第一話 メイド希望の暗殺者
とりあえず一章分九話まで書いてみました。是非最後までお付き合いください。
家のリビング。エアコンという無駄にでかい道具を動かすと、無色な精霊王の呼吸が色を持ち、下級精霊へ変わると活動を始めた。氷の精霊は現れては姿を消して遊び、風の精霊は辺りをふよふよと漂っていたり競走をしたりとエアコンに対抗している。精霊たちは意思のない相手に対する嫌悪というか異質な存在と感じながらも、同時に競うように活動することで『楽しい』という感情も持っているようす。生まれたばかりの精霊だ。無邪気な子供のようなもの。
さて。正面へと視線を戻せば、以前俺を殺しに来た女が土下座と言われるこの国上位の謝罪姿勢をしてこちらに頭を下げている。前回失敗しているのにまた来ているということで根性はありそうな奴だと思う。
「家で雇って欲しいって、おっさんメイドの募集とかしてた?」
「してない。してません」
「だってさ」
「お願いします。誠心誠意お仕えいたします。どんな命令にも従いますので」
耳に届く声は凛としていて真剣さは伝わってくる。しかし以前の行動を考えると、あたりまえだが簡単に信じるわけにはいかない。
こちらの世界ではメイドがいる家は大金持ちくらいだと養父から聞いている。そこは異世界と同じ。この家は特に金持ちではない一般的な家庭なのだと伝えられている。ということは普通はメイドなど雇うはずなどない。暗殺者ならこちらの情況くらいは下調べしていたはず。なのにやって来ている。怪しい……。
一度疑い出せばキリがないのはわかっている。ならばと信じられる部分を探すわけだが、それにしたって信頼できる要素は周囲に漂う精霊からの嫌悪感が伝わってこないことぐらい。
前回と違い今は心に動きがあるということで、無心で命令に従っているわけではないようだがはたして。
外見は黒く地味な色の服にエプロンを着けた姿で使用人に相応しいもの。黒く艶やかな髪も後ろでまとめているし、見た目だけはそれらしくなっている。そう、見た目だけは……。
「でさ。せっかく逃がしてやったのになんでまた俺のとこに来ちゃったわけ?」
「任務が失敗したので他に行くところがありません」
「あー、はいはい。そういうことね」
俺はこの世界の常識に疎い。
あっちの世界ではこういう者を相手にした経験があるが、こっちだとどうなのだろう。
「おっさんこれって普通?」
「普通じゃないよ! そもそも普通は暗殺者に襲われないからね!」
女の話を俺流に解釈すれば「帰る場所がなくなった。お前のせいで! なので責任を取れ」となる。だが正直知ったことではない。運悪くイレギュラーな存在の俺が相手だったとはいえ、命令したのはあちら組織の人間であり失敗したのはこいつ。ついでに言えば、俺が処理することになったターゲットを選んだのは神。もちろん九日は出さないが、苦情ならそちらへどうぞといった場面。
冷ややかな視線を送り続けていると、女はこちらの答えを察してか一層床に頭を擦り付ける。そして続いて語られた内容は少し興味深かった。それは「組織はメンツのために今後も暗殺者送り込んでくる」という話から始まり「自らが役に立つこともある」というのだ。
彼女たち組織の下っ端もいろいろと大変らしい。生き残るためにこうして元暗殺対象にアピールしなければならないのだ。だが残念なことにこんな姿を見ても俺としては可哀想というよりもおもしろいと感じてしまう。
「おっさんこいつ雇う余裕ってある?」
「僕の収入だと厳しいかな……」
「じゃあダメ」
「では滞在費は自分で稼ぎますので」
決定権は俺にあるとはいえ、金など諸々のことは基本的に養父へ任せている。養父が払う金がないというならダメ。最初は絶望と狂気の精霊に囁かれ俺を殺そうとしていた男だが能力は低くない。こちらの世界では彼の判断は尊重すべきだ。
この状況になっても諦めないらしい。尚もアピールは続く。
暗殺者といっても単純に殺すことだけに特化しているわけではなく、この世界では様々な立場を利用してターゲットに近づこうとするらしく、女は意外にもいろんな仕事熟せるように教育を受けているのだと語る。もちろん性的な内容も含めて。
「体売るようなのはやめろ。そういう奴らを見てきたが幸せになった奴を知らん」
異世界では奴隷以外にも、お金のため、生活のためといった理由で体を売る者が多数いた。しかしやはりというべきか、幸せになった者を見たことがない。多くが狂気の精霊を呼び寄せ、コントロール出来ずに死の精霊のお世話になる。
噂では身請けによって幸せを掴んだという話もあったが、全体からいえば奇跡のようなものだろう。身請けされた結果、逆に後ろ盾が無くなり扱いが酷くなったという話もあるくらいだ。
俺の感情に苛立ちが生じたからか、楽し気にしていた精霊たちに変わり火の精霊が顔を出す。こいつが興奮すると怒りの精霊に変わり、けしかけてくるのが困りもの。
室内温度が僅かに上がるとゴーっというエアコンの音が大きくなった。冷風の勢いが増し、俺の伸びた髪が揺れる。すると冷風を嫌がった火の精霊は姿を消してしまう。自然と俺の苛立ちもどこかへ消えていた。
沈黙と共に少し冷えカラッとした空気が流れる室内に「ピンポーン」という音が鳴り響く。おっさんこと養父である明彦が反応して立ち上がったが、外から聞こえる声ですぐに相手が誰で要件がなにかわかった。
「たーっくん。あーそーぼー!」
こちらでいう四月から通い始めた小学校という教育機関の友人が誘いに来たのだ。彼らとの付き合いは拓弥が俺に入れ替わった後、通う場所を変更してからになるのでまだ短い。しかしすでに何度かこうして仲間として誘いに来てくれている。
養父からの目配せに頷き、クッションから尻を浮かせ玄関へと向かう。扉を開けた瞬間、ムワッとした空気と共に複数の虫を模った下級精霊が家の中に入り込んできた。暑い。
顔を顰めながら扉を開け切ると、そこには同じ指導者の下で学ぶ大野健一と松本俊介が立っていた。彼らは半袖のシャツにひざ丈のパンツスタイルという俺と似たような恰好。やはり暑い日を過ごすならばこの姿にかぎる。
「たっくん今日遊べる?」
「うん。でもうちは来客中で無理。健ちゃんの家は?」
「うちもダメだし松ちゃんとこもだって。ぐっさんのとこ行ってみる?」
「おっけー。ちょっとここで待ってて。親に言ってくる」
リビングまで小走りで戻ると、出かけるためそこにいる二人に指示を出す。
「おっさん。俺ちょっと友達と遊んでくる。あとそこの暗殺者はしばらく面倒見てやるから早めに仕事探せ。いいな?」
そう伝えると返事がある前に駆け出し、財布を取りに二階の自室へと向かう。友人をあまり待たせるわけにはいかない。
ドタドタと急いで階段を降りるとキッチンに寄り、冷凍庫から人数分のアイスを取り出して一度リビングに戻る。開けた際に青白い氷の精霊が入り込んでいくのを見たが今はそれどころではない。手に持ったアイスをまずは養父と暗殺者に渡して玄関へ。
「健ちゃんと松ちゃんアイス食うでしょ?」
「やった! サンキュー」
「たっくんありがとう」
各自アイスを咥えながら目的の家へと冒険開始。外はむしむしとした環境。まるでファイアトードの巣に向かっているような感覚だ。




