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悪役令嬢は悪女として死ぬ覚悟を決めました。  作者: 白い鴉


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8.踏み台

 ルカが動き始めてから、五日が経った。


 噂は早い。


 領主に陳情を追い返された村人たちの前に、一人の農民の青年が現れた。名前はルカ。南の第三村の出身で、二十歳になるかならないかの年齢だ。彼が提案したのは、領地内の複数の村が協力して食料を融通し合う仕組みだった。


 単純な話だ。余剰のある村が不足の村に分ける。返済は次の収穫後でいい。誰かが保証人になる必要もない。ルカの言葉を信じた村長が一人頷いた。その翌日には三つの村が動いていた。


 ゲームで見た通りだった。


 ただゲームでは見えなかったことがある。


 マルクが届けた食料が、その仕組みの中に自然に組み込まれていた。北の第二村から余剰分として出された作物が、南部への融通の一部として流れていた。出所は誰も疑わなかった。北の村の農家が善意で出した、という話になっていた。


 計算が、想定より上手く働いた。


 ただしそれ以上のことは考えないようにした。



  *



 六日目の朝、セレンが来た。


「ルカという青年について、ご報告があります」


「聞く」


「南部の村々での食料融通の件を取りまとめているのがこの人物です。村人からの信頼が急速に高まっており、隣接する村々にも話が広がっております。また、彼の行動に感化されたのか、今まで動かなかった有力農家が備蓄を開放し始めています」


 予定通りだ。


「それと」


 セレンが少し間を置いた。


「ルカという青年の周囲で、奇妙なことが続いているという話が入っております」


「奇妙なこととは」


「彼が訪れた村では、翌日に雨が降る。彼が交渉に入った取引は、どちらの側にとっても結果が良くなる。彼の隣にいた者が、長年患っていた怪我が急に癒えた、という報告まで」


 幸運体質。


 ゲームの設定通りだ。ルカの周囲では物事が上手くいく。それは事実だ。ただしゲームに描かれていなかったのは、その裏側だ。


「その幸運の裏で、不運を引き受けた者はいるか」


 セレンが目を細めた。


「……把握されていたのですか」


「答えろ」


「一人います。南の第二村の男で、ルカと共に食料の運搬をしていた際に荷馬車が横転し、足を骨折しました。同じ状況でルカは無傷でした。また、ルカが交渉に入った取引で利を得た商人の陰で、取引から外された別の商人が大きな損失を出しています」


 二人。


 まだ二人だ。だがこれは始まりに過ぎない。ルカの幸運が大きくなるほど、踏み台の数も増えていく。それがゲームで見たことだ。名前のない背景として処理されていた人々が、この世界では実在している。


「足を折った男の名前は」


「ダンと申します」


「今どこにいる」


「村に戻って療養中かと」


 私はしばらく考えた。


 ダン。ゲームに出てこない名前だ。ゲームには映らなかった踏み台の一人だ。


 足を折っている。療養中だ。仕事ができない間、収入が止まる。飢饉の最中に収入が止まれば、どうなるかは計算しなくてもわかる。


「ダンに、領地の補修作業の仕事を割り当てろ。座ってできる軽作業から始めて、回復次第で内容を変える。給金は通常通り出す」


 セレンが止まった。


「……足を折っているのに仕事を割り当てるのですか」


「補修の設計図の写しと、材料の数量確認だ。座ってできる。難しいか」


「いいえ。ただ」


「ただ、何だ」


 セレンは少し間を置いた。


「なぜそこまでご存知なのかと思いまして」


「セレンが今報告した」


「足を折っていることは申しましたが、仕事の内容まで具体的に」


 私は書類に目を落とした。


「必要なことを考えた。それだけだ」


 セレンはそれ以上聞かなかった。


 私は書類を見ながら、次の手順を頭の中で組んでいた。



  *



 ダンの話は、セレンを通じて実行に移した。


 表向きは「領地の補修計画の書記を増員する」という体裁にした。ダンが特別扱いを受けているとは村人に見えない形だ。理由のない親切は、悪役令嬢には似合わない。似合わないことはしない。


 ただしダンには仕事と給金が渡る。それで十分だ。


 二日後、セレンから短い報告が来た。「ダンは仕事を受けました」。それだけだった。


 私は頷いた。次の話に移った。



  *



 シーン通知が届いたのは、その翌朝だった。



 [シーン通知]

 20分後からシーン004「領主の叱責」が開始されます

 内容:ルカの活動が領主の耳に入り、領主が使者を通じて

    ルカを叱責します

 出演者はシーンに沿った動きを心がけてください



 二十分。


 叱責。使者を通じて。


 ゲームの記憶を確認した。このシーンは、ルカの活動が領主ルーの権限を侵害しているという名目で、ルーがルカに対して警告を送る場面だ。ルカは動じない。それがルカの人物像を印象づける場面として機能していた。


 私は二十分で考えた。


 使者として誰を選ぶか。


 セレンは使わない。セレンに余計なものを見せたくない。


 屋敷の使用人の中で、口が固く、感情を顔に出さない者を選んだ。エドという中年の男だ。仕事が丁寧で、必要なことだけを報告する。ゲームには登場しなかった人物だが、実際に屋敷で働いている。


 エドを呼んだ。ルカへの伝言を告げた。


「領主の許可なく村人を動かすな。次はない」


 それだけだ。シーンとして成立する最低限の叱責だ。


 エドが出ていった。二十分が経った。


 強制力は、今回も大きくは感じなかった。エドを選んだ時点で、既に使者を送るという行動に私は向かっていたからだと思う。


 ただ一つ気になることがあった。


 シーン004の内容として「領主が使者を通じて叱責する」とあった。使者の人選は通知には書かれていなかった。つまり誰を使者にするかは、私が選べた。


 エドを選んだのは正しかった。


 ルカは叱責を受けた。動じない。それで十分だ。


 余分なものは何も渡さなかった。



  *



 その夜、セレンが珍しく自分から話しかけてきた。


「ルカという青年が、使者に対して一つだけ返答したと報告が入りました」


「何と言った」


「『村人が飢えているのを、止める理由がわかりません』と」


 私は書類から目を上げなかった。


「そうか」


「……ご不満ですか」


「いいや」


 セレンが少し黙った。


「ルー様は、ルカという青年をどうお思いですか」


 珍しい問いだ。セレンが感想を求めてくることは、ほとんどない。


 私はしばらく考えた。どう答えるべきか、ではない。どう答えるかを考えた。


「眩しいと思う」


 口から出てから、少し驚いた。


 計算した言葉ではなかった。


「眩しい、ですか」


「止める理由がわからないと言える人間は、そうそういない。大抵の人間は止まる理由を先に考える」


 セレンが何も言わなかった。


 私も何も言わなかった。


 部屋に静かな時間が流れた。


 私は書類に目を戻した。ルカのことを、それ以上考えないようにした。考えても、何も変わらない。ルカは眩しく在り続ける。私は暗い場所で計算し続ける。それが、この物語の構造だ。


 スマホを確認した。バッテリーが五割を切っていた。


 今夜は観測だけにする。

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