第7話 品質の手引きと、新郎の手紙
老人会に話をしに行ってから間もなく、ソレイユ皮やヴェルミア葉が式場に届き始めた。
「だけど、草の育ち具合や、乾き方にばらつきがある。これでは、期待したものと違う、と思われる可能性があるわね」
カエデがヴェルミア葉の束から一部を抜き取り、じっと見つめてため息をつく。
「品質管理ね」
麻里が腕を組む。
「マリはまた……難しい言葉を言うだにね」
リュウタロウが、遠い目をして立ち上がる。
「やっぱりずっとやってるお店から買った方が良いのかな……」
カエデがまた自信を無くし始めた感じがした。
「いいえ、どうにかしましょう。カエデさんの力がいるけど」
「私の?」
麻里は、紙と鉛筆を用意し、早速書く準備をする。
「カエデさんは、いつものと今回の薬草の違いが分かるんだよね。どこが違うの?」
「そうね、実際に見た方が分かりやすいかな」
カエデは棚から瓶を取り出し、机の上に葉や皮を並べる。
「これが、前から使ってる、問題のないヴェルミア葉と、ソレイユ皮。で、こっちが、今回のもの」
麻里は一見したあと、指先で触れ、香りを嗅いでみる。
「ああ、確かに。色とか、大きさとか、手触り、香り、色々と違う」
「そう」
「何が違うのかな」
「まずは、ヴェルミア葉の場合、育ち具合が違うと思う。これは育ち足りなくて、青ぐさい。こっちは、育ち過ぎて枯れかけてる」
麻里はカエデが言うままに、メモをしていく。
「あとは、乾かし方も違うかも。ヴェルミア葉もだけど、ソレイユ皮は実を食べたあとの皮を乾かすから育ち具合は問題ないとして、ほらこれ、まだほとんど乾いてない。カビの生えてるのもある」
「乾燥日数とか、保管の仕方とかかな」
「うん。風通しの良いところで乾かしているかもあると思う」
一通りメモをして、麻里は次の計画を立てる。
「まずヴェルミア葉は、これと同じ位育ってる葉を、育ててる所に行って見てみた方が良いかな。今回一番問題ない人の畑、分かる?」
「ああ、念のため納入してくれた人の名前を袋に書いておいたから分かるわ」
「あと、乾かし方は……うちで乾かすのもありかな」
「うちで?」
「ちゃんと乾いているのは高く買って、分からなければそのまま売ってもらって、うちで乾かして保管するの。その代わり、安くするとか」
「なるほど。まあ、式場の裏とか倉庫とか、乾かす場所はあるわね」
翌日、麻里とカエデはリュウタロウの仲介で育て方の上手な人の畑を見せてもらいに行った。
カエデは、どの位の背丈まで育っている草の、どの大きさの葉を採るか、確認していった。麻里はその横で、葉の実物大の絵や、育ち具合の目安を紙に書き込んでいく。
畑の持ち主に、どの位の日数育てたものかや、育てるコツも聞いてメモする。
そうして、文章や絵図を、基準としてまとめた。
「温守・薬草 品質基準(第一版)」
今はカエデしかできないが、受け入れ時に式場側で見るポイントなども書いた。
品質により、温茶に使うもの、温守に使えるもの、温湯で使えるもの、捨てるもの、と等級や、高い等級で追加する金額も決めた。
第一版は早速冊子にして、老人会で配った。
最初は面倒がっている人もいたが、より高く買ってもらうためにとか、それ以上により良い温守や温茶、温湯を作るためにと、思った以上に喜んでくれる人が多かった。
「マリ、やったね」
カエデが握りこぶしを顔の前で振ってにっこりした。
こっちの世界の、ガッツポーズのようなものだろう。
麻里も真似して握りこぶしを振った。こちらの世界に馴染んだ感じがして嬉しくなった。
――――――
品質管理はまだカエデしか判断ができないという問題はあるが、徐々に基準が生産者に馴染んできて、一段落した感じがした。
売る量が減ったのに気付いたのか、薬局から仕入れる薬草の品質もいつの間にか戻っていた。
その後、薬師ギルドからの嫌がらせと思われる動きも無い。ただ、隙を見せたら、また何か言ってくる可能性はある。できるだけ、きちんとしておいた方が良い。
給料日、リュウタロウが二人を呼んだ。
「まずは、カエデ」
いつもよりだいぶ分厚目の袋をカエデに渡す。
「香りのカエデから、草守のカエデに昇格だに」
「相変わらず良く分からないけど、ありがとうございます」
そして、リュウタロウが麻里を見る。
「マリは、調律師マリだけど、同じく活躍してるから昇給だに」
分厚い袋を渡す。
「ありがとうございます」
袋を受け取る。後で中身を保管しないといけないのが面倒だけど、ちょっと頑張った感じが出て良いと思う。
「それと、マリにもう一つ朗報だに。新しい仲間を紹介するだに」
細くて眼鏡の、真面目そうな若い女性が呼ばれて事務室へ入ってきた。
「彼女はツグミ。帳面のツグミを目指すだに」
「ツグミです。よろしくお願いします」
ぴょこんと礼をする。
「マリは帳面を返上できるよう、教えるだによ」
やっと、帳簿を引き継ぐ人がきたようだ。
麻里はほっとすると同時に、時間が空いてしまったらどうしよう、と思う。
でも、そう思う間もなく、温守目当てで予約が増え、式場の仕事も忙しくなってきた。
「こっちも人を増やしたいだに。この前の冊子みたいなの、式場用のもできないだにか?」
リュウタロウに応え、式や温守の簡単な手順の冊子に取り掛かり始める。
麻里は事務室で時間が空くと、今までの記憶を元に、式の業務を順に書き出して並べていった。
肩に乗ったタマちゃんにつつかれて手帳を見ると、式場手順のページがあり、そこに注意するポイントなどの項目もあった。
「あ、そういうのも、初心者向けには良いね」
麻里はそれと、準備する物のチェックリストなども書き加えた。
「手順の冊子もだけど、人が増えると作業を手分けしないといけなくなるよね」
麻里が机で一人、タマちゃんを指先でころころ転がして呟く。タマちゃんは遊んでもらって嬉しそうだ。
「なら、手帳」
タマちゃんが短く言って、麻里は「ん?」とまた手帳を開いた。
手帳には「工程管理表」の文字が現れていた。
「そうか。でもこの仕事、工程管理って言葉はしっくりこないかな……」
麻里は「時間管理表」と、紙に書いてみる。
一人で頷き、少しだけ書き始めた。
「あ、もう式の準備をしないと。手順や管理表、気が付いたときに付け足していこう」
そう言って、椅子から立ち上がった。
――――――
「マリ、相変わらず、忙しそうね」
今日の式の準備の箱と薬草を抱えたカエデと廊下で会い、声を掛けられる。
「カエデさんこそ。でも、これから人も増えて、楽になってくるんじゃないかな……」
麻里は書きかけの手順書と時間管理表を手に、カエデと一緒に新婦の控室へ向かう。
「そうなってくれると良いわね」
カエデがそう言って、麻里は荷物の多いカエデの前に進み、控室の扉を開いた。
「うわああーーん」
二人の目に入ってきたのは、幸せいっぱいの姿ではなく、大声で泣きだす新婦の姿だった。
思わず固まる。
「ああ、良いところに」
介添えの女性が、おろおろしながら麻里たちの方へ駆け寄った。
「どうしたんですか」
麻里は小さな声でその女性に聞く。
「新郎が……」
「新郎が?」
「これを、式場に今朝、新婦宛で」
彼女はそう言って、一枚の折りたたまれた紙を麻里に渡した。
紙を開く。
真っ白な便箋に、短く一言だけ、書かれていた。
『ごめん。結婚はできない。僕のことは忘れてください』
「うあああーーー」
新婦は顔を伏せたまま、泣き続けている。
式の開始まで、あと一時間と迫っていた。
品質基準に、手順の冊子、時間管理表――ここまで整えたら上手くいくと思ったのに。
人の心までは、管理できないらしかった。




