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元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


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第9話 庭園で話すには、少し実務的すぎました

読みに来てくださりありがとうございます。

今回はシャロンとセドリックが、王都の庭園で改めて話す回です。

少しずつ変わっていく二人の距離を楽しんでいただけたら嬉しいです。

王都の庭園は、貴族の外出先としては実に無難な場所だった。


 手入れされた花壇。

 白い小道。

 ほどよく配置された東屋。

 人目はあるが、近すぎない。


 お見合いの続きとして会うには、いかにも礼儀正しい。


 問題があるとすれば、私が庭園を見ても花の美しさより、まず維持費と庭師の人数を考えてしまうところだろう。


「お姉様、今日は花を見る日ですよ」


 付き添いとして来ているリディアが、小声で釘を刺してきた。


「見ているわ」


「今、花壇の配置ではなく、管理費を考えていましたよね」


「なぜわかったの?」


「顔です」


 妹とは恐ろしい。


 少し離れたところには、母とグランフェル伯爵夫人アメリア様がいる。

 正式な外出なので、完全に二人きりではない。

 けれど、会話を交わせる程度の距離は用意されていた。


 そして、私の前にはセドリック・グランフェルが立っている。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」


「それから、本日は妹のリディアも同行しております」


 私がそう言うと、リディアは少し緊張した様子で礼をした。


「リディア・ベルフォールです。本日はお邪魔いたします」


「セドリック・グランフェルです。お会いできて光栄です、リディア嬢」


 穏やかに返すセドリックに、リディアはぱっと顔を明るくした。

 ……どうか余計なことは言わないでちょうだい、と私は心の中で祈った。


「では私は、お母様たちの方におりますね」


 リディアはそう言って、少し離れた母たちの方へ向かった。


 去り際にこちらを振り返り、なぜか小さく拳を握って見せる。


 応援のつもりなのだろう。

 頼むから、今だけは淑女として静かにしていてほしい。


 挨拶は穏やかに終わった。

 けれど私は、どうしても彼の表情を見てしまう。


 手紙の最後。


 焼き菓子についての訂正、確かに承りました。

 次回より、甘いものに関する虚偽申告は不要です。


 あれを読んだ彼は、いったいどんな顔をしたのだろう。


 そう思っていると、セドリックが少し真面目な顔で口を開いた。


「先日の手紙ですが」


「はい」


「ご指摘、肝に銘じます」


 私は一瞬、返事に困った。


「……甘いものの件ですか」


「はい」


「そこまで厳粛に受け止める話ではないと思います」


「虚偽申告は減点とのことでしたので」


 真面目すぎる。


 私は扇で口元を隠した。


「では、今日は正直に申告なさるのですね」


「はい。あちらの東屋で出される蜂蜜菓子は、以前食べたことがあります。美味しいです」


「詳しいですね」


「妹への土産に」


「本当に?」


 セドリックは一拍置いた。


「……自分の分も買いました」


「よろしい」


 私が頷くと、セドリックの口元が少しだけ緩んだ。


 その笑い方は、街角で初めて会った時よりも柔らかい気がした。


 庭園の小道を歩きながら、私たちは当たり障りのない話をした。


 天気。

 花。

 王都の混み具合。

 そして、なぜか途中から焼き菓子店の客入りについて。


「やはり、あの店は午後になる前に品が減りすぎています。人気商品があるなら、もう少し焼く数を増やしてもよい気がします」


「ですが、売れ残りを避けている可能性もありますね」


「ええ。蜂蜜を使うなら材料費も高いでしょうし、日持ちもしにくい。無理に数を増やせば利益が落ちるかもしれません」


「なるほど」


 セドリックは頷きながら聞いていた。


 その顔が、あまりにも真剣だったので、私はふと我に返る。


「……申し訳ありません」


「何がでしょう」


「庭園で話す内容としては、少し実務的すぎました」


「私は面白いです」


 即答だった。


 私は彼を見た。


 セドリックは、からかっている様子もなく続ける。


「シャロン嬢は、物事の表面だけではなく、流れを見ておられる。人が集まる理由、品が減る理由、無駄が出る可能性。そういう見方は、学んだからといって簡単に身につくものではありません」


「跡継ぎとして、そう見るように育てられただけです」


「それでも、見ているのはあなたです」


 足が止まりそうになった。


 それでも、見ているのはあなたです。


 その言葉が、思ったより深く胸に落ちた。


 私はずっと、それを役目だと思っていた。

 跡継ぎだから見る。

 跡継ぎだから考える。

 跡継ぎだから判断する。


 だから跡継ぎでなくなった今、その力も行き場を失ったように感じていた。


 けれど彼は、そう言わなかった。


 役目ではなく、私の目だと言った。


「……随分と、人をその気にさせる言い方をなさるのですね」


「そのつもりはありません」


「では天然ですか」


「騎士団では、真面目すぎるとは言われます」


「否定材料になっていません」


 セドリックは少し困ったように笑った。


 私も、ほんの少しだけ笑ってしまった。


 東屋へ着くと、茶と菓子が用意されていた。

 例の蜂蜜菓子もある。


 セドリックの視線が、ごく自然に皿へ向く。


 今回は隠していない。


 私はそれが少しおかしくて、先に皿を勧めた。


「どうぞ。虚偽申告を避けるためにも」


「ありがとうございます」


 セドリックは素直に一つ取った。


 その様子があまりに真剣で、私はまた笑いそうになる。


「ミルディア領について、伺ってもよろしいですか」


 茶を一口飲んだ後、セドリックが尋ねた。


「構いません。ただし、長くなります」


「覚悟しています」


「では、まず春市の話から」


 私は少しだけ姿勢を正した。


 ミルディア領の春市は、領内の農産物と布製品が集まる大事な市だ。

 近隣の村からも人が来る。

 道の整備、出店の配置、治安、税の取り方。

 少しの不備で、人の流れは変わる。


 話し始めると、止まらなかった。


 どの道から荷が入るのか。

 どの時間帯に混雑するのか。

 雨が降った年に何が起きたのか。

 父に提出した改善案が、どれだけ採用されたのか。


 話しながら、私は気づいた。


 私はまだ、覚えている。

 ミルディアの土の匂いも、市のざわめきも、帳簿の数字も。

 役目を失っても、私の中から消えたわけではなかった。


 セドリックは、途中で遮らなかった。


 ただ時々、鋭い質問を挟んだ。


「治安維持の人員は、どこから出していたのですか」


「領兵と町の自警組織です。ただ、配置が偏っていたので、三年前に変えました」


「なぜ偏りに気づいたのですか」


「迷子の報告が毎年同じ場所に集中していたからです。治安ではなく、人の流れの問題でした」


「なるほど」


 彼の目が、静かにこちらを見ている。


 同情ではない。

 退屈でもない。

 きちんと聞いている目だった。


 私は少しだけ、言葉を止めた。


「……つまらなくありませんか」


「まったく」


「令嬢との外出で、迷子の報告数について聞かされているのに?」


「むしろ、なかなか聞けない話です」


「物好きですね」


「そうかもしれません」


 彼はあっさり認めた。


 そこは少し否定してほしかった気もする。


「シャロン嬢」


「はい」


「あなたがミルディア領で積み重ねてきたものは、なくなっていないと思います」


 胸が、静かに揺れた。


「跡継ぎでなくなったとしても、あなたが見て、考え、動いてきた時間は、あなたの中に残っている。それは、誰かが取り上げられるものではない」


 風が、東屋の白い柱の間を抜けていく。


 私はすぐには答えられなかった。


 そんなことを言われたのは、初めてだった。


 父は、頑張ったと言った。

 母は、好きに生きていいと言った。

 どちらも優しさだった。


 けれど、セドリックの言葉は少し違った。


 私が失ったものではなく、まだ持っているものを見ている。


「……困りますね」


 ようやく出てきた言葉は、それだった。


 セドリックが瞬きをする。


「困りますか」


「ええ。そういうことを言われると、反論しづらいので」


「反論する前提なのですね」


「警戒は大事です」


「心得ておきます」


 彼は真面目に頷いた。


 本当に、調子が狂う。


 その時、少し離れた場所からアメリア様の楽しそうな声が聞こえた。

 母と何か話しているらしい。

 リディアは、なぜか両手を胸の前で組んでこちらを見ていた。


 余計な誤解をしていないといいけれど。


「セドリック様」


「はい」


「次にお話しする時は、ハイレン領のことを聞かせてください」


 言ってから、自分で少し驚いた。


 今のは、次を望む言葉だった。


 セドリックも、それに気づいたのだろう。

 表情がほんの少し柔らかくなる。


「喜んで」


「ただし、良いところだけではなく、困っているところも」


「困っているところも、ですか」


「ええ。美談だけでは判断材料が不足します」


 セドリックは小さく笑った。


「わかりました。では、次はハイレン領の困りごとも含めてお話しします」


「お願いします」


 私は茶杯を手に取った。


 庭園の花は、相変わらず綺麗だった。

 けれど今は少しだけ、その花を見る余裕があった。


 好きに生きる、という言葉の意味はまだわからない。


 けれど、私が見てきたもの。

 考えてきたこと。

 積み重ねてきた時間。


 それらは、跡継ぎという役目がなくなっても、私の中に残っている。


 そう言ってくれる人が、目の前にいる。


 私はまだ、信じると決めたわけではない。


 けれど、もう一度話したいとは思った。


 それはたぶん、礼儀だけではなかった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

庭園での会話なのに、かなり実務的になってしまうシャロンでした。

でも、セドリックはそんな彼女の力をきちんと見ているようです。

次回もよろしくお願いします。

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