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元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


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第81話 硬いと言われて、安心しました

読みに来てくださりありがとうございます。

今回はグランフェル家側で、シャロンの王都屋敷への感想を受け取るお話です。

良いところだけでなく、硬いところも言えたことを、セドリックたちが大切に受け止めます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

 ベルフォール子爵家から正式な礼状が届いた翌日、セドリックは王都屋敷の小サロンにいた。


 机の上には、父ギルバートが受け取った礼状と、別紙にまとめられた簡単な感想が置かれている。


 応接室は、整っていて挨拶にはよい。

 ただし、長く過ごすには少し硬い。


 小サロンは、庭が見え、席の配置も柔らかく、息がしやすい。


 庭への道は、外へ出られる安心感がある。

 庭は、見せるためだけではなく、暮らしに近い。


 食堂は未確認。

 書庫は、扉の存在のみ確認。主目的外。


 最後の一行を読んだ時、エミリアが少しだけ肩を震わせた。


「書庫は、主目的外」


 小さく呟く。


「笑うところではない」


 セドリックが言うと、エミリアは淑やかな顔に戻った。


「笑っておりません」


「肩が動いていた」


「感情が少し揺れただけです」


「便利な言い方だな」


 ノエルは真面目な顔で別紙を覗き込んでいる。


「扉の存在のみ確認、という表現は的確ですね」


「ノエル」


「はい」


「そこに注目しなくていい」


「ですが、未確認を未確認のまま残すのは大事です」


 それは正しい。


 正しいので、セドリックは反論しづらかった。


 アメリアは礼状に目を通しながら、柔らかく微笑んでいた。


「シャロン嬢、きちんと言ってくださったのね」


「はい」


 セドリックは静かに頷いた。


「応接室を、少し硬いと」


「良いことだわ」


 アメリアは当然のように言う。


「全部良かったと書かれたら、かえって心配だったもの」


「私もそう思います」


 硬いと言われて、安心する。


 普通なら妙な話かもしれない。

 だが、今のセドリックにはよくわかった。


 シャロン嬢は、礼儀として整えようと思えば整えられる。

 相手を立てようと思えば、良いところだけを並べることもできる。


 それでも、少し硬いと書いてくれた。


 それは、王都屋敷を否定されたのではない。

 確認として、正直に見てくれたということだ。


「父上」


 セドリックは向かいの父を見る。


「今後、王都屋敷でシャロン嬢を迎える場合、応接室は最初の挨拶だけに留めたいと思います」


「妥当だ」


 ギルバートは短く答えた。


「小サロンを中心にする」


「はい」


「庭への道も、すぐ案内できるようにしておけ」


「承知しました」


「食堂は次でよい」


 セドリックは頷いた。


「一度に増やしすぎない方がよいと思います」


「ああ。今回、途中で止めたのは正しい」


 父は別紙を指で軽く押さえた。


「全部見ないまま帰れたこと自体が、よい確認になっている」


 その言葉に、セドリックは深く頷いた。


 全部見なくてもいい。

 途中で止めてもいい。


 それを、言葉だけではなく実際にできた。


 シャロン嬢にとっても、自分たちにとっても、それは大きかった。


 アメリアが家令を呼んだ。


 王都屋敷を預かる家令は、少し緊張した顔で小サロンへ入ってくる。


「奥様、お呼びでしょうか」


「ええ。先日のご訪問について、今後のために少し調整をしましょう」


「何か不備がございましたか」


 家令の声に緊張が混じる。


 アメリアはすぐに首を横に振った。


「不備ではありません。確認です」


 その言い方に、セドリックは少し笑いそうになった。


 確認。


 今やグランフェル家でも、かなり大事な言葉になっている。


「応接室は、これまで通り整えておいて構いません。ただし、ベルフォール家の皆様、とくにシャロン嬢をお迎えする時は、長く留めないこと」


「承知いたしました」


「小サロンを中心に使います。窓の光で顔色が見えにくくならないよう、席の位置は前回のまま。真正面にならない配置も続けてください」


「はい」


「庭への道は、常に歩きやすく。扉の開閉も重すぎないよう確認を」


「すぐに見ておきます」


 家令は丁寧に頷く。


 そこで、エミリアが控えめに口を開いた。


「母上、書庫の扉は」


「エミリア」


「いえ、開けるという意味ではありません。扉の周りに物を置かない方がよいのではと」


 アメリアは少し考えた。


「それはそうね。通りがかりに圧迫感がない方がよいわ」


 エミリアの目がわずかに輝く。


 セドリックはすぐに言った。


「書庫へ誘導するためではない」


「もちろんです」


「本当に?」


「主目的外ですので」


 今度はセドリックが少し笑ってしまった。


 家令はよくわからない顔をしている。


 ノエルが横から真面目に補足した。


「地図棚については、まだ確認不要です」


「ノエル、補足しなくていい」


「はい」


 家令の困惑が深まった。


 アメリアは笑いをこらえながら言う。


「書庫は、今はそのままで構いません。扉の周囲をすっきりさせるだけで」


「承知いたしました」


 家令が退出した後、小サロンには少し柔らかい空気が残った。


 セドリックは窓の外を見る。


 庭へ続く道が見える。

 先日、シャロン嬢が少し歩いた道だ。


 ベンチまでは行かなかった。

 途中で止めた。


 それでよかった。


 彼女は、全部歩かなくても確認はできると知った。

 自分たちも、全部案内しなくても迎えられると知った。


「兄様」


 エミリアが声をかける。


「何だ」


「シャロン様は、また来てくださるでしょうか」


「……どうだろうな」


 セドリックは少しだけ考えた。


 また確認してもいいと思えた。


 ベルフォール家からの感想には、そう記されていた。


 それは、来たいという言葉ではない。

 だが、拒んでいる言葉でもない。


 今のシャロン嬢にとっては、とても前向きな表現だ。


「少なくとも、怖いだけの場所ではなかったようだ」


「それならよかったです」


 エミリアは心から安心したように微笑んだ。


 ノエルも静かに頷く。


「小サロンと庭への道が息がしやすいと書かれていたのは、良いことですね」


「ああ」


「応接室が硬いというのも、必要な情報です」


「そうだな」


「では、次に王都屋敷へいらした時は、食堂を少し確認するのでしょうか」


 セドリックはすぐに答えなかった。


 食堂。

 未確認の場所。


 確かに、いずれ見る必要はあるだろう。

 暮らしを考えるなら、食事をする場所も大事だ。


 だが、次が必ず食堂である必要はない。


「次に何を見るかは、こちらだけで決めない」


 セドリックは言った。


「シャロン嬢が、どこを確認したいかにもよる」


 アメリアが嬉しそうに頷いた。


「そうね」


「食堂かもしれない。庭をもう少し歩くことかもしれない。小サロンでもう一度茶を飲むだけかもしれない」


「それでも確認になるわ」


「はい」


 ギルバートが短く言った。


「よい」


 その一言で、方針は決まった。


 次の王都屋敷訪問を急いで設定しない。

 食堂を見せることを目的にしない。

 まずは、今回の感想を受けて、屋敷側が整える。


 セドリックは静かに息を吐いた。


 焦らない。

 けれど、曖昧にしない。


 何度も父に言われたことだ。


 その日の午後、セドリックは一人で王都屋敷の中を歩いた。


 まず応接室。


 扉を開けると、相変わらず整った空気がある。


 少し硬い。


 そう言われると、確かにそう見えた。


 重厚な椅子。

 真正面に向かい合いやすい配置。

 来客として正しく座るにはよいが、息を抜くには少し距離がある。


「挨拶用だな」


 セドリックは小さく呟いた。


 悪い部屋ではない。

 ただ、使い方を間違えない方がいい。


 次に小サロンへ向かう。


 こちらは、扉を開けた瞬間に庭の緑が目に入った。


 シャロン嬢は、ここで息がしやすいと言ってくれた。


 その言葉を思い出すと、胸の奥が静かに温かくなる。


 椅子は斜め。

 窓の光は横から入る。

 庭への道が見える。


 ここなら、彼女が少し休める。


 そう思える場所が王都屋敷にあったことが、セドリックは素直に嬉しかった。


 庭への扉を開ける。


 外の空気が入り、植え込みが揺れた。


 あの日、彼女はこの道を少しだけ歩いた。


 ベンチまでは行かなかった。

 途中で、ここまでで十分ですと言った。


 その言葉も、セドリックには大切だった。


 十分。


 全部ではなくても、十分。


 彼女がそう言えたこと。

 自分がすぐに戻りましょうと言えたこと。


 どちらも忘れたくなかった。


「セドリック」


 庭の入り口で父の声がした。


「父上」


 ギルバートがこちらへ歩いてくる。


「見直しか」


「はい」


「何かわかったか」


「応接室は硬いです」


「知っている」


「小サロンは、思っていたより大事な部屋でした」


「そうだな」


 父は庭を眺めながら頷いた。


「屋敷の価値は、広間や応接室だけではない」


「はい」


「誰かが息をつける場所があるかどうかも、家の価値だ」


 セドリックは父を見る。


 ギルバートはいつも通り淡々としていた。


 だが、その言葉は深く残った。


 家の価値。


 領地。

 格式。

 財産。

 血筋。


 それだけではない。


 そこに来る人が、息をつけるか。


 家族になろうとする人が、怖さだけでなく暮らしを想像できるか。


 それもまた、家の価値なのだ。


「シャロン嬢は、良いところだけを言わなかった」


 父が続ける。


「はい」


「それを喜べ」


「はい」


「良いところだけを言われるより、ずっと信頼できる」


 セドリックは深く頷いた。


「私も、そう思います」


 父は短く頷き、庭へ視線を戻した。


「次は、こちらも良い顔だけを見せようとするな」


「……はい」


「整えることと、取り繕うことは違う」


「承知しました」


 その言葉も、重かった。


 シャロン嬢には、無理に大丈夫と言わなくていいと伝えている。

 なら、こちらも無理に完璧な屋敷を見せようとしてはいけない。


 整える。

 けれど、取り繕わない。


 それが確認なのだろう。


 夕方、小サロンに戻ると、エミリアとノエルが何やら話し合っていた。


 机の上には紙がある。


 セドリックは嫌な予感がした。


「何をしている」


 エミリアが顔を上げる。


「王都屋敷の感想を、フローラ様へどう伝えるか相談しておりました」


「なぜノエルもいる」


「地図棚の話が出る可能性がありますので」


 ノエルが真面目に答える。


「まだ出さなくていい」


「はい。ですので、今回は出さない方向で」


「方向で?」


 セドリックは目を細めた。


 エミリアは淑やかに微笑む。


「書庫は主目的外でした、とだけ」


「それはシャロン嬢が書いたことだろう」


「はい。フローラ様はきっと、その一文に深い意味を見出されます」


「深い意味はない」


「あります」


 エミリアとノエルが同時に言った。


 セドリックは少し黙った。


「二人とも、かなり染まっているな」


「良い意味ですか?」


 ノエルが尋ねる。


「半分くらいは」


 そう返すと、エミリアが嬉しそうに笑った。


「兄様も使いましたね」


「今のは失敗だった」


 アメリアが入ってきて、楽しそうに言う。


「賑やかね」


「母上、エミリアとノエルが書庫を主目的外として深めようとしています」


「主目的外なら、まだよいでしょう」


「母上まで」


「ただし、シャロン嬢を困らせない範囲でね」


 エミリアは素直に頷いた。


「はい」


 素直すぎる。


 セドリックは少し疑ったが、今回は深追いしないことにした。


 夜になり、王都屋敷の家令から報告が届いた。


 小サロンの椅子配置は前回のまま維持。

 庭への扉は点検済み。

 応接室には花を増やしすぎない。

 書庫前の廊下は、通りやすく整える。


 最後の項目に、セドリックは少し笑ってしまった。


 主目的外なのに、確実に存在感が増している。


 それでも、悪くはない。


 いつか、フローラ嬢やエミリアが王都屋敷の書庫で本を広げる日が来るかもしれない。

 ノエルが地図棚の前で真剣に説明する日も、あるかもしれない。

 リディア嬢が焼き菓子の香りに反応して、小サロンで目を輝かせる日も。


 そして、シャロン嬢が庭への道を覚え、疲れた時に少し外へ出られる日が来るかもしれない。


 まだ、決まってはいない。


 けれど、想像しても怖くない未来が、少しずつ増えていく。


 セドリックは小サロンの窓から庭を見た。


 硬いと言われて、安心しました。


 それは、彼女がこの屋敷をきちんと見てくれた証拠だ。


 良いところも。

 苦手なところも。

 未確認のところも。


 それらを少しずつ並べながら、いつか彼女がここを「知らない屋敷」ではなく、「息をつける場所の一つ」と思ってくれたらいい。


 急がず。

 けれど、曖昧にせず。


 セドリックは静かに頷き、窓を閉めた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

王都屋敷は、見せるためだけの場所ではなく、息をつける場所として整え直されていきます。

シャロンの正直な感想が、グランフェル家側にも良い変化を生んでいます。

次回もよろしくお願いします。

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