第6話 供給問題と、地域の巻き込み
タルトが帰った数日後、カエデが青い顔で事務所に飛び込んできた。
「薬草が、変わった」
「変わった?」
麻里が聞きなおす。
「薬局から来る草の質が落ちた。乾燥が雑で、香りが薄い。先週のロットと明らかに違うの」
カエデが瓶を二つ並べた。
「見るだけで分かる。色が違う」
麻里は二つを見比べた。確かに違った。先週のものは濃い緑で、艶がある。今週のものは色が褪せていて、乾きすぎている。そして香りを嗅いでみると、明らかに今回のものは香りがほとんどしなかった。
「意図的ですか」
麻里は聞いた。顔から血の気が引いていく。
「分からない。ただ、タルトが来た少し後にこうなったから、恐らくは……」
タルトと薬局が話をした可能性がある。直接の証拠はない。でも、タイミングが合いすぎる。
「これで施術したら……」
と麻里は言った。
「効果が落ちる。香りが薄いから、蒸気の質が変わる。最悪、クレームが出る」
いつも冷静なカエデが、明らかに動揺している。
「在庫はまだありますか」
「在庫はあるけど、元々そんなに沢山使う予定で用意していなかったから、今のペースで予約を受けたら一週間で尽きるかも」
「このまま仕入れられなかったら、来週の施術は、この草では使えないですね。台帳に記録して、品質不足による延期として残すしかない」
麻里の言葉に、カエデが少し目を細めた。
「延期すれば、客が離れるかもしれない」
「離れるかもしれません。でも悪い草で施術して、クレームが出たら台帳に残る。そちらの方が長い目では痛いです」
カエデが黙った。少し考えて、「分かった」と言った。
「ギルドに料金、払った方が良いのかな……」
カエデが自信無げに呟く。
麻里は、顔を横に振る。
「ううん、払ったら、相手のルールに従うことになる。そこは崩したくない」
リュウタロウに報告すると、眉を上げた。
「延期に予約受付ストップだに? せっかく予約が増え始めとるだに」
「草の品質が基準を下回っています。台帳に記録して延期します」
「客が怒るずら」
「怒ったお客さんには、理由を正直に話します。品質が揃わなかったので延期した、と」
リュウタロウが唸った。
「分かったずらが……使ってるの、何の草だっただにかね?」
「主に使うのは、ソレイユ皮とヴェルミア葉です」
カエデが答える。
「ヴェルミア葉ならその辺にも生えてるだに。みんなで採れば良いだに。そもそもなんで薬局から仕入れるだにか」
カエデがはっとした顔をする。
「あ、ああ。確かに。でも、最近大量に使うから、薬局からの仕入れを増やしたんですよ。式場の仕事をしながら採取は大変だし」
カエデもそう言いながらも少し気持ちが落ち着き始めて見えた。
「それに」麻里が続ける。
「ソレイユ皮は? 実を食べた時乾かしておけばって以前ききましたけど、そんなに食べられないですよね」
「それなら……老人会にでも、聞いてみるだにかね」
リュウタロウはそう言いながら、スケジュールで老人会が次に式場の会議室を使う日を確認し始める。
「お小遣い稼ぎにヴェルミア葉積んだり、ソレイユ皮捨てないで集めたの売ってもらうとか。……あ、確か前にソレイユの実絞った汁売ってる工場やってるっていう客もいたから聞いてみるだにか」
「社長、だにだに言ってるだけじゃなかったんですね」
カエデがいつになくにこやかにリュウタロウを見た。
「さすが、人情のリュウタロウですね」
麻里もすかさず持ち上げる。
「いくらぐらい払うか、どの位の量まで買うか、決めないとですね」
「そうね。最近いくらで仕入れてたか、月にどの程度の量使うかなら、すぐ出せるわよ」
カエデが帳面を取りに立ち上がり、麻里も帳簿の準備を始めた。
――――――
その夜部屋へ帰って夕飯のお弁当を食べながら、麻里は手帳を開いた。
麻里は最近週に何度も同じお店のお弁当を食べている。買い物をして、家へ帰ってから一人分だけ作るのは面倒だなと思っていたら、カエデがいつも買って帰るお店に一緒に行こうと誘ってくれた。和食と中華の間のような、少し変わった草の香りのするお弁当を味わい、少しだけ欲しがるタマちゃんにも分けながら、手帳に書かれている文字を読む。
〔供給問題の整理〕
現状:薬局からの草の品質が意図的に落とされている可能性がある。
問題の根:供給を薬局に依存している。依存しているため、ギルドの脅しが効く。
解決の方向:供給元を分散させる。自分たちで作る。
読みながら、麻里は少し止まった。
「ん? 自分で、作る?」
農業だ。今まで考えたことがなかった。でも、考えてみればその方が安全かも知れない。どこかに生えていると言っても、採取場所への立ち入りについて文句を言われるかも知れない。
「時間はかかりそうだし、これもまた、老人会案件かな」
麻里は静かにきいているタマちゃんに目を向ける。
満腹になったのか、タマちゃんは寝ていた。頭をそっと撫でてから、お弁当の草の皮でできた容器をまとめた。
――――――
「カエデさん、草を育てることはできますか」
と翌朝聞いた。
「育てたことはないわね」
カエデは言った。
「でも、どういうところに生えているかは分かる」
「それで十分です」
「土地が要る」
「……高いですか?」
「市街地でなければ、そうでもない」
カエデが少し麻里を見た。
「マリ、私たちの先まで気が付くようになったね」
とカエデが言った。
麻里は少し嬉しかった。
リュウタロウに土地の話を持っていった。
「村の外に休耕地があるずら。使ってない土地が何か所か」
とリュウタロウはすぐ言った。
「でも、誰が育てる? うちには農業をやる人間がおらんずら」
「老人会、はどうですか」
リュウタロウが止まった。
「手と時間を持て余している方々がいれば」
リュウタロウがしばらく麻里を見た。
「なるほどだに」
と言った。
「マリも行ってみるか? 老人会」
「行きます」
「俺と一緒に行けば、よそ者扱いされないだに」
麻里はうなずいた。
窓の外で、夕方の日が傾いていた。そして、少し黄みが強くて大きい月が顔を出していた。
もう忘れかけているが、元の世界の夕暮れは、もう少し赤色が濃かった気がする。駅のホームへ行き、電車へ乗ったものの、そのまま終点で折り返して戻ったことがある。結婚してから夫との関係が壊れていく中で、思わず家を飛び出したが、どこへ行けばいいか分からなくて、ただ電車の窓の外の景色を見ていた。
大きな川を渡るとき、目の前に広がる夕暮れに、蜜柑のような橙色の月が昇っていたのが、今でも忘れられない。あのときの自分の手をひいてあげたい、と思う。
「マリ、飯食ったか?」
リュウタロウの声がして我に返った。
「まだです」
と麻里は言った。
「今日の式、食べ物が余ったから、皆でたべるずら」
見ると、リュウタロウが、食べ物を事務所に運んできていた。
「はい。あ、私も手伝いますね」
「お茶も淹れるわね」
カエデが急須を用意する。
「式の食べ物やお茶の味を確かめるのも仕事のうちだに」
「食費も浮きますしね」
笑顔が浮かぶ。
「そろそろ人を増やしたいだに。マリには帳簿以外のことをもっとやってもらわないといけないだに」
「借金も返す目途がたったし、利益もでてきたから、一人なら」
今はこうして声を掛けてくれる人たちがいる。温かいお茶を一緒に飲んで、食事をしながら話すことができる。
行き先も、ある。老人会だけど。
――――――
その週の老人会で、麻里は早速提案した。
「ソレイユの実を食べたら、皮を捨てずに乾かして、うちへ売ってください」
ヴェルミア葉の契約栽培も、それまでの間をつなぐ採取の話も好評だった。
「自分たちの小遣い稼ぎが、できるだにか」
「それが村の若者の結婚式を支えるのは、嬉しいだにね。孫にも誇れるだに」
リュウタロウとの信頼関係もあってか、快く引き受けてくれた。
麻里が手帳を見ると、供給問題の整理のページの、解決の方向性の下に一行追加されていた。
「地域を盛り立てるSCMへ」
翌日から、ソレイユ皮の袋と、ヴェルミア葉の束が、少しずつ式場に届き始めた。
まだこれから。でも麻里たちの中で、薬局だけに頼らない安定した調達網が見え始めていた。
「これで、一安心だに」
リュウタロウが嬉しそうに言った。
だが、カエデは届いたヴェルミア葉の束を一つ手に取り、首をひねった。
「……うーん。量は、集まったけど」
「何か問題が?」
「草の育ち方や、皮の乾き方にばらつきが……」
その言葉に、麻里ははっとする。
「品質……か」
供給網は、でき始めた。
けれど、仕事として売るには、まだ足りないものがあった。




