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悪役令嬢は悪女として死ぬ覚悟を決めました。  作者: 白い鴉


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16.根拠

 他国内通疑惑の証拠を、より具体的にする必要があった。


 シミュレーションが示した通りだ。現状の証拠は「書状を渡した場面を目撃された」というだけで、内容は農産物の取引打診に過ぎない。調査官のヴィンセントが精査すれば、疑惑として弱いと判断する可能性がある。


 断罪の告発項目として確実に機能させるには、もう一段階必要だ。


 計画を立てた。


 グレイン公国側からこちらへの接触があったという記録を作る。先方から動いてきた形にする方が、内通の印象が強くなる。そのためにはグレイン公国の商人の名前と、具体的な日時と、接触の場所が必要だ。


 シミュレーションを回した。


『グレイン公国との内通疑惑を強化するために最も効果的な接触の形式』


 砂時計。


『先方から使者が来た記録が残ること。ただし実際の使者を呼ぶことはリスクが高い。信頼できる第三者を使者に見立てた接触の演出が現実的』


 第三者を使者に見立てる。


 グレイン公国からの商人はこの領地の近くを定期的に通る。その商人に、今度は書状を受け取る形の接触を作ればいい。渡すのではなく、受け取る。それだけで方向が逆になる。


 問題は目撃者だ。


 前回はカルロが自然に目撃した。今回は誰が目撃するか。


 私はエドを呼んだ。



  *



 エドに指示を出しながら、私は別のことを考えていた。


 エドはここ数ヶ月、私の計画の複数の部分を担っている。グレイン公国の商人への書状の件、ルカの行動把握、今回の受け取りの演出。エドはその全てを忠実にこなしているが、全体像は把握していない。


 それでいい。


 ただしエドが全体像を把握しない状態で動き続けることには、限界がある。どこかで繋がりに気づく可能性がある。あるいは気づかないまま、終わりまでいく可能性もある。


 どちらになるかは、今はわからない。


 エドが部屋を出た後、私はメモを開いた。


 エドについて書いた。


『エドは知らないまま動いている。マルクもレムもイーダも、それぞれが断片しか知らない。セレンだけが全体に近い場所にいる』


 書いてから、もう一行加えた。


『この人たちは、私が設計したわけではない場所で、少しずつ繋がっている』


 少し前の夜に感じた奇妙な感覚と、同じものだった。



  *



 北東の森に向かったのは、翌朝だった。


 定期観測のためだ。ここ数日のデータで、石の変化が加速している兆候があった。放出量が増えている。緩やかだったものが、少し速くなっている。


 森に入ると、空気が変わっていた。


 前回と違う。湿度が高い。土の匂いが濃い。魔素が濃縮されている場所特有の、少し重い感触が肌にある。


 石の前に立った。


 苔がさらに剥がれていた。


 今度は石の側面まで。前回は上部だけだったのが、側面の三分の一ほどが露出している。図形の刻印が、はっきりと見えるようになっていた。


 スマホのカメラで撮影した。以前の写真と比較する。変化が大きい。


 魔素の数値を測った。


 石の周辺が、異様に高い。前回の二倍近い数値が出た。


 シミュレーションを開いた。


『現在の石の放出速度が継続した場合、魔素の嵐が発生するまでの推定時間』


 砂時計。長い。


『現在の速度が継続した場合、二ヶ月から三ヶ月以内に局所的な魔素の嵐が発生する可能性がある。ただし速度が加速した場合はさらに短縮される』


 二ヶ月から三ヶ月。


 断罪までの推定期間と、ほぼ重なる。


 私はその数字を見た。


 偶然かもしれない。ただし偶然でない可能性もある。


 もし魔素の嵐が断罪の前後に発生した場合、どうなるか。シナリオへの影響が出る可能性がある。最悪、断罪そのものが流れる可能性がある。


 断罪が流れれば、バッドエンドへの経路が変わる。


 私は石の周囲を歩いた。今日は地面に新しい跡があった。前回より深い靴跡だ。同じ靴底の形。


 ルカが、また来ていた。


 石に近づいた跡がある。前回より近い。触れた可能性がある。


 エルマーの言葉が頭に浮かんだ。


『石には触れるな』


 ルカが触れることで放出が加速しているなら、止める必要がある。しかし止めるためにはルカと直接話す必要がある。話すためには、この森のことを知っている理由を説明しなければならない。


 説明できない。


 詰まった。


 私は石の前にしばらく立っていた。


 風がない日だった。森の中が静かだった。鳥の声もない。魔素が濃すぎると、生き物が近づかなくなるらしい。以前は聞こえていた虫の音が、今日はなかった。



  *



 本邸に戻る途中、遠くにルカの姿が見えた。


 北の方角から歩いてくる。こちらには気づいていない様子だ。


 私は立ち止まった。


 ルカが近づいてくる。三十歩。二十歩。十歩。


 ルカが顔を上げた。目が合った。


 ルカが少し驚いた顔をした。それからすぐに、穏やかな表情になった。


「ルー様、おはようございます」


 私は答えなかった。


 ルカが歩みを緩めた。止まろうとした。


「北の方角へ行っていたか」


 声が出た。シーン通知はない。シナリオ外の会話だ。


「はい。北の第三村で、水路の件で話し合いがあって」


「それだけか」


 ルカが少し考えた。


「……森の方にも、少し」


 私はルカの目を見た。


 ゲームの立ち絵と違う目。単純ではない何かがある目。今日もそうだ。


「あの森に、何がある」


「わかりません」


 ルカが真剣な顔で言った。


「でも何か、引き寄せられる感じがして。気づくと近くまで行っています」


「感じる、とは」


「温かい、というか。何かが動いている感じがします。土の下で、何かが呼吸しているような」


 私はしばらくルカを見た。


 この青年は、石の存在を知らない。ただ何かを感じて、引き寄せられている。幸運体質が魔素に感応しているとすれば、石が放出する魔素の流れを感じ取っているのかもしれない。


「近づくな」


 ルカが目を丸くした。


「え」


「あの森には近づくな。理由は言えない。ただそうしろ」


 ルカがしばらく私を見た。


 断るかもしれないと思った。この青年は領主の言葉に従う理由が薄い。むしろ従わない方が自然だ。


「……わかりました」


 ルカが頷いた。


「理由を聞かないのか」


「聞いても、言えないとおっしゃったので」


 私はその答えを受け取った。


「それだけか」


「あと、ルー様が嘘をついていないと思うので」


 私は何も言えなかった。


 ルカが少し笑った。感情の素直な笑い方だ。


「では、失礼します」


 ルカが歩き出した。私の横を通り過ぎた。


 振り返らなかった。振り返る理由がない。


 ただ、ルカの言葉が頭の中に残った。


『ルー様が嘘をついていないと思うので』


 嘘をついていない。


 この会話の中で、私は嘘をついていない。近づくなという言葉も、理由が言えないという言葉も、全部本当のことだ。


 ルカはそれを、見た。



  *



 夜、スマホを開いた。


 今日の記録を書いた。石の変化。靴跡。ルカとの会話。


 シミュレーションを開いた。


『ルカに森への接近を禁じた場合、石の放出速度への影響』


 砂時計。


『ルカの接触が放出の一因であった場合、速度が緩やかになる可能性がある。ただしルカが指示に従うかどうかに依存する』


 ルカは従うと言った。


 信じるかどうかは、また別の話だ。


 ただし今日のルカの目を見た限り、嘘をつく人間ではないと思った。


 思った、ということを、メモに書いた。書いてから少し止まった。


 ゲームの設定ではルカは善良だ。それは知っていた。しかしこの世界のルカを「嘘をつかない人間だ」と、自分の判断として書いたのは今日が初めてだった。


 設定として知っているのではなく、会って判断した。


 それは少し、違うことだ。


 窓の外に星が出ていた。バッテリーを確認した。七割。回復が続いている。


 ただし残り時間が、また縮まっている。


 三ヶ月から五ヶ月。石の嵐の可能性が二ヶ月から三ヶ月。


 どちらが先に来るかは、まだわからない。

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