表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢は悪女として死ぬ覚悟を決めました。  作者: 白い鴉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/18

9.勇者

 ルカが公式に勇者として認定された。


 知らせはセレンが持ってきた。王都からの布告が領地にも届いた、という内容だった。布告には、ルカの名前と出身地と、これまでの行いが簡潔に記されていた。飢饉の中で民を救った農民の青年。神の加護を受けた勇者。国を守る盾となる者。


 私は布告の写しを受け取って、一度だけ読んだ。


 それをセレンに返した。


「記録しておけ」


「かしこまりました。……ご感想は」


「ない」


 セレンが何かを言いかけて、止まった。


 私は次の書類を手に取った。



  *



 感想は、嘘だった。


 ある。


 ただ口にできる種類のものではない。


 ゲームで何十回も見たイベントが、今日現実になった。ルカが勇者になった。これでシナリオは折り返し点を過ぎた。本編の前半が終わり、後半が始まる。ルーへの疑惑が積み重なっていく時期に入る。断罪まで、あと半分だ。


 半分。


 その言葉を頭の中で転がした。


 ゲームをプレイしていた頃は、この折り返し点から先を何度繰り返しただろう。ルカが勇者になった後に何かを変えられないかと、あらゆる選択肢を試した。無駄だったが。


 今は、変えようとしていない。


 変えようとしていない、のに。


 スマホを取り出した。シミュレーションを開いた。


『ルカが勇者として認定された現時点での、断罪までの推定残期間』


 砂時計。


『六ヶ月から八ヶ月。シナリオの進行速度によって変動する』


 六ヶ月から八ヶ月。


 私はその数字を見た。


 前世で田中澪として生きていた二十三年と比べれば、短い。ただしこの世界で、ルーとして生きてきた時間を数えると、少し違う感触になる。この領地の土を踏んだ日から、今日まで。テオに会った日。カルロに侮辱した日。赤ん坊の顔を見た朝。エルマーの覚書を読んだ夕暮れ。


 それが全部、六ヶ月後には終わる。


 終わる。


 そう思って、スマホを閉じた。



  *



 翌日、セレンから報告が入った。


「ルカ様が、領主への挨拶を希望されています」


 私は顔を上げた。


「勇者になった報告を、直接したいとのことです。使者を通じてではなく、ご本人が」


 ゲームの記憶を検索した。


 このイベントは知っている。ルカが勇者認定後に領主と直接会う場面だ。ゲームでは短い場面で、ルーがルカを冷たくあしらい、ルカが動じないまま去る。それだけだった。


 シーン通知はまだ来ていない。


 つまりこれは通知の来る前の段階だ。ルカからの申し出に対して、私が受けるかどうかを決める場面だ。


「日時を決めろ。明後日の午前中で構わない」


「かしこまりました」


 セレンが下がった後、私はしばらく考えた。


 直接会う。


 ゲームの画面で何十回も見た人物と、この世界で初めて正面から向き合う。ルカは私のことを領主として認識している。私がゲームの廃人プレイヤーの転生者だとは知らない。


 それは当然のことだ。


 ただ私はルカのことを、ゲームで作られた人物として見てしまう可能性がある。それは避けなければならない。この世界のルカは、画面の中の設定ではない。実在している。


 意識しておく必要がある。



  *



 シーン通知が届いたのは、翌朝だった。



 [シーン通知]

 60分後からシーン005「勇者の訪問」が開始されます

 内容:勇者ルカが領主館を訪れ、領主と対面します

    領主は勇者を歓迎せず、短い会話の後に退室します

 出演者はシーンに沿った動きを心がけてください



 六十分。


 今回は一時間ある。


 私は六十分で何ができるかを考えた。


 応接室の配置を変えた。椅子の角度を、わずかに変えた。ルカが入ってきた時に、私の顔が逆光になる位置にした。表情が読みにくくなる。それだけで、会話の主導権が変わる。


 服を選んだ。装飾の多い、いかにも貴族らしい服にした。ルカとの身分差を視覚的に強調する。


 セレンに「来客の茶は不要だ」と伝えた。茶を出さないのは、来客を歓迎していないという意思表示だ。シナリオ通りの演出だが、六十分で準備できる範囲でより効果的にする。


 そして一つだけ、シナリオにないことを決めた。


 ルカの顔を、正面から見る。


 ゲームの画面越しではなく、この世界で初めて正面から。それだけは、しておきたかった。



  *



 ルカが来た。


 想像より背が高かった。ゲームの立ち絵では気にならなかったが、実際に部屋に入ってくると、空気が少し変わるような気がした。


 逆光の位置に座った私を、ルカは少し目を細めてから、真っ直ぐ見た。


 眩しい場所にいるのに、目を逸らさなかった。


「ルー様、はじめまして。ルカと申します」


 声は予想より低かった。落ち着いている。緊張している様子がない。領主の屋敷に呼ばれて、しかも逆光の中で座っている人間を前にして、この落ち着き方は普通ではない。


 幸運体質とは、こういう種類の落ち着きも含むのかもしれない。


「用件を」


 立ち上がらなかった。茶を出さなかった。視線だけで答えた。


「勇者に認定されたご報告と、今後についてご相談があって参りました。この領地の出身として、領主様にご挨拶しておきたかったのです」


「相談とは」


「勇者として動くにあたって、この領地を拠点にしてよいかどうかを確認したかったのです。村人たちのそばにいたいと思っておりまして」


 私は答えなかった。


 ルカを見た。


 この青年は今、領主に許可を求めている。断られれば動きが変わるかもしれない。それでも来た。許可を取ることが正しいと思っているから来た。幸運体質は、こういう誠実さも含んでいる。


「好きにしろ」


 短く言った。


「ありがとうございます」


 ルカが深く礼をした。礼の角度が深い。形式ではなく、本当に礼を言う時の角度だ。


 私は立ち上がった。退室する合図だ。


 ルカが顔を上げた。その時、一瞬だけ目が合った。


 ルカの目は、予想していた色と違った。


 ゲームの立ち絵で見た、明るく前向きな光だけではなかった。何かを考えている目だった。真っ直ぐだが、単純ではない。


 私は視線を外して部屋を出た。



  *



 廊下でセレンが待っていた。


 私の歩調に合わせて並んだ。何も言わなかった。


 階段を上りながら、私は言った。


「ルカが領地を拠点にすることを許可した」


「……よろしいのですか」


「構わない」


 セレンが少し間を置いた。


「理由を伺っても」


「好都合だ」


「好都合、とは」


「領地を拠点にしていれば、動きが把握できる」


 それは本当のことだ。嘘ではない。


 ただそれだけが理由かと問われると、答えに詰まる気がした。だから問われる前に歩みを速めた。


 自室に入り、扉を閉めた。


 スマホを取り出した。


 シーン005の完了を確認した。強制力は発動した。退室という結果はシナリオ通りだ。ただし六十分の準備と、椅子の角度と、服の選択と、ルカの目を正面で見たことは、通知には書かれていなかった。


 メモを開いた。


 今日の記録を書いた。


 最後に一行加えた。


『ゲームの立ち絵と、目の色が違った』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ