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悪役令嬢は悪女として死ぬ覚悟を決めました。  作者: 白い鴉


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29.積み重なるもの

 三日目の審問が始まった。


 ブライアが最初に言った。


「本日は、提出された証拠の整理と、残りの証言を行います。その後、判断を出します」


 判断。


 今日で終わる。


 私は中央に立った。昨日と同じ場所だ。同じ服だ。ただ今日は、昨日より少し違う感触があった。


 何が違うかは、うまく言えない。



  *



 最初に提出されたのは、領地の財政記録だった。


 エドが持ってきた。


 エドが証言台に立った。


「この記録は、私が管理しておりました。領地の財政は、表向きの悪政の印象とは異なり、民への支出が継続的に行われていた記録が残っています」


 ブライアが書類を確認した。


「医療費の支出が複数回あります。対象者は」


「名前は記録していません。ただし時期と金額から、領地内での怪我人や病人への対応と推定されます」


「意図的に名前を記録しなかったのですか」


 エドが少し間を置いた。


「……そのように思います」


 私はエドを見た。


 エドは私を見なかった。正面を向いたまま答え続けた。


 この人間も、見ていた。


 全体像は把握していないと思っていた。ただし断片を積み上げていた。そしてそれを今日、ここに持ってきた。


「以上です」


 エドが下がった。


 一度だけ、こちらを見た。


 何も言わなかった。目だけだった。


 私も何も言わなかった。



  *



 次にイーダが立った。


 織物補助の仕事を与えられた経緯を話した。夫が処刑されたことになっていること。仕事がなければ生活が立ち行かなかったこと。なぜ仕事が届いたのかが長い間わからなかったこと。


「今はわかりましたか」


「はい。セレンさんから教えていただきました」


「どう思いましたか」


 イーダが少し考えた。


「……廊下でお会いした時のことを思い出しました」


「廊下で」


「仕事を始めて五日目に、屋敷の廊下でルー様とすれ違いました。私はお礼を言って、夫のことを聞きました。ルー様は何もおっしゃらなかった。ただ、少しだけ足が止まりました」


 部屋が静かになった。


「それだけですが、何かを感じました。書状に書いた通りです」


 ブライアがイーダを見た。


「書状とは」


「ルー様へ、お礼の書状を書きました。セレンさんに渡していただいて」


「その書状は今も手元にありますか」


「……持ってきました」


 イーダが書状を出した。


 ブライアが受け取った。読んだ。


 私は正面を向いたまま、その書状が読まれるのを聞いていた。


『仕事をいただきありがとうございます。今日の廊下でのことも、ありがとうございました。意味がわかっているわけではありません。でも、何かを感じました。どうかお体にお気をつけください』


 部屋に、その言葉が広がった。


 私はイーダを見なかった。


 見られなかった。



  *



 ルカが証言台に立った。


 傍聴席からではなく、正式な証人として。


「ルカ様、あなたはこの領主から迫害を受けたとされています。実際はどうでしたか」


「迫害とは思っていません」


「命令に従わなかったことがありましたね」


「はい」


「それは」


「届け出の義務を課せられましたが、届け出をしている時間があれば一軒でも多く回れると思って従いませんでした」


「命令への報復はありましたか」


「ありませんでした」


「なぜだと思いますか」


 ルカが少し考えた。


「……わかりません。ただ、ルー様が本当に私を止めたかったとは思っていません」


「根拠は」


「根拠はありません。ただ、直接会った時に、そう感じました」


「感じただけですか」


「はい。それ以上のものはありません」


 ブライアが少し間を置いた。


「ルカ様、あなたはこの領主を、どういう人物だと思っていますか」


 ルカが私を見た。


 私もルカを見た。


「わからない人です」


 ルカが真っ直ぐに言った。


「一年間、近くで見ていました。命令されて、従わなかった。叱責されて、動じなかった。それでも報復がなかった。村の食料が届いた。怪我をした人に仕事が来た。処刑されたはずの人が生きていた」


「それを全て、この領主がやったと思いますか」


「全部かどうかはわかりません。ただ」


 ルカが一瞬だけ間を置いた。


「あの人は、嘘をついていないと思います。少なくとも、私に対しては」


 私はルカを見ていた。


 ゲームの立ち絵と、目の色が違った。今日もそうだ。単純ではない。一年間、この世界で見てきたものが、あの目に入っている。


「以上です」


 ルカが頭を下げた。



  *



 証言が全て終わった。


 ブライアが立ち上がった。


「本日の証言と提出された記録を踏まえて、申し上げます」


 部屋が静まり返った。


「グレイン公国との内通疑惑については、書状の内容が農産物の取引打診に留まり、王国の利益に反する内容は確認されませんでした。疑惑として不十分です」


 一つ目が崩れた。


「勇者への迫害については、命令が出されたことは事実ですが、実害が最小限に抑えられていた記録があります。迫害の意図について疑義があります」


 二つ目が崩れた。


「素行不良については、複数の証言が領主の行動を別の角度から示しています。悪政の実態との乖離が確認されました」


 三つ目が崩れた。


「肉親の不審死については、今回の審問では直接の証拠が提出されませんでしたが、魔素の観測記録が領地の環境的な問題を示しており、領主の関与を示す証拠はありません」


 四つ目が崩れた。


「以上を踏まえて」


 ブライアが私を見た。


「辺境領主ルーに対する断罪については、告発の根拠が不十分と判断します。処刑の宣告は行いません」


 部屋が、一瞬だけ完全に静かになった。


 それから、傍聴席から息を呑む音がした。書記が何かを書く音がした。


 私は動かなかった。


 シナリオが、完全に終わった。


 処刑の宣告が、出なかった。



  *



 ブライアが近づいてきた。


「ルー様」


「何ですか」


「一つだけ、個人的なことを言わせてください」


「どうぞ」


「あなたは世界のために必要だと思っていたと言いました。私にはその意味が全部はわかりません。ただし今日の審問で、一つのことが確認できました」


 ブライアが静かに言った。


「あなたが生きていることで救われた人が、確かにいます」


 私は何も言えなかった。


「それは世界のために必要なことではないかと、私は思います」


 ブライアが礼をして、審問の場を出ていった。


 部屋に残ったのは、私とセレンと、マルクたちと、ルカだった。


 誰も、何も言わなかった。


 しばらく、そのままだった。


 私はポケットの中のスマホに触れた。


 通知は来なかった。


 シナリオは終わった。


 この先に、シナリオはない。


 私は、静かに息を吐いた。

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