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悪役令嬢は悪女として死ぬ覚悟を決めました。  作者: 白い鴉


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22.願望

 断罪の召喚状が届いたのは、雪が深くなった朝だった。


 王都の封蝋が押された文書だ。ブライアの署名がある。一ヶ月後に王都で断罪の審問を行うとある。出頭しない場合は逃亡と見なすとある。


 私は文書を一度だけ読んだ。


 それを机に置いた。


 セレンが傍にいた。報告を持ってきた時に、封書が届いたことも同時に知らせてきた。今は何も言わずに立っている。


「一ヶ月後だ」


「……はい」


「準備を始めろ。王都への移動に必要なものを整えろ」


「かしこまりました」


 セレンが一礼して出ていった。


 扉が閉まった。


 私は机の上の召喚状を見た。


 一ヶ月。


 シナリオの結末まで、一ヶ月だ。


 計画通りだ。


 そう思いながら、窓の外の雪を見た。


 白い。


 ただ白い。


 何も考えられなかった。昨夜から、それが続いている。



  *



 その日の午後、領地の視察に出た。


 理由はなかった。ただ外に出たかった。


 馬で南の方角へ向かった。冬の荒野は枯れていて、土が固い。雪が薄く積もっている。夏に見た時より、土の色が少し濃い。魔素の改善が、じわじわと農地に反映され始めている。


 石の抑制が、少しだけ効いている。


 飢饉の翌年の冬としては、悪くない状態だ。来春の収穫が、昨年より良くなる可能性がある。


 私はその土地を見ながら、一つのことを考えた。


 来春の収穫を、私は見ない。


 当たり前のことだ。わかっていたことだ。ただ今日、その土地を馬の上から見た時に、それが初めて、胸に刺さった。


 刺さった。


 計算ではなく、感触として。


 馬を止めた。


 農地の真ん中で、止まった。


 風が冷たかった。雪が少し舞っていた。誰もいない冬の野原に、私一人だった。


 来春の収穫を見たい。


 その言葉が、頭の中に浮かんだ。


 考えようとして浮かんだのではない。気づいたら、そこにあった。


 来春の収穫を見たい。


 マルクが農家として働いている様子を見たい。レムが東の村でどう生きているかを知りたい。イーダの織物が完成したところを見たい。ロルフの腕が治ったかどうか確認したい。ダンが元気でいるかどうか知りたい。


 ルカが次の冬に何をしているかを、見たい。


 セレンが、私のいない朝に何を思うかを、考えたくない。


 馬の上で、雪の野原の真ん中で、私はしばらく動かなかった。


 生きたい。


 その言葉が、静かに、確かに、そこにあった。


 初めてではなかった。少し前の夜に「断罪されない未来」をシミュレーションした時から、何かがあった。ブライアの言葉を理不尽だと思った夜から、何かがあった。ルカの問いに答えられなかった夜から、何かがあった。


 ただ今日、はっきりとした。


 生きたい。


 それが本当のことだった。



  *



 本邸に戻ってから、自室に入った。


 扉を閉めた。鍵をかけた。


 スマホを取り出した。


 シミュレーションを開いた。


『ルーが生き残った場合の、この世界の結末』


 砂時計。


『バッドエンドに収束する。ルカが暴走し、周辺領地に壊滅的被害が出る。ルーの生存はバッドエンドの必要条件である』


 知っている。


『ルーが生き残り、かつバッドエンドを回避する条件は存在するか』


 砂時計。長い。


『現時点では存在しない。ただしシミュレーションの精度は感情とイレギュラーを読めない。民衆の動きや予測不能な要素については算出不可』


 感情とイレギュラーを読めない。


 最初から知っていたことだ。


 そう、シミュレーションの限界は、最初から明示されていた。


 私はその画面を見た。


 存在しない、とシミュレーションは返した。


 ただし「現時点では」という言葉がついている。


 そして「民衆の動き」については算出不可だという。


 私はスマホを置いた。


 机の引き出しを開けた。書状を取り出した。イーダが書いた、短い文章だ。


『どうかお体にお気をつけください』


 書状を折り直した。引き出しに戻した。


 生きたい。


 その感情を、今日初めて、否定しなかった。


 ただし否定しなかっただけだ。


 何も変えていない。計画は変わっていない。断罪は来る。一ヶ月後に王都へ向かう。シナリオ通りに断罪される。


 それが正しい。


 正しいことはわかっている。


 ただ今夜は、正しいことと、したいことが、同じではなかった。


 その事実だけを、今夜は持っていた。



  *



 夜、セレンが来た。


 王都への移動の準備について確認することがあるという用件だった。日程、荷物、護衛の人数。実務的な話が続いた。


 全て答えた。


 話が終わって、セレンが下がろうとした時に、私は言った。


「セレン」


「はい」


「春になったら、領地の南部を見に行きたい」


 セレンが止まった。


 振り返った。


「……来春、ですか」


「土の状態が改善しているはずだ。確認したい」


 セレンの目が、動いた。何かが揺れた。


「……かしこまりました。日程を組んでおきます」


 声が少し、震えた気がした。


「そうしろ」


「はい」


 セレンが出ていった。


 扉が閉まってから、私は自分が言ったことを考えた。


 来春に南部を見に行きたい。


 それは計画にない言葉だった。断罪が来る前提の計画に、来春は存在しない。


 ただ言った。


 言ってから、少しだけ、軽くなった気がした。


 軽くなった意味がわからなかった。それでも軽かった。


 窓の外の雪が、少し強くなっていた。


 来春、この雪が溶けた後の土を見たいと思った。


 思うことは、まだ許されると思った。

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