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調律師マリの異世界仕事術 ~触れずに、身体と心を整えます~  作者: コフク


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第2話 境界の布と、最初の仕事

 小さな控室の中には、花嫁がいた。


 大きな白い花を頭の左右に着け、ふわりとした白いドレスを着ている。介添えの女性に崩れかかるようにもたれかかり、肩が上がっている。呼吸が浅い。顔色が悪い。過呼吸の一歩手前に見える。

 麻里は近づき、動揺を隠しながら声を掛けた。

「大丈夫です。まず、息を戻しましょう。ゆっくり、息を吐いて」

 花嫁が涙ぐみながら麻里を見て、すうっと吐いた。

「今度は、ゆっくり、吸って」

 三回繰り返した。幸い、落ち着いたようだったが、まだどこか危うい。手をのばしかけて、戻した。

(直接触ってはいけない。触れずに、できること)

 麻里はリュウタロウがポケットに「境界の布」を入れていると言っていたのを思い出し、出して見る。手ぬぐいのような布だった。

「布を挟んで、触れてみてよろしいでしょうか?」

 介添えの女性が一瞬あけて頷いた。

 麻里は布を花嫁の手にそっと置いた。布の上から手を両手で挟む。ひんやりしていた。少しずつ、温度を伝える。

 続いて、布を二つ折りにして、肩に置いた。触れられることに慣れていないのか、花嫁がびくっとした。周囲にも緊張が走る。

(固い。血の巡りが悪い気がする)

 麻里の父は整体師だ。小さな治療院は兄が継いだが、麻里もまねごとをして育ったためか、手で触ると凝っているところが分かる。ほぐしたい。肩や、手だけでも。


「布越しなので、少しだけ、力を抜くお手伝いをさせてください」

 花嫁が小さく頷いた。

 麻里は細い肩にそっと触れた。強すぎない程度に、少しずつ押して、ほぐす。首筋から鎖骨へ、すっと撫でるように流す。

(私も結婚式の前、緊張して自分で押してた。確か緊張をほぐすツボがあったはず)

 鎖骨の間の辺りを押す。それから、手のひらの真ん中を押す。親指の付け根の辺りも。その後も、普段夜に自分の手をほぐす時のように、片手ずつ手のひらや手首の辺りを丁寧にもみほぐした。

「ぽかぽかしてきた。気持ちいい」

 花嫁に、笑顔が戻ってきた。

「今日はあなたが主役。楽しんでください」

 麻里は笑顔で声を掛けた。


――――――


 その後、式は無事に終わった。

 麻里は導線や作業の動き方など元の身体が覚えているところもあるのか、思ったより身体が動いた。花嫁も、新郎と一緒に、笑顔でお礼を言って帰って行った。

「ほぐしてくれたの、気持ちよかった。ありがとう」

「うちの新しいサービスだに」

 麻里の横で聞いていたリュウタロウがにこにこしながら言った。


 花嫁たちが去った後、リュウタロウが片付けの作業に入ろうとする麻里を見て、言った。

「で、何をしただにか?」

「新しいサービスって、嘘じゃないですか」

 麻里がため息をつきながら言う。

「嘘じゃないだに。これから本当になるだに」

 リュウタロウの目が光った。


 式場を片付け終わって事務室に戻ってから、麻里はリュウタロウに今日花嫁にした、マッサージについて説明した。

「布を介していたから、一応セーフだに。でも、それ、マリでないとできないだにね」

 リュウタロウが言う。

 横で一緒に聞いていた落ち着いた感じの眼鏡の女性――カエデも頷く。

「できればマリには他にも色々やって欲しい。でないと回らない」

「確かに、私もマッサージは本職ではないから、今後もできるかは分からないし、感覚でやってるから教えにくいです。何か他に、触れないで、他の人でもできる方法を考えないと……」

 麻里は、実家の治療院や、社会人になってから好きで行ってみた、いくつかのマッサージ店を思い出した。治療院やマッサージ店の基本的なサービスとしては、やはりマッサージや整体、鍼治療など、直接肌に触れるものが中心だろう。

「いつでも同じ品質で、他の人もできるよう標準化しないといけないし。となると……」

 麻里は紙と鉛筆を手に取る。

「何か、思いついただにか?」

「私がサービスとして受けたことはあるものをいくつか。」

 麻里は紙に書き出した。

 ・薬草茶

 ・温かい布

 ・足湯

 ・よもぎ蒸し

「薬草茶は、すぐできるわね。他でももうやってるかも知れないけど」

「温かい布っていうのも、まあ分かるとして、足湯、よもぎ蒸しって、何だに」

「足湯は、桶にお湯を入れて、足だけ入れて温めます。よもぎ蒸しは……」

 麻里は紙に書いて説明する。箱に座って、布で覆って下から蒸気で蒸して。

「『よもぎ』って、知らないわね。血の巡りが良くなる薬草かしら」

 カエデが考えを巡らせている顔をする。

「食べることもできて、香りが良いです。安心する香り」

 麻里が説明を補足する。

 日本のどこかだと思ったけれど、よもぎを知らない人がいる。手帳にしても不思議だし、触れられない文化も異なる。何かが違う。と、思いながら。

「カエデは香りの専門家で、薬草や香りに詳しいだに。どれも、金の香りがするだに。早速沢山用意して、試すだに」

 リュウタロウの目がまた光る。

 麻里は、わくわくするのを感じた。実は麻里の一番の趣味は、ビジネス書を読むこと。でも、結婚で会社を辞める前の仕事は経理だった。勇気も起業の種も無かった。

(もしかして、本の知識が活かせるかも知れない!)

 が、しかし。


「お金は、ありませんよ。前借りた分もまだ返せてませんし」

 カエデが冷えた目で見ながら言った。麻里は期待が一瞬で崩れていくのを感じた。

「金なら誰かが貸してくれるずら」

 リュウタロウは胸を張って言った。

「簡単に借りないでください」

 麻里は、反射的に声が出た。

「なんでよ。困ったら助け合いじゃん」

「社長は、借りる一方じゃないですか」

 カエデも応戦して、リュウタロウが黙る。

「……すみません。現状を把握したいので、帳面、見せてもらえます?」

 麻里の中の「経理の人」が顔を出す。

「帳簿? ほれ、これだに」

 出てきたのは“帳簿”というより、紙の山だった。売上と支払いが混ざった帳面、間に挟んだ走り書きの紙切れ、受領証の札。締めもない。残高もない。

 カエデが別の所から、現金の入った木の箱と、別の紙の束や封筒の入った箱を持ってくる。

「これが、手元にある現金の金庫です。こちらが、支払いの請求の書かれた紙を入れた箱」

 麻里は思わず頭を抱えた。

「……ここからですか」

「回ってたじゃん」

 リュウタロウは悪びれない。

「まず……帳簿や当面の資金繰りを整理するところからですね。必要なお金を分けて、今使えるお金があるのかを把握しないと」

 大量に積まれた山を前に、泣きそうになる。

「マリ、本に頭ぶつけたら、頭が良くなったずらね」

 リュウタロウがにこにこしながら見ている。

「私も取り敢えず候補になりそうな野草など見繕っておきますね」

 そう言うカエデだけが頼りに思える。

 

 ある意味地獄。

 でも、元の麻里として居場所を無くして消えてしまいたいと思ったのとは、別で、やらないといけないことが沢山ある地獄。

(前に比べたら、天国かもね)


 足湯。温かい布。香りのお茶。湯気。

 そのどれが、この世界に合うのか。


 気付くと麻里の頭と心は空白ではなくなっていた。

お読みいただきありがとうございます。

次回、今週木曜20時更新予定です。

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