27.裏どり
証言が始まった。
最初に立ったのはマルクだった。
マルクは静かな声で話した。自分がテオという名前だったこと。西隣の商人に追われていたこと。領主の屋敷に連れてこられて、腕の化膿を医者に診てもらったこと。新しい名前を与えられて、北の村に送られたこと。
事実だけを話した。感情を入れなかった。それが証言として重かった。
ブライアが書記に全て書き留めさせた。
「この領主から危害を受けたことはありますか」
「ありません」
「命の危険を感じたことは」
「一度もありません」
ブライアがマルクを見た。
「あなたは今、自分が処刑されたはずの人間だと言いました。なぜ生きているのですか」
「領主が、生かしてくれたからです」
部屋が静かになった。
傍聴席の貴族の一人が、何かを小声で言った。隣の人間がそれを制した。
私は正面を向いたまま、動かなかった。
帰れと言った。聞かなかった。
それだけだ。
*
次にレムが立った。
火事の夜のことを話した。村人に囲まれて石を投げられたこと。領主が馬で来て、連れ帰ったこと。「歩け」と言われたこと。翌日、怪我の手当てをされたこと。新しい名前と仕事を与えられたこと。
「火事の原因については」
「私ではありません。ただそれを証明する方法がなかった」
「領主はあなたの無実を知っていたと思いますか」
レムが少し考えた。
「知っていたと思います。理由は、あの夜に私に言った言葉です」
「どんな言葉ですか」
「『知っている』と言いました。私が『火をつけていない』と言った時に」
ブライアが私を見た。
私は答えなかった。
「ルー様、この証言について何かありますか」
「ありません」
「ゴットという男の無実を知っていたのですか」
「審問に関係のないことです」
「関係があるかどうかは私が判断します」
ブライアの声は静かだった。怒りではない。ただ、公正だ。
「……知っていました」
声が出た。
部屋がさらに静かになった。
傍聴席がざわめいた。ブライアが手を上げて制した。
*
証言が続いた。
ダンが立った。補修作業の仕事を与えられたこと。座ってできる仕事から始めて、腰が治ってから内容が変わったこと。給金が一度も止まらなかったこと。
知らない顔の男が立った。名前はフィンといった。ルカの取引から外れた商人だ。別の取引先を領主側から紹介されたことがあると話した。直接ではなく、使用人を通じて。気づいたのは後からだったと。
もう一人、知らない女が立った。リナだった。財布を失くした後に、村全体への見舞い金が届いたこと。出所が長い間わからなかったこと。今日来た理由は、これが領主からだと最近知ったからだと。
「どこで知りましたか」
「マルクさんから聞きました。北の村で一緒に働いていたので」
マルクがリナに情報を渡していた。
マルクは知っていたのか。私の動きを、どこまで把握していたのか。
私はマルクを見た。
マルクが、静かにこちらを見ていた。
帰れと言った時と同じ目だった。
*
証言が一通り終わった頃、ブライアが立ち上がった。
「審問を再度中断します。提出された証言の内容について、精査が必要です」
ブライアが私を見た。
「ルー様、本日の審問はここまでにします。明日以降、追加の審問を行います」
「処刑の宣告は」
「保留します」
私は息を吸った。
「保留する必要はありません。宣告してください」
ブライアが私を見た。長い間、見た。
「それはできません」
「なぜですか」
「公正な審問を行う義務があります。証言が出た以上、それを無視して宣告を出すことはできない」
「証言の信憑性を確認してからでも遅くはないはずです。それまでに宣告を——」
「ルー様」
ブライアの声が、少しだけ変わった。
「あなたは今、自分の処刑を急いでいますか」
部屋が、完全に静まり返った。
私はブライアを見た。
この人間は見抜いている。全部ではない。スマホのことも、バッドエンドのことも知らない。ただこの一年間で積み上げてきた全てを見て、今この問いを出している。
「……そのような意図はありません」
「そうですか」
ブライアが頷いた。
「では、明日また来てください」
審問が終わった。
私は中央に立ったまま、しばらく動かなかった。
シナリオが崩れている。
処刑の宣告が出なかった。明日、審問が続く。証言の精査が始まる。
これはシナリオにない展開だ。
私はポケットの中のスマホに触れた。
通知は来ない。
シナリオの外にいる。
*
宿に戻ると、セレンがいた。
遠ざけたはずだった。王都に来るなと言っていなかった。断罪の場に来るなと言っただけだった。
セレンが私を見た。
「お帰りなさいませ」
私は何も言えなかった。
「……何があったか、聞いてもいいですか」
私は部屋に入った。セレンがついてきた。
椅子に座った。
しばらく黙っていた。
セレンも黙っていた。
「処刑の宣告が、出なかった」
セレンが小さく息を吸った。
「……そうですか」
「明日、審問が続く」
「……そうですか」
セレンの声は、震えていなかった。今日は震えていなかった。
代わりに、何か別のものがあった。
「セレン、お前が何かしたか」
セレンが少し間を置いた。
「……マルクさんに、審問の日程を伝えました。一月前に」
私はセレンを見た。
「それだけか」
「それだけです。来るかどうかは、マルクさんが決めることでしたので」
セレンが何かを決めて動いていた。一月前から。私が知らない場所で。
「なぜ言わなかった」
「言えば、止められると思いましたので」
私は何も言えなかった。
「……怒っていますか」
「いいや」
それは本当のことだった。
怒りではなかった。
何なのかは、まだわからなかった。
ただ今夜、セレンが傍にいることが、少し違う意味を持った。
遠ざけようとした人間が、遠ざけられなかった場所にいる。
シナリオに映らない場所で、この人間はずっと動いていた。




