第三話 養母
目を覚ますと同じ布団に裸の女が寝ていた。居候のリムだ。空いている部屋がないので俺の部屋で預かったのだったか。
裸である理由は武器を隠していない証明のためらしい。武器があったとて俺を殺せはしないのだが好きにさせている。
それにしてもメイドとして来たにも関わらず俺より起きるのが遅いとはどういうつもりなのか。元暗殺者と考えると、こちらが目覚めたことを察知し動けていないことも減点だろう。
襲撃して来た時はそれなりの手練れに感じたが、勘違いだっただろうか?
違和感を感じしばしリムの寝姿を眺めていると、モコモコとした綿のような眠りの精霊が姿を現す。表情は笑っていた。どうやらリムは玩具にされていたらしい。それならば精霊への耐性が育っていないこちらの人間に抗うのは無理だ。
優しく肌を摘み、刺激を与え覚醒を促す。眠りの精霊が抜け出た直後はそのままにしておくとしばらく目を覚まさないが、外部から干渉すればさすがに反応する。
「ん……」
艶めかしい声と共に寝返りを打った直後、意識が覚醒したのかリムは飛び起きた。
「申し訳ございません」
昨日に続き床での土下座。なるほど。こうしてベッドの上から見下ろせば無防備にも見え、たしかに謝罪や許しを請う姿であると実感する。
「構わん。だがすぐ用意しろ」
着替えを待ちつつ、ちょっとした悪戯心で起きなかった理由を聞けば「安心できたから」だそうだ。本当は眠りの精霊の影響なのだが態々教えてやる必要もない。
暗殺者という立場に一度なってしまえば落ち着いて寝ることができなくなるのは理解する。そう思うとむしろ彼女は眠りの精霊に感謝すべきだ。久しぶりの安眠を得られたのだから。
一階に降りると養父の用意した朝食で腹を満たす。養父はこの世界のどこにでもいる標準的な体型をした壮年の男性ではあるが、こうして朝食や掃除などを熟す姿を見れば現時点ではどこぞのメイド候補よりもメイドらしい。
「ごちそうさま」
馴染み始めた食後の挨拶をし、鞄を背負うと小学校へと通う。
時の精霊が三回半入れ替わる周期、こちらでいう一年ほどの期間通えば次は中学校というところへ移るらしい。
終了の鐘を聞き、皆が先生と呼ぶ指導者からの話が終われば学校での一日が終わる。その後は友人と一緒に帰ることもあるが、今日は用事があるため別行動。
「たっくんまた明日!」
「またー」
常識を学ぶために通っている小学校だが、こういった経験の乏しかった俺としては新鮮で興味深い時間。貧しかった子供時代をやり直しているような気分なのだ。ただ時々危機感のあまりない子供たちを見ると心配になる。完全には少年になり切れていない証拠。
小学校の敷地を出ると、門の付近まで迎えに来ていた養父と共に養母の元へと向かう。自動車は便利だが一部の精霊の機嫌が悪くなる。遅いくせに俺を乗せていることが気に入らないらしい。
「死の精霊が多いな」
病院という大きな建物に着くと死の精霊たちが挨拶に訪れる。死の精霊たちは律義で真面目。きっちりと仕事を行う。いい意味でも悪い意味でも。
エレベーターという上下に移動する箱に乗り込めば、高さのある場所でもすぐに着く。精霊たちの力を借りればもっと簡単に移動することも可能だが、それをすると元の世界以上に目立って騒ぎになると聞いている。この世界は時々面倒だ。
扉が開き入れ替わるように箱に乗り込んだ男性の胸から死の精霊が顔を出しこちらを見ていた。ずいぶんと濃い色をしている。だがそれに気づいても俺は何もしない。
養母の個室に入ると笑顔で迎えてくれる。
「拓弥くんも来てくれたのね。ありがとう」
「うん。様子を見に来た。だいぶ元気になったな」
「おかげさまでね。そうだわ。頂き物の果物食べる?」
「食べる。いっぱいあるけど、どれがいいか」
サイドテーブルの上には様々な果実が詰められている籠があり、他にも個別の箱も並んでいる。
「この箱に入ってるメロンてのが高いやつだっけ?」
「そうよ。甘くて美味しいはず。それにしましょうか」
現在死の間際から奇跡的な回復をみせているということで、養母は病院から特別な提案をされており、ここでの待遇は非常に良くなっている。相手側は様々なデータが欲しいらしく、それに協力すれば滞在費用だけでなく謝礼も出すという条件。よって病院から定期的に差し入れも届くようでそれを俺に勧めてくれたわけだ。
養母の体調が良くなったのは俺と精霊のおかげ。遠慮なく食べる権利がある。
高くて美味しい果実ということで、普段は夕食時に順番に出てくる上位精霊が揃って現れた。火は赤い髪の女。水は青い髪した青年。風は緑髪の少年。土は茶髪の小柄な女。死は黒紫髪で、命は金髪に近い。死と命はよく姿を変えるのだが、今日は死が男で命は女のようだ。
他にも接点のある精霊は存在するのだが、呼ばなくても傍にいるのは今のところこの六種。
養父が切り分けると中から胎座で眠る植物の精霊が慌てて飛び出してきた。この手の精霊が居心地のいい果実で眠っているということはよくある。初めて見た時は地面に尻もちをついたっけ。
肝心の実の方は、瑞々しく薄いはちみつ色。見た目ですでに甘いことを主張している。小さく切られたそれらを口にすれば汁がジュワっと広がり、受け止めきれなかった部分が端から零れ落ちていく。
「あらあら」
養母が口の辺りを拭いてくれた。このような経験をしたのはいつぶりだろうか。元は成人していた大人。少々気恥しい。
「これほど美味いのは初めてだ」
「ずいぶんといい物みたいね。高かったでしょうに」
「持ってきた相手に感謝しないとな」
「そうね」
養母は少量。代わりに俺が多くを食べた。とはいえほとんどを俺の体を通して上級精霊たちが回収している。実際のところは多くを一人で味わえたわけではない。
普段澄ました素振りの水の上級精霊が風の上級精霊と顔を見合わせ笑い合っている。非常に珍しい姿を見た。水分量が多いので余計に機嫌がよいのだろう。他の精霊たちも実に満足気で、また食べたいという意思が伝わってくる。
「あっ」
そんな和やかな空気の中、窓の方を向いていた養父が声を上げ腰を浮かせた。




