26.処刑されたはずの者たち
扉が開いた。
入ってきたのは、一人の男だった。
私はその男を見た。
知っている顔だ。
アッシュ。
処刑されたはずの男だ。ルカの幸運体質に巻き込まれ、最初に被害を受けた人物。私が最初に「処刑したという体で」匿った人間ではない。アッシュはその後に現れた人物で、領地の別の村で別の名前を持って生きているはずだった。
なぜここにいる。
男が審問の場の中央まで歩いてきた。足取りが重い。緊張している。それでも止まらない。
「申し訳ありません、審問中に」
男の声が、広い部屋に響いた。
「私はこの領主に処刑されたとされている人間です。ただし、生きています」
部屋が静まり返った。
ブライアが目を細めた。
「名前を」
「アッシュと申します。元はこの領地の者です」
アッシュ。
名前に、覚えがあった。マルクやレムのように直接手を回した相手ではない。ただ、これまでに領地のどこかで匿われた者の一人だったはずだ。誰がいつ、どういう形で関わったのか、細部までは思い出せない。
それでも、見覚えのある顔だった。
私は動かなかった。
動けなかった。
シナリオに、この人間は存在しない。
*
ブライアが書記に何かを指示した。アッシュを別室で待たせるよう命じた。審問を一時中断した。
私は中央に立ったまま、動かなかった。
ブライアが私を見た。
「ルー様、この件についてご説明いただけますか」
「説明することはありません」
「処刑されたはずの人物が生きている。これは審問に影響します」
「そうかもしれません」
「なぜこの人物が生きているのですか」
私は答えなかった。
ブライアが少しの間、私を見た。
「……少し時間をください」
審問が一時中断された。
*
控え室に通された。
一人だった。
スマホを取り出した。
手が、少し震えていた。
震えていることに、気づいてから、止まった。
震える理由を考えた。
恐怖ではない。想定外だからだ。シミュレーションが読めなかった動きが、始まった。算出不可の場所で、何かが動き始めた。
シミュレーションを開いた。
『アッシュが審問の場に現れた理由として最も可能性が高いもの』
砂時計。
『自発的な行動。ルーへの恩義から、証言に来た可能性が高い』
恩義。
私はその言葉を見た。
次を入力した。
『アッシュ以外に、同様の行動を取る可能性がある人物』
砂時計。長い。
『マルク、レム、ダン、イーダ、ロルフ。いずれも可能性あり。ただし行動の有無と時期は算出不可』
全員。
全員が、来るかもしれない。
私は控え室の壁を見た。
この人たちに、来るなと言っていない。来てほしくないとも言っていない。ただ、来るとは思っていなかった。
シミュレーションが読めなかった場所で、人々が動いている。
これが、民衆の動きだ。
*
審問が再開された時、控え室の外で声がしていた。
複数の声だ。何人かが、審問場の外で何かを訴えている声だ。衛兵が制止しようとしている声も混じっている。
ブライアが書記に確認させた。
書記が戻ってきた。
「外に、十数名が来ております。この審問に関わる証言をしたいと」
ブライアが私を見た。
私は答えなかった。
「……通してください」
ブライアが言った。
扉が開いた。
入ってきた人々を、私は見た。
マルク。レム。ダン。それから、知らない顔が数人。
マルクと目が合った。
マルクは、こちらを見ていた。静かな目だった。重い目だった。恩義を言葉にしない、あの目だった。
私は動かなかった。
「来るな」
声が出た。
マルクが止まった。
「ここに来る必要はない。帰れ」
マルクが首を横に振った。
「帰りません」
初めて聞く声だった。テオだった頃は、言葉を探しすぎる人間だった。今日の声は、短く、迷いがなかった。
「なぜ来た」
「あなたが助けてくれたから、来ました」
部屋が静かだった。
ブライアが、全員を見ていた。書記が手を止めていた。傍聴席の貴族たちが、息を呑んでいた。
「帰れと言っている」
「聞けません」
レムが言った。ゴットだった男の声だ。
「私は死んでいることになっています。でも生きています。なぜ生きているかを、ここで言わなければならないと思って来ました」
「余計なことだ」
「そうかもしれません」
レムが頷いた。
「でも余計なことをしてもいいと、あなたが教えてくれました」
私は何も言えなかった。
教えた覚えはない。
ただ、処刑したということにして、別の場所で生かした。それだけだ。
それが、この人間には何かに見えたらしい。
*
ブライアが立ち上がった。
「審問を、一時保留にします」
ブライアが私を見た。
「ルー様、これらの方々の証言を聞く必要があります。異議はありますか」
「……あります」
「理由を」
「不要だからです」
「不要かどうかは、私が判断します」
ブライアの声が、静かだった。怒りではない。ただ公正だ。
「あなたが何も主張しないのは、あなたの権利です。ただしこれらの方々が証言したいと言っている。それを止める権限は、私にはありません」
私はブライアを見た。
この人間は誠実だ。最後まで誠実だ。
それが今日は、理不尽ではなかった。
「……異議はありません」
声が、少しだけ変わった気がした。感情のない声のはずだった。ただ今日は、少し違う気がした。
自分では確認できなかった。
ブライアが頷いた。
「では、証言を聞きます」
審問の場が、シナリオにない方向へ動き始めた。
私はその場に立っていた。
スマホを持っていなかった。
ポケットの中で、スマホが静かにあった。
通知は来なかった。
シーン通知が、来なかった。




