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悪役令嬢は悪女として死ぬ覚悟を決めました。  作者: 白い鴉


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14.墓の前で

 ゴットの妻の名前はイーダといった。


 調べるのに二日かかった。エドを使って、南の第二村の村長から間接的に情報を集めた。直接聞けば怪しまれる。名前、年齢、家の場所、家族構成。イーダは三十代半ばで、ゴットとの間に子供はいない。両親は既に亡く、頼れる親族が村にいない。


 夫が処刑されたことになっている。


 収入が途絶えた。頼れる人間もいない。飢饉がまだ完全には明けていないこの時期に、それがどういう状況かは計算するまでもない。


 名目を考えた。


 領地の織物作業の補助員を募集するという名目で、南の第二村に告知を出した。給金は少額だが、定期的に出る仕事だ。応募者の中にイーダが入れば、自然に手が届く。


 ただし応募するかどうかはイーダが決める。


 私が決めることではない。



  *



 告知を出して三日後、セレンが報告を持ってきた。


「織物補助の件、南の第二村から二名の応募がありました」


「名前は」


「一人はマーサという老女、もう一人は——」


 セレンが少し止まった。


「イーダという女性です」


 私は書類から目を上げなかった。


「採用しろ。両名とも」


「かしこまりました」


 セレンが下がろうとした。


「イーダの仕事の開始日を、他の応募者より三日早めろ。理由は問わなくていい」


 セレンが止まった。振り返った。


「……三日早める理由を、私は問いません」


「そうしろと言った」


「はい」


 扉が閉まった。


 セレンは何も聞かなかった。ただ「私は問いません」と言った。


 それはもう、気づいていることを前提にした言葉だ。



  *



 肉親の墓参りに行ったのは、その翌日だった。


 月に一度の習慣にしていた。先代の頃からそうだったらしく、セレンがさりげなく日程を組み込んでくる。最初の頃は断ろうかと思った。ルーの肉親は私の肉親ではない。前世の田中澪には、ここに眠っている人々との記憶がない。


 それでも行くようになった。


 理由は最初、うまく説明できなかった。


 墓は本邸の北側にある。小さな墓地で、代々の領主一族が眠っている。石が三つ並んでいる。父、母、兄の順に左から右へ。石の彫り方がそれぞれ違う。父の石は丁寧で、母の石は少し急いで作ったように見える。兄の石は一番新しい。


 私はその前に立った。


 花を置いた。セレンが用意してくれたものだ。今の季節に領地で採れる、白い小さな花だ。


 何も言わなかった。


 言うことが、ない。


 ゲームの設定では、ルーの家族はただ死んだだけだ。病で、事故で、それだけだ。誰かのせいでもなく、陰謀でもなく、ただ運が悪かった。それを私は知っている。


 世間はそれを不審に思っている。ルーが消したのではないかと思っている。その誤解は断罪の材料の一つになる。私はその誤解を解かない。解く必要がない。


 だから今日ここに来ているのは、計算ではない。


 何のために来ているのかを、私はずっと考えていた。


 答えが出たのは、今日だった。


 この人々は、ルーを一人にした。悪意ではなく、ただいなくなった。ルーはその後、一人で領地を継いだ。一人で決めて、一人で動いて、一人で全部抱えてきた。


 私が転生してくる前から、ルーはずっと一人だった。


 私は石の前にしゃがんだ。


 花の位置を少し直した。必要もないのに直した。


 前世の田中澪も、最後の方は一人だった。家族とは疎遠になっていた。友人と呼べる人間はいなかった。ゲームの画面を見続けながら、誰かと話すことも少なくなっていた。


 ルーと田中澪は、そこだけ似ていた。


 私は立ち上がった。


 墓石を、もう一度見た。


 何も言わなかった。ただ見た。


 この人々がどんな人間だったかを、私は知らない。ゲームには映っていなかった。ただ三つの石が、ここに並んでいる。


 それだけのことだが、今日は少し、長く立っていた。



  *



 本邸に戻る道で、セレンが隣を歩いていた。


 いつもは少し後ろを歩く。今日は隣だった。気づいたのは、しばらく歩いてからだった。


 何も言わなかった。セレンも何も言わなかった。


 荒野の道を、二人で歩いた。風が冷たかった。秋が深くなっている。


 しばらくして、セレンが言った。


「先代様も、毎月いらっしゃいました」


「そうか」


「雨の日も、雪の日も。一度も欠かしませんでした」


 私は前を向いたまま聞いた。


「先代はどんな人間だった」


 セレンが少し考えた。


「……不器用な方でした。感情を表に出すのが苦手で、大事なことを言えないまま後悔することが多かった。ただ、領地の人々のことをよく考えていらっしゃいました。それは確かです」


 私は何も言わなかった。


「ルー様は」


「何だ」


「先代に、少し似ていらっしゃいます」


 私は歩みを止めなかった。


 似ている。


 先代の肉親に転生したルーが、先代に似ているというのは当然かもしれない。ただセレンが言いたいのはそういうことではないだろう。


「不器用だと言いたいか」


「いいえ」


 セレンが少し間を置いた。


「大事なことを、ちゃんと考えていらっしゃるということです」


 私はその言葉を受け取った。


 返事はしなかった。


 本邸の門が見えてきた。風が止んだ。白い花が、私の手の中にまだ一輪残っていた。墓に置き忘れた分だ。


 気づかないまま持ってきてしまっていた。


 私はその花を見た。


 捨てなかった。



  *



 夜、スマホを開いた。


 魔素の観測データを確認した。石の変化は続いている。放出方向への傾きが続いており、領地の魔素濃度が少しずつ改善している。バッテリーの補充効率も上がっている。


 ただしエルマーの警告がある。急激な放出は魔素の嵐を引き起こす可能性がある。今のところ急激ではないが、注意は続ける必要がある。


 次にシミュレーションを開いた。


『現在の断罪までの推定残期間』


 砂時計。


『四ヶ月から六ヶ月』


 二ヶ月、縮まった。


 シナリオの進行が速くなっている。ルカの名声が想定より早く広がったためだろう。


 四ヶ月から六ヶ月。


 私はその数字を見た。


 前回この数字を見た時と、何かが違う気がした。何が違うのかは、うまく言葉にならなかった。ただ今日、墓の前に立った時間のことを思い出した。


 花を一輪、まだ持っていた。


 机の端に置いた。水がないから、明日には枯れる。

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