第二話 リム
残念ながらぐっさんこと山口晴は個別指導に向かうため遊べないと言われた。ふと魔法使いになるべくギルドで指導を受けていた友人の顔が浮かんだ。
「どうする?」
「なんちゃんとこにする?」
「南くんの家か。行ったことないな」
外は光と火、そして水の下級精霊が喧嘩をしており非常に暑く、早くどこか涼しい場所に避難したい。そんな中提案された次なる候補地南くんの家。
二人は南くんと以前から一緒に学んだ仲であるため、家に行ったことがあるらしい。俺は最近ここへやって来たばかりで彼とはまだあまり話したことがない。印象としては比較的大人しい少年。
テクテクとしばらく歩けば南くんの家に辿り着いた。やや見上げることになる立派な高い塀に囲まれ、車庫は広く自動で閉まる蓋もついている。南くんの家はこの地域では広い屋敷というべき規模だった。
このような家であれば手土産が必要なのではないだろうか?
ふとそんな心配が頭を過るが、目の前の二人は構うことなく門で合図を送りクライスメイトを呼び出す。インターホンと言ったか。便利な呼び鈴。
対応してくれたのは南くんの母親。優しそうな声が耳に響く。しばしのやり取りの結果、二人が顔を覚えられていたことですぐに中へ入る許可がもらえた。
門の先、玄関への通りには植木鉢が置かれており花が咲いている。こういった屋敷の定番であるバラの他にブルースターという精霊が好むものもあった。
横に逸れると地面は緑色の芝生で覆われており、少し伸びた葉に隠れるようにして植物の精霊が顔を覗かせる。そこでは番犬というには頼りない小型の犬がグルグルと走り回っていた。
「みんなどうしたの?」
玄関で迎えてくれた南くんは、俺たちと違って長いパンツを履いていた。しかも生地の質もよさそうだ。その姿に田舎の村から町へ出てきて、初めて貴族の子息を見た感覚を思い出す。髪型も短めの二人に比べ耳にかかるほどに長い。髪の長さは豊かさの象徴。育ちの良さが出ている。
「遊びに来た! あがっていい?」
「いいよ。でも一時間だけね。この後ピアノの先生が来るから」
「わかった!」
大理石でできた玄関スペースでは、健ちゃんが靴を蹴り上げるように脱いで中へ駆けていく。養父には靴を脱ぐ場合揃えて置くように教えられているが、彼は学校でもよくこうしている。松っちゃんは普通に脱いで駆け出す。向きが進行方向のままであるし、勢いで多少ズレているが許容範囲か。養父は「完璧すぎるのも子供らしくない」と言っていたか。これくらいの年齢なら松ちゃんくらいが普通なのだろう。
しかしこの家の者たちはしっかりとしているようですべてが綺麗に揃えられている。それを見てせめて自分だけでもちゃんとしようと靴を丁寧に脱いでいると、南くんの母親が来て二人の靴を揃え始めた。
「突然申し訳ない」
「初めて来る子よね。たしか三島くんだったかしら?」
「そう……です。しばし世話になるます」
「ふふふ。親御さんがしっかりされているのね」
相手に配慮すべきこうしたやり取りは苦手だが、少し高貴な立場の相手に接するつもりで振舞えばどうやら正解だったようで微笑まれた。それにしても我が家へ呼びに来た二人の家と違いすぎてなんだか調子が狂う。
南くんの家では濃度の高い果物の搾り汁や、上品な味の菓子が出されもてなされた。この規模の屋敷にはやはり手土産が必要だったように思う。
そして予定通りに時計の短い針が一つ分進むと別れを告げ帰宅することになった。
「そろそろ時間だね」
「ほんとだ! じゃあまた学校でな!」
「なんちゃんまたねー!」
「贅沢なもてなしに感謝する」
「ふふっ。三島くんまたいらっしゃいね」
外には闇の精霊が見え始めた。もうじきすると残った光の精霊も他の精霊と混じり姿を変えながら空を漂うことだろう。暗くなる前にと足早に住宅街を抜ける。
帰宅しリビングに入ると、養父と暗殺者はまだそこにいた。会話をしているわけでもなく室内は静か。
「おっさん。こいつ何してんの?」
「おかえり。スマホで仕事を探しているみたいだよ」
「ああ。その板って冒険者ギルドみたいな機能もあるのか」
暗殺者の女は俺と違ってこちらの生活に慣れているのを忘れていた。
「おい。暗殺者。名前は?」
「リン・リンでございます主様」
「リンリンか。どうする名前そのままにするか?」
「お決めください」
「じゃあリムだ。おっさんこいつ今日からリムになったから」
元と似ている方が本人も反応しやすいだろうしリムとした。実は知り合いの名前を借りたのだ。これならば短いし呼びやすい。
「そういや今日は佳苗さんのとこにいかなくていいのか?」
「今日は一日検査だから」
養母は病院という名の治療院に預けられている。初めて見た時は胸の辺りを中心に死の精霊が纏わりついていて、もうじきそれが人の形を成そうとしていた。その精霊には俺が帰るように言ったので今はもういない。悪意のない素直なタイプで助かった。代わりに現在養母の傍では俺の意思を汲んだ命の精霊が仕事中。必要があればその他のやつらも手伝うとはりきっていたので、近いうちにこの家に帰って来れそうだとは聞いている。
「食事の用意は?」
「外に行くか家に届けてもらおうかと思って待っていたんだ」
「申し訳ありません。今から用意いたします」
「いや。いい。外に行くか」
この世界の食堂は様々な種類があり楽しい。ようやくどこでも見かけるメニューは覚えてきた。次は変わり種にも挑戦したい。
「じゃあ出かけるぞ。おっさんに行く店は任せるから、遠い場所なら馬車……じゃなくて車だしてくれ」
食べ物の話をしていたせいか、いつの間にか傍に火の上位精霊がやってきていた。今日はこいつが当番か。赤い髪の背の高い女。上位精霊たちは有能ではあるが、仕事の対価として俺を通して食事をする。やつら的には外での食事は不満らしい。なぜなら酒を飲めないからだそうだ。まるで人間のようなことを言いやがる。
そんなわけで、早く養母が帰ってくるのを願っているのは養父以外に上位精霊たちもというわけらしい。




