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悪役令嬢は悪女として死ぬ覚悟を決めました。  作者: 白い鴉


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13/22

12.英雄と煙

 火事は夜中に起きた。


 南の第二村だった。


 報告が届いたのは夜明け前で、セレンが私の部屋の扉を叩いた。声が平坦だったが、いつもより速かった。それだけで規模がわかった。


「南の第二村で火災が発生しました。現在も延焼中との報告です」


 私は既に起きていた。シーン通知が三十分前に届いていた。



 [シーン通知]

 30分後からシーン007「英雄の炎」が開始されます

 内容:村で火災が発生します

    勇者が火中に飛び込み、複数の村人を救出します

    勇者の名声が領地全体に広まります

 出演者はシーンに沿った動きを心がけてください



 三十分で考えた。


 火事の現場には行かない。ルーが現場に駆けつければシナリオと矛盾する。悪役令嬢は民の火事を冷たく眺める側だ。ただし情報は集める必要がある。


 エドを呼んで、現場の観察を命じた。記録として残すためではなく、私が判断するための情報として。


 エドが出ていった。


 私は窓から南の方角を見た。


 空が、赤かった。



  *



 夜明けに報告が来た。


 エドからではなく、村長からの使者だった。


「ルカ様が、燃え盛る家屋に三度飛び込まれました。子供二人と老人一人を救出されました。ルカ様ご自身は軽い火傷を負われましたが、ご無事です」


 三度。


 私は使者の顔を見た。この男の目が、光っている。誇りと興奮と、何か神話的なものへの畏敬が混ざった目だ。


「火事の原因は」


「それが——」


 使者が少し声を落とした。


「村の北端に住む男が、怪しいとの話が出ております」


「怪しいとは」


「火事の直前にその男の家の近くで松明の明かりがあったと、複数の村人が証言しております。加えてその男は、先月ルカ様の食料融通の仕組みから外れた農家の者でして。恨みがあったのではないかと」


 私は一度だけ目を閉じた。


 わかった。


「その男の名前は」


「ゴットと申します」


「今どこにいる」


「村人たちが取り囲んでおります。今朝から」


 今朝から。


 私はすぐに立ち上がった。



  *



 馬を飛ばした。


 南の第二村まで、急いで二十分かかった。セレンが後ろについてきた。止める間もなかった。


 村に入ると、人の塊が見えた。


 三十人以上が、村の広場の中心に集まっていた。その中心に、一人の男が座り込んでいた。囲まれている。罵声が聞こえる。石が一つ、飛んだ。


 男が頭を抱えた。


 私は馬を止めて、降りた。


 人の塊の外側から、声を出した。


「退け」


 声が通った。


 人々が振り返った。領主の姿を見て、最前列にいた男たちが半歩引いた。ただし引いただけで、散らばらなかった。怒りがまだそこにある。


 私は人の塊の中を歩いた。左右が開いた。


 中心にいた男を見た。


 ゴットという男だった。四十代半ば。額から血が出ている。飛んできた石が当たったのだろう。目が虚ろだ。何が起きているのか、まだ理解できていないように見えた。


 私はゴットの前に立った。


 周囲の村人たちを見た。全員を、一秒ずつ見た。


「この男が火をつけたという証拠はあるか」


 最前列にいた男が前に出た。村長だろう。


「松明の明かりを見た者が三人おります。場所もこの男の家の近くで」


「火をつける場面を見た者は」


「それは——」


「ない、ということだ」


 村長が黙った。


 私は続けた。


「状況証拠だけで人を裁くことは、領主として認めない」


 村人の一人が声を上げた。


「では誰が火をつけたのですか。ルカ様が助けてくださった子供たちが、どれほど怖い目に遭ったか」


 私はその村人の顔を見た。


 母親だろう。目が赤い。怒りの下に、恐怖と安堵が混ざっている。


 この人間は正しいことを言っている。子供が死にかけた。誰かのせいにしたい。その感情は間違っていない。


 私は一呼吸おいた。


「この男は領主の裁量で預かる。調査の結果、罪が確定すれば処罰する」


 村長が顔を上げた。


「……処罰、とは」


「極刑も含む」


 その言葉が、広場に沈んだ。


 村人たちの顔から、少しずつ怒りの形が変わった。領主が動く。ならば待てる。そういう変化だ。


 私はゴットの腕を掴んだ。引き起こした。ゴットがよろけた。支えた。


 誰にも見えない角度で、短く言った。


「歩け」



  *



 馬に乗せて、本邸まで連れ帰った。


 セレンが無言でついてきた。本邸に入ってから、ゴットを空き部屋に入れた。扉を閉めてから、廊下でセレンと向き合った。


「怪我の手当てをさせろ」


「かしこまりました」


 セレンが一歩引いてから、止まった。


「ルー様」


「何だ」


「……この方は、どうなりますか」


 私はセレンの目を見た。


 この人間は既に、何かを考えている。答えを求めているのではなく、確認しようとしている。


「処刑した、ということになる」


 セレンの目が、わずかに動いた。


「……ということになる、と仰いましたか」


「聞き間違いだ」


 私は廊下を歩き出した。


 後ろでセレンが、長い沈黙の後に「かしこまりました」と言った。


 その声の質が、いつもと違った。



  *



 夜、スマホを開いた。


 ゴットの情報をシミュレーションに入れた。


『ゴットが今回の火事に関与している確率』


 砂時計。


『低い。ゴットが火事の前夜に村を離れていたという情報と、目撃された松明の位置が微妙にずれているという地形的データが矛盾する。ただし証明は困難』


 やはりそうか。


 無実だ。


 ルカの食料融通の仕組みから外れたのは事実だろう。だからこそ状況証拠が集まった。ルカの幸運の余波が、ゴットを犯罪者の位置に押し込んだ。


 私はメモを開いた。


 今日の日付の下に書いた。


「影響が大きくなってきた」


 それだけ書いた。


 踏み台の規模が変わった。足の骨折や財布の紛失ではない。今日のゴットは、私刑で死んでいた可能性がある。村人たちの怒りは本物だった。石が飛んだ。額から血が出ていた。


 ルカはその頃、英雄として称えられていた。


 三度火の中に飛び込んだ話が、既に村から村へ広がっている。夕方の時点で、私の耳に三つの村からその話が届いていた。明日には領地全体に広がるだろう。


 英雄の名声と、冤罪の恐怖が、同じ夜に生まれた。


 シミュレーションをもう一本回した。


『ゴットを処刑したという事実を流した場合の影響』


『断罪の告発項目として有効。ただし村人のルーへの恐怖が想定以上に高まる可能性がある』


 想定以上。


 私はその言葉を見た。


 想定以上になってもいい。恐怖が高まれば、ルーへの敵意が積み重なる。断罪の場での村人の証言が増える。計画として、問題はない。


 ただしゴットは生きている。


 今夜は空き部屋で、手当てを受けて、眠っているはずだ。


 私は空き部屋の方角を一度だけ考えてから、スマホを閉じた。


 次の手順を考える必要がある。ゴットに新しい名前を与える。別の村に配置する。処刑されたという記録だけを残す。


 マルクと同じだ。


 二人目だ。


 マルクとゴット。この二人はいつか、同じ場所で生きていることになる。


 そう思った時に、奇妙な感覚があった。


 シナリオに映らない場所で、シナリオに映らない人々が、少しずつ集まっている。私が設計したわけではない。ただそうなっている。


 それが何を意味するかは、まだわからない。


 窓の外に星が出ていた。

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