みを収納し、剣を抜いた。
「行こう」
走り出した二人の前へ、若い男が飛び出してきた。籠を背負い、片腕から血を流している。
「逃げてくれ! 角犬の群れだ!」
茂みが揺れ、額に短い角を生やした、犬のような魔物が姿を現した。後ろにも同じ影が続いている。
悠真は男を背へ押しやり、先頭へ踏み込んだ。
鉄剣が角ごと頭を断つ。
重い体が地面へ落ち、後続の魔物が止まった。その一瞬へ、リラの大剣が振り抜かれる。横から飛びかかった二頭が、まとめて吹き飛んだ。
「人をこっちへ!」
悠真が叫ぶと、木の間にいた女性と年配の男が走ってきた。リラは二人を守る位置へ移り、近づく魔物を大剣で寄せつけない。
残りは六頭。
悠真は火術を指先へ集めた。森を燃やさないよう、熱を短く鋭くまとめる。狙いをつけた一撃が魔物の胸へ突き刺さった。
炎が弾ける。
群れの足が乱れたところへ、悠真は一気に踏み込んだ。鉄剣を振るたび手応えが返り、魔物が倒れていく。
体が思い通りに動く。怖いより、楽しい。
最後の一頭は逃げようとした。リラが追いつき、大剣の腹で強く叩き落とす。地面へ倒れた魔物に、悠真がとどめを刺した。
森が静かになる。
助けられた三人は、口を開けたまま二人を見ていた。
「こんなに、簡単に……」
「怪我を見せてください」
悠真は収納から清潔な布を出した。男の腕の傷は深くなさそうだが、血は出ている。リラが水袋を渡してくれたので、傷を洗い、布を巻いた。
「他の人は?」
男が木々の向こうを指した。
「まだ奥にいる。みんな笛を持って、声の届く所に散って採ってたんだ。魔物を見たら吹いて、固まって入口へ戻る決まりで……」
「笛より先に、角犬が来たんですね」
悠真が言うと、若い男は悔しそうに頷いた。年配の男が額を叩く。
「風下から来やがった。角犬なんて、普段は二、三頭でうろつくだけなんだ。あんな群れは初めて見た」
リラが森の奥へ耳を向けた。
「さっき、ずっと向こうで笛が鳴ってました。その近くにも、まだ魔物の匂いがします」
「あんな遠くの笛まで拾うのか。俺たちは角犬が目の前に出るまで、何も気づかなかったぞ」
「リラの耳は、森でいちばん頼りになりますよ」
隣で、リラの尾が一度だけ大きく揺れた。
「まず、残りの人を集めましょう」
リラが耳を動かす。
「あっちに二人。その奥にも、一人います。まだ襲われてません」
悠真は彼女へ頷いた。
残った採取者を探し、合流させるのに時間はかからなかった。リラが先に音を拾い、悠真が魔物の気配を確かめながら道を開く。
途中で現れた角犬も、一撃で倒した。
全員が揃うと、採取者たちは何度も頭を下げた。中には、さっき入口で赤い布を結んでいた女性もいる。
「道のことだけじゃなく、命まで助けてもらっちゃったね」
「無事ならよかったです。帰りは固まって歩いてください」
「そうするよ。それにしても、あんたたち強いねえ。女の子まであんな剣を振るなんて」
リラが大剣を背負い直した。
「悠真さんが、使えるようにしてくれたんです」
彼女がこちらを見る。悠真は胸を張った。
腕に布を巻いた若い男だけが、浮かない顔で籠をのぞき込んでいた。逃げる途中で転び、散らばった葉を足元の草ごと掻き集めた籠だ。
リラがその横へしゃがみ、葉を一枚つまんで裏返した。
「これ、半分くらい食べられない方です」
「えっ」
「裏が白いのは違います。私も昔、籠いっぱい間違えました」
リラは籠の葉を一枚ずつ裏返し、白いものを脇へ弾いていく。悠真も手伝おうとしたが、三枚目で止められた。
「悠真さん、それは本物です」
結局、悠真は弾かれた葉を草むらへ捨てる係になった。籠の中身は半分ほどに減ったが、残った葉はどれも本物だ。若い男が肩を落とすと、年配の男がその背を叩いた。
「一枚でも混ざってたら、ギルドで籠ごと安く買われるところだ。命と稼ぎを両方拾ったな」
若い男はリラへ何度も頭を下げた。リラは照れたように耳を伏せ、先頭へ回って、残る人たちを浅い森まで案内する。
「あの娘、魔物が来る前に分かるのかい」
「音と匂いが分かるんです。薬草も、俺より詳しいですよ」
年配の男が感心して見送る先で、リラの耳がぴくりと動いた。悠真の言葉が聞こえているのだろう。振り返った顔が得意げで、悠真も笑って頷いた。
採取者たちを森の浅い場所まで送り、二人は一度来た道へ戻った。
倒した魔物の魔石を回収し、角も切り取る。売れると聞いたので、忘れず収納へ入れた。薬草だけの報酬より、かなり稼げそうだ。
魔石を数える悠真へ、リラが大剣の腹を見せた。最後の一頭を叩いたところに、泥が厚くついている。
「刃を向けたら、木まで斬りそうだったので」
「ちゃんと使い分けられるんだな。俺が追いつくまで止めてくれて助かった」
「次も任せてください」
汚れを拭ったリラが、長い剣を軽々と背へ戻す。悠真は数え終えた魔石を収納し、彼女の指す獣道へ足を向けた。
夕方まではまだ時間がある。二人は最後の群生地へ向かった。
だが、さっきまで元気だったリラの足が、途中で止まった。
「変な匂いがします」
低い枝に、白い糸がかかっていた。細いのに、風が吹いても切れない。奥を見ると、木と木の間に同じ糸が何本も張られている。
悠真はフィナの言葉を思い出した。
毒蜘蛛。
さらに奥から、人の呻き声が聞こえた。
悠真は鉄剣を抜き、リラへ短く告げた。
「人がいる。助けてから帰るぞ」
リラが大剣の柄へ手をかけた。
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