第98話 支え方も、確認して選びます
読みに来てくださりありがとうございます。
今回はセドリックから茶会での支え方について確認の文が届き、シャロンが自分に必要な距離を選ぶお話です。
最後には、婚約発表の正式な文が両家から外へ向かいます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
セドリック様からの文が届いたのは、ハーディ夫人への返事を出した翌日のことだった。
父の書斎ではなく、今回は母が小サロンへ持ってきてくれた。
「シャロン、セドリック様からよ」
「私へ、ですか」
「ええ。ハーディ夫人の茶会について」
その言葉で、リディアとフローラの視線が同時にこちらへ向いた。
リディアは身を乗り出し、フローラは読んでいた本を閉じる。
二人とも、聞く気がありすぎる顔だった。
「内容を確認してから、話していい範囲で話すわ」
「はい!」
「はい」
返事だけは素直だった。
私は母から文を受け取り、封を開く。
セドリック様らしい、整った文字が並んでいた。
ハーディ夫人の茶会について、開始時の挨拶には同席できるよう調整すること。
その後、近くに控える方がよいか、完全に退出した方がよいか、私の気持ちを確認したいこと。
私が「心強い」と伝えたことを、大切に受け取ったこと。
ただし、セドリック様がいることで緊張が増える場合は、それも正直に知らせてほしいこと。
私は、その最後の一文で手を止めた。
いることで心強い。
でも、いることで緊張が増えるかもしれない。
両方ある。
それを、セドリック様は先に聞いてくださっている。
「……支え方まで、確認してくださっています」
私が呟くと、母は柔らかく頷いた。
「ええ。大切なことね」
リディアが首を傾げる。
「セドリック様は、茶会の間ずっと近くにいてくださるのではないのですか?」
「茶会は女性中心の場だから、長く同席するのは不自然でしょうね」
フローラが答えた。
「でも、開始時の挨拶には同席できるそうよ」
私は文をたたみながら説明した。
「その後、近くの別室に控える方がよいか、完全に退出する方がよいか、私に確認したいと」
リディアは目を丸くした。
「近くにいてくださる方が安心では?」
「たぶん、安心だわ」
「では」
「でも、近くにいるとわかっていると、私が頼りすぎるかもしれない」
言ってから、自分で少し驚いた。
頼りすぎる。
私はそんなことを考えていたのか。
母が静かに私を見る。
「頼ってはいけない、という意味ではないのよ」
「はい」
「でも、自分で立ちたい気持ちもあるのね」
「……あります」
私は文を膝の上に置いた。
セドリック様が近くにいてくだされば、心強い。
何かあった時、すぐに助けてくださると思える。
けれど、茶会の場に立つのは私だ。
母とアメリア様、ハーディ夫人がいてくださる。
その盾のある場所で、私は婚約者として紹介される。
そこでずっと、セドリック様が近くにいるかどうかだけを気にしてしまうのは、少し違う気がした。
「完全に退出されるのも、不安です」
私は正直に言った。
「でも、すぐ隣の部屋で待たれると、私がその部屋を意識しすぎる気がします」
リディアが真剣に頷く。
「お姉様なら意識しそうです」
「断定が早いわ」
「でも、当たっていますよね」
「……当たっているわ」
フローラが静かに言う。
「では、中間案ですね」
「中間案」
「開始時の挨拶に同席していただく。その後は茶会の建物から完全に離れるのではなく、近くの用向きに移る。たとえば、ハーディ伯爵家の当主へ挨拶する、もしくは王都屋敷に戻らず、一定時間後に迎えに来る」
「迎えに来る」
その言葉に、少し胸が跳ねた。
迎えに来る。
ただ待っているのではなく。
ただ離れるのでもなく。
最初にいて、場が始まったら退いて、終わる頃に迎えに来る。
それなら、茶会の間は私が私の席に立てる。
でも、終わった後に顔を見られる。
「……それがいいかもしれないわ」
私は言った。
「開始時に同席していただいて、挨拶が済んだら退席していただく。近くに控え続けるのではなく、終了頃に迎えに来ていただく」
母が微笑む。
「よいと思うわ」
「それなら、頼りすぎではありませんか?」
「頼ること自体は悪くないわ。けれど、あなたが立ちたい形に合っていると思う」
リディアが少し寂しそうに言った。
「私も迎えに行きたいです」
「あなたは屋敷で待機よ」
「わかっています」
フローラが静かに言う。
「帰宅後の報告会に備えます」
「報告会は確定なのね」
「確定です」
その確定の早さに、少し笑ってしまった。
母が文机の方へ視線を向ける。
「では、セドリック様へ返事を書きましょう」
「はい」
私は便箋を取り、少し考えた。
何と書けばいいだろう。
心強い。
けれど、近くに控えられると意識しすぎる。
だから、開始時にいて、終わる頃に迎えに来てほしい。
そのまま書くのは、少し恥ずかしい。
でも、整えすぎると伝わらない。
私は筆を持った。
――ハーディ夫人の茶会では、開始時のご挨拶に同席していただけると心強く思います。その後は、すぐ近くに控えていただくより、茶会の終わる頃に迎えに来ていただける形が、今の私には落ち着けるように思います。近くにいてくださることは安心ですが、私がそのことを意識しすぎる可能性がありますので、まずはこの形で確認させてください。
書いてから、顔が熱くなった。
「長いですよね」
母が覗き込んで、微笑んだ。
「でも、わかりやすいわ」
「心強いと何度も書いている気がします」
「事実ならいいのよ」
「事実ですが」
「では、よいわ」
母は揺るがない。
私は少し迷って、最後にもう一文添えた。
――迎えに来てくださると、茶会後にほっとすると思います。
書いた瞬間、恥ずかしさが一気に増した。
消そうか。
筆を止めたまま迷っていると、リディアが横から身を乗り出しかけた。
「何を書いたのですか?」
「見ないで」
「気になります」
「見ないで」
フローラが冷静に言う。
「消すか迷っている文章は、大抵本音です」
「あなた本当に鋭いわね」
「ですので、消さない方がよいかと」
私は便箋を見つめた。
迎えに来てくださると、茶会後にほっとすると思います。
確かに、本音だ。
恥ずかしいけれど。
「……消しません」
私が言うと、母が満足そうに頷いた。
返事を封じると、少しだけ肩の力が抜けた。
支え方を、自分で選んだ。
それは小さなことかもしれない。
でも、私には大きかった。
誰かが用意してくれた支えを、ただ受けるのではない。
いらないと突っぱねるのでもない。
どの形なら立てるのかを、自分で考えて伝える。
確認しながら進むというのは、こういうことなのかもしれない。
その日の午後、婚約発表の文面が最終確認された。
父の書斎に、家令と執事も呼ばれている。
机の上には、宛先ごとに分けられた封書が並んでいた。
親族。
領地の主要家臣。
近しい貴族家。
王都で関わりの深い家。
そして、グランフェル家と同日に届けるべき相手。
父は一通ずつ確認しながら、淡々と指示を出す。
「こちらは明日の朝一番で出す。領地内は馬で。王都宛ては使者を分ける。グランフェル家の発信時刻と揃えること」
「承知しました」
「不用意に口頭で広げるな。発表前に噂として流れれば、正式な知らせの意味が薄れる」
「はい」
私は少し離れたところで、その様子を見ていた。
婚約発表。
私の婚約が、屋敷の内側から外へ出ていく。
紙の形で。
封蝋の形で。
正式な言葉として。
怖い。
けれど、どこか不思議な気持ちもあった。
父が一通の文を手に取る。
「シャロン」
「はい」
「これは、ハーディ夫人宛ての正式な依頼だ。婚約発表後の茶会について、改めて依頼する文になる。お前の一文も添える」
「はい」
「それから、セドリック殿への返事も、同じ使者で王都屋敷へ届ける」
「よろしくお願いします」
王都屋敷。
セドリック様が普段戻る場所。
でも、私の住まいとして決まっている場所ではない。
その区別も、今はきちんと胸の中にある。
父は封書をまとめながら言った。
「明日、正式に婚約発表の文が出る」
その言葉に、小サロンではなく書斎の空気が少し変わった。
明日。
ついに、外へ出る。
「気持ちはどうだ」
父が尋ねた。
以前なら、私はきっと「問題ありません」と答えた。
今も、そう言いかけた。
でも、止めた。
「緊張しています」
私は言った。
「怖くもあります」
「そうか」
「でも、嬉しくもあります」
父の表情が、少しだけ柔らかくなった。
「そうか」
同じ言葉だった。
けれど、二度目の方が少し温かかった。
「なら、そのまま持っていなさい」
「そのまま」
「ああ。怖さだけを消そうとしなくていい。嬉しさだけに整えようとしなくてもいい」
私は静かに頷いた。
「はい」
その夜、夕食の席では、リディアが妙にそわそわしていた。
「明日ですよね」
「ええ」
「お姉様の婚約発表」
「ええ」
「屋敷の皆も知っているのですよね」
「屋敷内では正式に整ったことは共有済みよ。外への発表が明日」
「では、明日からもっとおめでとうと言われますね」
「そうかもしれないわ」
そう考えると、少し落ち着かない。
使用人たちからの祝意。
領地の人々からの言葉。
親族からの返書。
王都社交での反応。
すべてが、これから来る。
フローラが静かに言う。
「お姉様」
「何?」
「おめでとうと言われたら、ありがとうございますで十分です」
「ええ」
「余計に説明しなくていいです」
「……説明しそう?」
「はい」
迷いなく言われた。
リディアも頷く。
「お姉様は、ありがとうございますの後に、でもまだ未確認事項が多くて、と言いそうです」
「言わないわ」
「本当に?」
「……たぶん」
母が笑いをこらえていた。
父も少しだけ口元を緩めている。
「では、練習しましょう」
リディアが言った。
「お姉様、ご婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「そこで止めます」
「はい」
「もう一回。お姉様、ご婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「良いです」
フローラが頷く。
「余計な説明はありませんでした」
「私、何の訓練を受けているのかしら」
「婚約発表後の基本応答訓練です」
「名称ができている」
けれど、練習してみると案外悪くなかった。
ありがとうございます。
その一言だけで受け取る。
説明しない。
言い訳しない。
警戒を全部見せない。
ただ、祝意を受け取る。
それも、私には練習が必要だった。
翌朝。
婚約発表の文が、ベルフォール家から一斉に出された。
同じ頃、グランフェル伯爵家からも、ハイレン領本邸と王都屋敷を通じて正式な知らせが出される手筈になっている。
玄関前で使者たちが出発するのを、私は父母と一緒に見送った。
封蝋の押された文が、馬に乗った使者たちの鞄へ収められている。
私の婚約が、外へ向かう。
胸が強く鳴った。
怖い。
嬉しい。
どちらもある。
リディアとフローラも、少し後ろで見守っていた。
リディアは泣きそうだ。
フローラは、今日は本を持っていない。
父が静かに言った。
「正式な知らせが出た」
「はい」
母が私の肩にそっと視線を落とすように微笑んだ。
「おめでとう、シャロン」
私は息を吸った。
練習した通りに。
でも、練習よりずっと胸を込めて。
「ありがとうございます」
そこで止めた。
余計な説明はしなかった。
母が嬉しそうに微笑む。
リディアが後ろで小さく拍手しそうになり、フローラに止められていた。
私は少し笑った。
婚約発表の文は、もう外へ出た。
噂もきっと動くだろう。
祝福も届くだろう。
棘も、また混じるかもしれない。
けれど今日は、まず受け取る。
私は婚約した。
セドリック様と、正式に婚約した。
その知らせが、今、私の知らない場所へ向かっている。
怖いけれど。
嬉しい。
私はその二つを胸に抱えたまま、使者たちの背が見えなくなるまで見送った。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
支えられることも、支え方を選ぶことも、シャロンにとっては大事な確認になりました。
そしてついに、婚約発表の知らせが外へ出ていきます。
次回もよろしくお願いします。




