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【完結】調律師マリの異世界仕事術 ~触れずに、身体と心を整えます~  作者: コフク


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第4話 温守の試作と、最初のお客様

 麻里はすぐにアンケート用紙を作成し、カエデと試作品作りを進めた。

 まず準備したのは、薬草茶――温茶。薬草のお湯で温めた温布。身体を温める薬草を浮かべた温湯。この三つを式の打ち合わせで訪れる新郎新婦やその家族に無料で試してもらい、代わりにアンケートに答えてもらうことにした。


「問題は温守だね」

 事務所で麻里が桶の湯に足を付けたまま机で書き物をしながら言うと、傍で同じく温湯を試しながらリュウタロウが顔を上げる。

「あの箱、まだ怖いだに。昨日は危うく火傷するところだっただによ」

 その隣で温茶を味わいながら、カエデが呟く。

「社長だったから良かったけど、お客様にはまだ出せないわね」

「社長でも良くはないだに」

「じゃあ、温守以外のお試しとアンケート回収は早速お願いしますね。アンケートの集計は私がやるので」

 麻里は桶から足を出すと、タオルで湯をふき取って靴を履いた。


 毎日時間ができるとカエデと麻里で倉庫に足を運ぶ。窓が小さいので薄暗いが、その薄暗さも落ち着いて心地よかった。草と土と、かすかに甘い何かの匂いがする。

 温守で使う薬草の試作はカエデが割合を少しずつ変えながら三種作って試した。

 一種目は香りが鋭すぎた。二種目は薄くて物足りない。三種目を嗅いだとき、麻里は思わず目を閉じた。身体の芯が、ほんの少しだけ、ほぐれるような気がした。

「これかな」

「私もそう思ったわ」

 カエデが頷く。

「穏やかで、身体が受け取りやすい気がする」

「香りが良い」

 麻里は薬草の種類や分量を紙に書き留めた。どれがどう良いか、忘れないように。同じものを、もう一度作れるように。


 蒸気での温め方の問題は、色々試した結果、箱の中で直接火を使わないことにした。

 薬草を入れた湯の器を別に温め、箱の下に置いて、蒸気だけを箱の穴から上に逃がす。

 最初は元の世界で受けたのと同じく服を脱いでケープを羽織って体に蒸気をあて、シャワーを浴びる形も試したが、カエデに不評で洗濯できる衣を着て、上からケープで全身を覆う形に落ち着いた。

 

「カエデさん、今回のはどう思う?」

 麻里は薄い布の衣を着てケープを羽織ったまま、メモを取りながら話す。

「悪くないね」

 二人並んで腰かけたまま話す。

 温かかった。体の芯から温まる感じがした。呼吸が少しずつ深くなる。肩の力が抜けていく。

 

 温守は一回十五分で区切ることにした。それであれば品質を揃えることができるからだ。身体を温めて、香りを楽しむ程度の穏やかなものに落ち着いた。

 カエデがベースの調合に少し足せる別の香りの良い薬草も用意して、アンケートの結果、独自の調合二つから選べるようにした。


 一週間の間に、リュウタロウが温茶、温布、温湯のアンケートも回収してきた。

「アンケートって見慣れないし、書くのが大変そうな人は、おれが聞き取っただに」

 紙の束を麻里に手渡す。

「さすが、人情のリュウタロウですね」

 麻里はアンケート一枚ずつに目を通しながら集計した。

 温茶は評判が良いが、好みにばらつきがある。

 温布はすぐに冷めるという感想が多い。

 そしてどちらもお金を出すほどではないようだった。

 温湯は好みが分かれた。高くなければお金を出しても良いという意見もあった一方で、終わった後足をタオルで拭かれるのが少し気になるという意見もあった。

「この辺は、元の世界と違うのね。温布はやめよう。温湯は、お金を出しても良い人に提供」

「温茶、色んな種類を用意しようか」

 カエデが言うと、麻里が首を横に振った。

「温茶は無料サービスになりそうだから、基本は二種類に絞りましょう。季節により手に入りやすい物があるときだけ一種類加える程度で」


 麻里は温茶、温湯、温守の原価を計算した。

 草の費用。燃料。タオルやケープの洗濯と消耗。準備時間。固定費と変動費を、温茶、温湯、温守のそれぞれに分けていく。

「社長、少し聞いていいですか」

 事務所でリュウタロウが渋い顔で帳簿を眺めていた。

「なんだずら」

「他の式場で、似たようなサービスがいくらくらいで出ているか、知っていますか」

「お茶はあるかも知れないけど、無料ずらね。それ以外で似たサービスは知らんずら」

「温茶はやはり、式場の印象を良くするための無料サービスですね」

 でも原価はかかる。だから、絞る。


 そして、

 温湯は希望者向けの小さな有料オプション。

 温守は、式前の緊張を整えるための特別オプション。

「最初はこの価格でいきませんか」

 麻里が出した数字を見て、リュウタロウが首を傾げた。

「安くないだにか?」

「最初は実績を作る方が先。実績が集まったら、次の価格を考えます」

 温湯と温守には少し利益も乗せる程度でサービスを用意した。


「前のマリはもっと行き当たりばったりだったずら」

「前のマリみたいに、式の準備もてきぱきとできないままだけど……」

「いや、今のマリの方が聞いたことのないサービスを思いついたり、計算もできて良いだに」

 そう言ってリュウタロウはにやりと笑う。もう、リュウタロウもカエデも、薄々マリの中身が前のマリではないことに気づいているのではと思われた。でも、麻里を否定するのではなく、黙って受け入れてくれているのを感じた。


――――――


 家に帰ってから手帳を見ると、そこにも「顧客検証、アンケート」「原価計算」の文字があった。

 ただ、その下に、考えていなかった文字が追加されていた。

「手順書の作成、って、書いてある」

 麻里は思わず声を出す。

「標準化には、手順書」

 タマちゃんが言う。可愛らしい顔に似合わないことを言うわね、と麻里は小さくため息をつく。

 手帳には、簡単な項目だけが浮かんでいる。

 ・実施しない条件

 ・温度確認

 ・十五分固定

 ・禁止表現

 ・記録台帳


 麻里はベッドに寝転ぶ。

「サービス化って、やっぱり大変なんだね」

 そう言いながらも、ここでやめる気はない。

「麻里、帳簿もあるからね。えらい、えらい」

 タマちゃんがそう言って頭を撫ででくれた。

(えらい、えらいって、これ、知ってる。私が以前、お腹をさすりながら言っていた言葉だ)

 

 そう言えば、タマちゃんが、何者なのか知らないままだな、と、麻里は思った。

 麻里はそのまましばらく黙っていた。


 窓の外に、夜の空がある。この世界の星の並びは、知っているものと少しずれている。元の世界のマリは、今頃どうしているだろう、とふと思った。

 分からない。

 考えても分からないことを考えても仕方がない、とビジネス書にも書いてあった気がする。どの本だったか忘れたが。

「まあ、いいか。疲れたし、明日もやることあるし」

 と麻里は言った。

 疲れた。けれど、心地の良い疲れだ。


 気が付くと麻里は、ベッドの上で寝入っていた。


――――――


 試用とアンケートを何組か重ねるうちに二週間が過ぎ、温守のサービスを利用してみたいという人が現れて、二週間後の式で、初めて花嫁に使うことになった。

 式の当日、麻里は朝から落ち着かなかった。初めての本番だ。試作は重ねた。手順も決めた。でも実際に使うまでは、分からないことがある。

 式の二時間前、控え室に向かった。

 控え室で待つ花嫁が介添えの女性に、「緊張で胃が痛い」と言っていた。麻里は声をかけた。

「これから体を温めます。十五分で終わります。触れません」

 花嫁がうなずいた。

 ケープをかけて、蒸気を入れて、十五分待った。麻里は同じ部屋で待ちながら、時計を見ていた。十五分が経って、花嫁に告げ、別の椅子へ移動してもらった。頬がほんのりと赤くなっていた。麻里は鏡を向けた。花嫁が自分の顔を見て、少し目を丸くした。

「……顔色が変わってる」

「血色が戻りましたね」

 と麻里は言った。

「体調は、悪くありませんか?」

「お腹がぎゅってしてたのが」花嫁がお腹に手を当てた。「さっきより、ゆるんだ気がする」

「式も問題なく進められそうですね」

 麻里がそう言うと、花嫁が少し笑った。緊張で固まっていた顔が、少し溶けた。


 式は滞りなく終わった。花嫁は終始笑顔だった。


 花嫁と新郎が並んで参列者に礼をしている姿を、麻里は式場の端から見ていた。十五分の蒸気が、今日の式の一部になった。ただそれだけのことだが、形になった嬉しさがあった。

 アンケートを回収すると、花嫁が手書きで、「また式がある友人に教えたい」と書いていた。

 リュウタロウが横から覗いた。

「口コミが動くずら」

「まだ一件です」

「始まりはいつも一件だに」

 それはそうだ、と麻里は思った。

「社長はその位、前向きな方が良いのかも」

 動くかどうかは分からない。でも、最初の一件、最初の一言。その嬉しさが、身に染みた。

 麻里はこの気持ちを、大事にしたいと思った。


――――――


 その週の終わりに、温守の注文が三件入った。

 式の準備の時に試した人が一件と、あと二件は口コミで問い合わせてきたらしかった。この前受けた花嫁の母親が「娘の式前に使ったサービスが良かった」と知人に話し、その知人が別の式の前に使いたいと問い合わせてきた。

 リュウタロウが嬉しそうにしていた。

「ほら、広まってるずら」

「まだ三件ですけどね」

 と麻里は言った。

「人気になって、真似されたらどうするずらか」

「草のブレンドはカエデさんにしかできない。手順書と記録は私たちにしかない。それが積み上がると、真似が難しくなる」

「なるほどだに」

 リュウタロウが鼻を鳴らした。

「この調子なら、そのうち人を増やさないといけないだにかね」


 ……リュウタロウが調子に乗り始めていたある朝、長靖式場の郵便箱を開けると見慣れない紋の付いた封書が届いていた。

「医療監察官タルト……誰ですか、これ」

 麻里が事務室で差出人の名前を読み上げると、カエデの顔色が変わった。

「薬師ギルドの監察官よ」

「早速、嗅ぎつけたずらね」

 リュウタロウが舌打ちした。


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