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元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


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第82話 未確認があっても、前へ進めます

読みに来てくださりありがとうございます。

今回はベルフォール家側で、正式な婚約打診へ進む前の意思確認のお話です。

未確認が残っていても、確認しながら前へ進めるとシャロンが受け取ります。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

 王都屋敷を訪問してから数日後、父の書斎へ呼ばれた。


 机の上には、先日私がまとめた感想帳と、父が整理した確認表が置かれている。


 社交の範囲。

 面会の形。

 婚姻後の住まい。

 王都屋敷の感想。

 ハイレン領の再確認予定。


 まだ、すべてに答えが出ているわけではない。


 食堂は未確認。

 書庫も未確認。

 ハイレン領を暮らす場所として見ることも、まだできていない。


 それなのに父から書斎へ呼ばれたことで、私は少し身構えた。


「シャロン」


「はい」


 父は私を正面から見た。


「今日は、確認表の答えを急がせるために呼んだのではない」


 先にそう言われて、私は少しだけ息を吐く。


 やはり、顔に出ていたのだろう。


「グランフェル伯爵家から、今後の進め方について打診があった」


「進め方、ですか?」


「ああ」


 父は書類を一枚こちらへ向けた。


「正式な婚約の打診に進む前に、もう一度こちらの意思を確認したいとのことだ」


 婚約。


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が静かに強く鳴った。


 今までも、縁談を前向きに進めるとは話していた。

 条件整理もしていた。

 王都屋敷も見た。


 けれど、正式な婚約の打診という言葉になると、重さが違う。


 私は膝の上で指先を重ねる。


「……まだ、未確認のことがあります」


「ああ」


「住まいも、社交も、完全に答えが出たわけではありません」


「そうだな」


「それでも、進めてよいのですか?」


 自分で言って、少し驚いた。


 進めてよいのですか。


 それは、嫌だという言葉ではなかった。


 怖いから止めたい、でもなかった。


 未確認があるから、進んではいけないのではないか。

 そう思っているだけだった。


 父は静かに頷いた。


「すべてを決めきってからでなければ婚約できない、というわけではない」


「そうなのですか」


「婚約は、すべての条件を固定するためだけのものではない。これから家族になるために、互いに確認を続ける約束でもある」


 確認を続ける約束。


 その言葉が、胸の中にゆっくり落ちる。


「もちろん、決めておくべきことはある。家同士の責任もある。曖昧にしてはいけない部分もある」


「はい」


「だが、住まいの細かな形や、社交の段階、面会の心地よさまで、今この時点で完全に答えを出す必要はない」


 父は確認表を指した。


「大事なのは、未確認を未確認のまま隠さず、今後も確認していくことだ」


 私は紙を見つめる。


 未確認。


 以前の私なら、その言葉は不安でしかなかった。


 未確認があるなら進めない。

 答えが出ていないなら不完全。

 不完全なまま進むのは危険。


 そう考えていた。


 でも今は、少し違う。


 未確認だからこそ、印をつける。

 印をつけたからこそ、後で一緒に確認できる。


「……では、未確認が残っていても、それを隠さなければ進めるのですね」


「ああ」


 父は短く答えた。


「それに、グランフェル伯爵家も同じ考えだ。未確認を理由に急かすのではなく、未確認を抱えたまま確認を続ける形を望んでいる」


「セドリック様も、ですか」


「もちろんだ」


 父の声は迷いがなかった。


「セドリック殿本人からも、その旨が伝えられている」


 私は少しだけ視線を落とした。


 セドリック様らしいと思った。


 答えが出ていないことを責めず、印のまま受け取る。

 確認事項として並べ、急がず、けれど曖昧にしない。


 その人となら。


 未確認があっても、少し進めるかもしれない。


「シャロン」


 父が静かに言った。


「改めて聞く。グランフェル伯爵家から正式な婚約打診があった場合、お前は受ける意思があるか」


 部屋の空気が、少し重くなる。


 けれど、前の婚約の時とは違う。


 私はここにいる。

 問われている。

 答えを待たれている。


 胸は緊張している。

 怖さもある。


 でも、逃げたいわけではない。


「……はい」


 私は言った。


 声は大きくなかった。

 けれど、はっきり出た。


「私は、セドリック様との婚約打診を、受けたいと思います」


 言った瞬間、自分の胸の中が少し震えた。


 怖い。

 でも、嬉しい。


 その二つが同時にある。


「未確認のことは、まだあります。ですが、それを確認しながら進めてよいのであれば……私は、前へ進みたいです」


 父は長く黙っていた。


 それから、静かに頷いた。


「わかった」


 その一言で、肩から少し力が抜ける。


「お前の意思として、確かに受け取った」


「はい」


「母にも伝えよう」


 書斎を出て小サロンへ向かうと、母はすでに待っていた。


 たぶん、父から呼ばれていたのだろう。


 母は私の顔を見ると、何かを察したように柔らかく微笑んだ。


「話したのね」


「はい」


 私は母の前に座った。


「正式な婚約打診があった場合、受けたいと答えました」


 言葉にすると、また胸が鳴る。


 母は目を細めた。


「そう」


「未確認のことは、まだあります。でも、確認しながら進めてよいのだと、お父様に言われました」


「ええ。その通りよ」


「全部決めてからでないと進めないと思っていました」


「あなたらしいわね」


「褒めていませんよね」


「半分くらいは」


「お母様まで」


 母が小さく笑う。


 その笑いで、少しだけ緊張がほぐれた。


「でも、本当にそうなのよ。婚約は終点ではないわ」


「終点ではない」


「ええ。これから二人で、両家で、決めていくことが増える始まりでもあるの」


 始まり。


 それは少し怖い言葉だった。


 けれど、終わりではないと思うと、少しだけ息ができる。


 リディアとフローラが小サロンに呼ばれたのは、その後だった。


 二人とも何かを察している顔をしている。


 特にリディアは、扉を開けた瞬間からそわそわしていた。


「お父様、お母様、お姉様……何かありましたか?」


「顔に出すぎよ」


 私が言うと、リディアは真剣に首を横に振る。


「お姉様の重大事項の気配がしました」


「気配で判断しないで」


 フローラは静かに席へつき、まっすぐこちらを見た。


「縁談の件ですか」


「ええ」


 私は少し息を整えた。


「グランフェル伯爵家から、正式な婚約打診に進む前の意思確認がありました」


 リディアの目が大きく開く。


 フローラも、わずかに姿勢を正した。


「私は……正式な婚約打診があった場合、受けたいと答えました」


 リディアは一瞬、言葉を失った。


 次の瞬間、目に涙が浮かぶ。


「泣かないで」


「まだ泣いていません」


「もうかなり泣きそうよ」


「嬉しいのです」


 そう言われると、胸が少し詰まった。


 フローラは静かに微笑んだ。


「お姉様が、ご自分で答えられたのですね」


「ええ」


「それなら、とても良いです」


「実務評価みたいね」


「最大限の賛辞です」


 その言い方に、私は少し笑った。


 リディアは目元を押さえながら言う。


「お姉様、セドリック様と婚約されるのですね」


「まだ正式な打診前よ」


「でも、進むのですよね」


「……ええ」


 認めると、リディアの顔がぱっと明るくなる。


「では、お祝いの準備を!」


「早い」


「早すぎない範囲で」


「それを便利に使わないで」


 フローラが静かに言った。


「お祝いの準備にも段階が必要です」


「あなたまで」


「まずは、正式打診を待つ。次に、婚約が整う。そこから祝う範囲を確認する」


「分類しなくていいわ」


「必要です」


 リディアが頷いた。


「では、私は早すぎない範囲で喜びます」


「それは許可します」


「ありがとうございます!」


 元気の良い返事に、母が笑った。


 父も少しだけ口元を緩めている。


 その日の夕方、私は一人で庭へ出た。


 王都屋敷の庭とは違う、ベルフォール家の庭。

 見慣れた道。

 見慣れた植え込み。

 小さい頃から何度も歩いた場所。


 ここでなら、考え事が少ししやすい。


 正式な婚約打診。


 その言葉は、まだ胸の中で重い。


 前の婚約を思い出さないわけではない。

 条件が変われば切り捨てられるのではないかという怖さは、完全には消えていない。


 でも、今度は違う。


 私は問われた。

 私の答えを待ってもらえた。

 未確認があることを隠さなくていいと言われた。


 それは、前とは大きく違う。


 庭の小道を歩いていると、リディアが少し離れた場所から顔を出した。


「お姉様、一人で考えすぎていませんか?」


「なぜ来たの」


「見守りです」


「今は大丈夫よ」


「少し?」


「……少し」


 リディアは満足そうに頷いた。


「では、少しだけ一緒に歩いてもいいですか?」


「結局来るのね」


「はい」


 リディアは私の横へ来て、並んで歩き始めた。


 少し後ろには、なぜかフローラもいる。


「あなたも?」


「静かな見守りです」


「二人とも、見守りの範囲が広いわ」


「家族ですので」


 また便利な言葉が出た。


 けれど、嫌ではなかった。


 三人で庭を歩く。


 少し前なら、私は一人で考えを整えようとしていただろう。

 今も一人でいたい時はある。


 でも、こうして妹たちが少し近くにいることを、邪魔だとは思わなかった。


「お姉様」


 リディアが明るい声で言う。


「セドリック様は、お姉様が未確認と言ったら、きっと一緒に確認してくださいますね」


「そうね」


 フローラも頷く。


「未確認を責める方ではありません」


「ええ」


「むしろ、未確認を未確認として扱うことを評価されると思います」


「実務的ね」


「大事です」


 私は少し笑った。


 確かに、大事だ。


 未確認がある。

 怖さがある。

 でも、それを隠さずに進める。


 なら、前へ進める。


 夜、父はグランフェル伯爵家へ返答を出した。


 内容は簡潔だった。


 ベルフォール家として、正式な婚約打診を受ける用意があること。

 シャロン本人の意思を改めて確認し、前向きに受ける気持ちであること。

 未確認事項については、婚約後も両家で確認を続けたいこと。


 私はその文面を確認し、最後に自分の言葉を一文だけ添えさせてもらった。


 ――未確認のことはありますが、確認しながら前へ進みたいと思っております。


 それだけ。


 けれど、それが今の私の本音だった。


 すべて決まったわけではない。

 怖さが消えたわけでもない。


 でも、私はもう、未確認を理由に自分の気持ちを隠したくなかった。


 正式な婚約打診が来たら、受けたい。


 その答えは、虚偽申告ではない。


 父が封を閉じるのを見届けながら、私は静かに息を吐いた。


 未確認があっても、前へ進めます。


 そう思えたことが、今日の一番大きな確認だった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

王都屋敷の確認を経て、シャロンは正式な婚約打診を受けたいと自分の言葉で答えました。

まだすべてが決まったわけではありませんが、確かに次の段階へ進み始めています。

次回もよろしくお願いします。

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