25.断罪の場
王都までの道は、五日かかった。
雪が深い季節だった。馬の足が遅くなる。道が白く、空も白く、どこまで行っても白い世界が続いた。
セレンが同行していた。
止めようとした。止めなかった。
止める理由を言えなかった。断罪の場に腹心を連れていくことが、悪役令嬢として不自然だという理由は作れた。ただしそれを言う前に、セレンの顔を見た。
何も言わなかった。
セレンも何も言わなかった。
二人で馬を並べて、白い道を行った。
*
三日目の夜、宿に泊まった。
夜、スマホを開いた。
シーン通知が届いていた。
[シーン通知]
明日の第三刻からシーン013「断罪の前夜」が開始されます
内容:領主が王都に到着し、断罪の前に一夜を過ごします
孤独な夜です
出演者はシーンに沿った動きを心がけてください
孤独な夜。
シナリオがそう書いている。
私はその通知を見て、少しだけ可笑しいと思った。
孤独な夜。廊下の向こうにセレンがいる。離れた領地にマルクがいて、レムがいて、イーダがいる。写真の中に自分の顔がある。
孤独ではない。
シナリオはそう書いているが、今夜の私は孤独ではない。
それだけのことが、今夜は少し重かった。
*
王都に着いたのは、五日目の昼前だった。
大きな街だった。ゲームの背景として何度も見た場所が、今は音と匂いと人の気配を持って存在している。馬車の音。食べ物の匂い。往来の人々の声。
全部、画面の外の話だ。
王都の迎賓館に通された。断罪まで二日ある。
部屋に入った。セレンが荷物を片付けた。
「ルー様、休まれてください」
「そうする」
「……何か、ご用があればいつでも」
「わかった」
セレンが下がった。
部屋に一人になった。
窓から王都の街並みを見た。遠くに王宮の尖塔が見える。断罪の場はあの方角にある。
スマホを取り出した。
バッテリーを確認した。八割。王都は領地より魔素が安定している。補充効率は落ちるが、急激には減らない。
シミュレーションを開いた。
『断罪の場での最終的な展開』
砂時計。
『告発項目が提示され、ルーが反論しない形で断罪が確定する。処刑の宣告が出る。』
私はその画面を見た。
長い間、見た。
閉じた。
*
断罪の前日、ブライアが来た。
正式な手続きの確認のためだという。弁護人を立てるかどうか、証人を呼ぶかどうかの確認だった。
「弁護人は不要です」
「証人は」
「呼びません」
ブライアが私を見た。
「ルー様、一つだけ個人的なことを伺っても構いませんか」
「どうぞ」
「明日の審問で、何かを主張されますか」
私はブライアを見た。
この人間は公正だ。誠実だ。最後まで、正面から来る。
「主張はしません」
「……それでよろしいのですか」
「よろしいです」
ブライアが少しの間、私を見た。
「あなたは不思議な方です」
「そうですか」
「断罪される方は、大抵何かを主張します。怒るか、泣くか、否定するか、取引しようとするか。あなたはそのどれでもない」
「それが問題ですか」
「問題ではありません。ただ」
ブライアが少し間を置いた。
「私は長年この仕事をしてきましたが、あなたのような方に会ったのは初めてです」
「どういう意味ですか」
「……わかりません。ただそう感じました」
ブライアが礼をして出ていった。
部屋に一人になった。
ブライアの言葉が頭に残った。
長年この仕事をしてきた、誠実な人間が、わからないと言った。
計算通りだ。ブライアに断定させないことが、演技として正しい。
ただし今夜、その言葉が少し違う意味を持って聞こえた気がした。
*
断罪の朝が来た。
シーン通知が届いた。
[シーン通知]
第二刻からシーン014「断罪」が開始されます
内容:断罪の審問が行われます
領主は全ての告発を受け入れ、処刑の宣告を受けます
出演者はシーンに沿った動きを心がけてください
通知を見た。
シーン014。断罪。
これが最後のシーン通知だ。この後に通知は来ない。断罪が完了すれば、シナリオは終わる。
私は着替えた。
今日のための服を選んでいた。深い紺色の、装飾の少ないドレス。転生した朝に最初に着た服と同じ色だ。意図して選んだ。
鏡を見た。
一年前と同じ顔が返ってきた。目つきが鋭い。表情が乏しい。
ただし今日の目は、一年前とは違う。
何が違うかは、鏡では見えない。
扉を開けた。
廊下にセレンがいた。今日も、いつもより早い時間から、そこにいた。
「セレン」
「はい」
「今日は来るな」
セレンが止まった。
「……断罪の場には」
「来るな」
「ルー様」
「命令だ」
長い沈黙があった。
セレンが、ゆっくりと頭を下げた。
「……かしこまりました」
声が震えていた。隠そうとして、隠しきれていなかった。
私はセレンを見た。
何かを言おうとした。
言葉が、なかった。
言葉の代わりに、一秒だけ、セレンを見た。
それだけにした。
廊下を歩き出した。
断罪の場へ向かう朝が、来た。
*
審問の場は、広かった。
石造りの大きな部屋だ。正面にブライアが座っている。両脇に書記が二人。傍聴席に貴族が数人。
私は中央に立った。
ブライアが口を開いた。
「辺境領主ルー、本日は以下の告発事項について審問を行います」
告発項目が読み上げられた。
他国との内通。勇者の迫害。素行不良の積み重ね。肉親の不審死。
全部、私が作ったものだ。
全部、この一年間で積み上げたものだ。
ブライアが問うた。
「これらの告発について、何か申し開きはありますか」
私は答えた。
「ありません」
部屋が静かになった。
ブライアが何かを書いた。
告発項目が一つずつ確認された。私は全てに「異議ありません」と答えた。感情のない声で。平坦に。一年間、練習してきた声で。
最後の項目が終わった。
ブライアが顔を上げた。
「では、処刑の宣告を——」
その時、扉が開いた。




