17.迫害
シーン通知が届いたのは、朝だった。
[シーン通知]
50分後からシーン009「領主の迫害」が開始されます
内容:領主が勇者の活動を公式に制限する命令を出します
勇者はこれに従わず、民衆の支持を得ます
出演者はシーンに沿った動きを心がけてください
五十分。
今回は長い。
私は通知を見ながら、ゲームの記憶を確認した。このシーンはゲーム後半の重要な転換点だ。領主ルーがルカの活動を正式に制限し、ルカがそれを公然と無視する。民衆がルカを支持し、ルーへの反感が頂点に近づく。断罪の直接的な引き金になる場面の一つだ。
五十分で考えた。
制限命令の内容を設計する必要があった。
ゲームでは「領地内での勇者の活動を全面禁止する」という内容だった。しかしそれは実害が大きすぎる。ルカが動けなくなれば、飢饉の余波がまだ残っている村々への対応が止まる。実際に人が死ぬかもしれない。
全面禁止にはしない。
ただし命令として成立し、ルカが無視したという事実が残る形にする。
私はメモに内容を書いた。
『領地内での食料融通活動において、事前に領主館への届け出を義務付ける。無届けの活動は領主の権限を侵害するものとみなす』
届け出の義務付け。
実害は薄い。届け出さえすれば活動は続けられる。ただしルカはおそらくこの命令を無視する。ゲームのルカはそういう人間だ。手続きより行動を優先する。
シナリオとして成立する。実害は最小限だ。
ただし。
私はメモを見た。
この命令を出せば、ルカへの民衆の同情が高まる。領主が勇者を邪魔しているという印象が固まる。それは計画通りだ。
計画通りなのに、五十分かけてこの内容を選んだ理由が、計算だけではない気がした。
*
命令書をエドに持たせた。
エドがルカのいる村へ向かった。
私は本邸で待った。
四十分後、シーン通知の完了を確認した。ルカが命令書を受け取ったという報告と同時に、ルカが翌日も届け出なしで活動を続けたという報告が届いた。
予想通りだ。
セレンが来た。
「ルカ様が命令に従わなかったとのことです。どうなさいますか」
「記録しておけ」
「処罰はしないのですか」
「今は不要だ」
セレンが一瞬だけ何かを言いかけた。止まった。
「かしこまりました」
下がっていくセレンの背中を見た。
処罰しない理由は、計算として正しい。今ここでルカを処罰すれば、民衆の怒りが早まりすぎる。断罪の場まで怒りを熟成させる必要がある。
それだけだ。
それだけ、のはずだった。
*
三日後、シーン通知が届いた。
[シーン通知]
20分後からシーン010「勇者への警告」が開始されます
内容:領主が勇者を直接呼び出し、警告を与えます
この場面は複数の村人に目撃されます
出演者はシーンに沿った動きを心がけてください
二十分。
直接呼び出す。複数の村人に目撃される。
これはゲームの中でも印象的な場面だった。ルーがルカを公衆の面前で叱責し、ルカが動じずに答える。それを見ていた村人たちが、ルカへの敬意をさらに高める。
二十分で場所を選んだ。
村の広場ではない。領地の外れにある、農地に面した道だ。人通りがある。村人が自然に目撃できる。ただし広場ほど開けていない分、場面が大きくなりすぎない。
エドを使わない。今回は私が直接行く。シナリオがそう設定している。
馬の準備をさせた。
二十分が経った。
*
農地に面した道に、ルカがいた。
近くの村から戻るところだったらしい。荷物を一つ持っている。食料だろう。誰かに届けてきた帰りだ。
私が馬で近づくと、ルカが気づいた。立ち止まった。
道の両側に農地がある。農作業をしている村人が数人いる。こちらを見ている。目撃者は揃っている。
馬を止めた。降りた。
ルカと向き合った。
「命令に従わなかったな」
「はい」
ルカは謝らなかった。動じなかった。ただ真っ直ぐに立っていた。
「理由を言え」
「届け出をしている時間があれば、一軒でも多く回れます。手続きより、今日食べられない人が先です」
私は答えなかった。
ルカの言葉を聞きながら、それが正しいと思った。正しいと思いながら、その正しさを利用しようとしている自分がいた。
「次に命令を無視した場合、相応の処置を取る」
声が出た。平坦な声だった。感情がない。
「はい」
ルカが頷いた。怯えていない。覚悟している顔だ。
「それでも動くのか」
私の口から、その言葉が出た。
シナリオにない台詞だった。
ルカが少し目を丸くした。それから、静かに答えた。
「はい。止める理由がわかりません」
前に聞いた言葉と同じだった。
私は馬に乗った。
その場を離れる前に、ルカが小さな声で言った。
「ルー様は、本当に私を止めたいのですか」
私は答えなかった。
馬を進めた。
背中にルカの視線があった。
*
本邸に戻ってから、自室に入った。
扉を閉めた。
スマホを取り出した。手が動いた。シミュレーションを開こうとした。止まった。
今日ルカに言った言葉を、頭の中で繰り返した。
『それでも動くのか』
なぜあの言葉が出たのか。
シナリオにない台詞だった。強制力は関係ない。シーン通知には「警告を与える」とあっただけで、あの問いは書かれていなかった。
私が、聞きたかったのか。
そう思った瞬間、何かが胸の中で動いた。小さく、確かに動いた。
それが何かを考える前に、セレンが扉を叩いた。
「ルー様、報告があります」
「入れ」
セレンが入ってきた。
「先ほどの場面を目撃した村人から、複数の報告が届いております。内容は……ルカ様への同情と、ルー様への批判です」
「そうか」
「計画通りということですか」
私はセレンを見た。
セレンの目が、真剣だった。いつもより少し、温度が違う。
「そうだ」
「……わかりました」
セレンが下がった。
部屋が静かになった。
私はスマホを手に持ったまま、しばらく動かなかった。
シミュレーションを開かなかった。
今夜は、数字を見たくなかった。
机の引き出しを見た。花と書状がある。
窓の外に日が落ちていた。今日の空は橙色だった。この世界に来てから何百回も見た夕暮れが、今日は少し、色が濃い気がした。
ルカの声が、頭の中にあった。
『ルー様は、本当に私を止めたいのですか』
答えは、出なかった。
出なかった、ということが、今夜初めて、少し重かった。




