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元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


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第75話 嬉しい時間も、確認事項に入れます

読みに来てくださりありがとうございます。

今回はグランフェル家側で、シャロンから届いた「かなり安心」と「嬉しい」を受け取るお話です。

王都屋敷見学の準備も、少しずつ始まります。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

 シャロン嬢からの手紙を読んだセドリックは、便箋の途中でしばらく動けなくなった。


 ――できるかどうかではなく、負担が大きすぎないかを基準にしたいと書いてくださったことに、かなり安心しました。


 かなり。


 少しではなく、かなり。


 彼女がその言葉を選んでくれたことに、胸の奥が静かに熱くなる。


 シャロン嬢は、自分の気持ちを大きく言い切ることが得意ではない。

 だからこそ、「かなり」と書かれている重さがわかる。


 これは軽く喜んでよいものではない。

 けれど、喜ばないふりをするのも違う。


「……かなり安心していただけたのか」


 小さく呟くと、自然と口元が緩んだ。


 続きを読む。


 社交については、昼の茶会や家族同伴の場を中心にする形なら考えやすい。

 夜会は必要な場合にその都度確認してもらえるなら、怖さが少し減る。

 無理をして大丈夫と言わないよう気をつける。


 その一文に、セドリックは静かに頷いた。


 彼女は、もう自分の癖を見ている。

 できるから大丈夫、と言い切ってしまう癖。

 無理をしてでも整えようとする癖。


 それを自分で気をつけると書いてくれた。


 ならば、こちらも気づけるようにしておかなければならない。


 そして、面会の欄で、セドリックはまた筆跡を見つめた。


 ――私も、そういう時間があれば嬉しいです。

 ――書いていてかなり恥ずかしいですが、訂正はしません。


 訂正はしません。


 セドリックは便箋を持ったまま、深く息を吐いた。


 嬉しい、と書いてくれた。

 しかも、訂正しないと添えて。


 庭での短い時間。

 家族の近くでの茶の時間。

 正式すぎず、けれど無礼でもない、少し息のできる面会。


 それを、彼女も嬉しいと言ってくれた。


 確認事項の中に、嬉しい時間がある。


 そのことが、想像していたよりもずっと胸に響いた。


「兄様」


 扉の向こうからエミリアの声がした。


「今、よろしいでしょうか?」


「ああ」


 入ってきたエミリアは、セドリックの顔を見るなり、にこりと笑った。


「良いお手紙でしたね」


「まだ何も言っていない」


「顔に出ています」


「最近、皆そう言う」


「それだけ出ているのです」


 セドリックは反論を諦め、便箋を丁寧に畳んだ。


「シャロン嬢は、負担が大きすぎないかを基準にすることに、かなり安心してくださったそうだ」


「かなり」


 エミリアの目が明るくなる。


「それは、とても大きいですね」


「ああ」


「そして?」


「そして、庭での短い時間や、家族の近くでの茶の時間があれば嬉しいと」


 エミリアは両手を胸元で合わせかけ、すぐに淑女らしく膝の上へ戻した。


「それは、兄様も嬉しいですね」


「……ああ」


「隠さないのですね」


「隠す方が不自然だろう」


「成長です」


「誰目線だ」


「妹目線です」


 セドリックは軽く息を吐いた。


 だが、悪い気はしなかった。


 エミリアは少し身を乗り出す。


「王都屋敷のお話もありましたか?」


「ああ。いずれ拝見できればありがたい、と。まだ知らない場所だから、暮らしを想像する前に見ておきたいそうだ」


「当然ですね」


「そうだな」


「では、王都屋敷の準備をしなくては」


「準備と言っても、飾り立てる必要はない」


「もちろんです。見栄えだけ整えても、確認になりません」


 エミリアは真面目な顔で言った。


「生活する場所として見るなら、普段の動線や、お茶をする部屋や、庭へ出る道や、書庫の場所も確認が必要です」


「書庫」


「必要事項です」


「シャロン嬢の住まいの確認だ」


「住まいに書庫は関係します」


 どこかで聞いたような理屈だった。


 間違いなく、フローラ嬢からの影響だ。


「エミリア」


「はい」


「王都屋敷見学を、書庫見学にしないように」


「努力します」


「努力が必要な時点で不安だ」


「書庫ですので」


 もはや本人の言葉なのか、フローラ嬢の言葉なのかわからない。


 小サロンへ向かうと、父ギルバートと母アメリアが確認表を広げていた。


 セドリックはシャロン嬢からの返事を説明する。


 できるかどうかではなく、負担が大きすぎないか。

 昼の茶会や家族同伴の場。

 夜会はその都度確認。

 庭での短い時間や、家族の近くでの茶の時間。

 王都屋敷の見学。

 ハイレン領を暮らす場所として見ること。


 ギルバートはすべて聞いた後、短く頷いた。


「よく整理されている」


「はい」


「無理をして大丈夫と言わないよう気をつける、か」


 父はその言葉を静かに繰り返した。


「なら、こちらも聞き方を間違えるな」


「はい」


「『できますか』ではなく、『負担が大きすぎませんか』と聞く。必要なら、『今でなくてもよい』と添える」


「そうします」


 アメリアも穏やかに頷いた。


「王都屋敷へお招きするなら、あくまで確認のための短い訪問にしましょう」


「はい」


「昼に来ていただいて、玄関から応接室、家族用の小サロン、庭、食堂、必要なら客室の一部。全部を見せようとしすぎないこと」


「全部ではないのですね」


「全部見せたら、確認ではなく検査になるわ」


 その言葉に、セドリックは少し笑った。


「面接の次は検査ですか」


「そうならないように、こちらが気をつけるの」


「承知しました」


 ギルバートが紙に項目を書き足した。


 王都屋敷訪問。

 昼の短時間。

 確認場所を絞る。

 両親同伴可。

 妹君たちは次の機会。


 最後の一文を見て、セドリックは頷いた。


「最初はベルフォール子爵夫妻とシャロン嬢がよいでしょう」


「そうだな」


 父も同意する。


「妹君たちまで招くと、目的が広がる」


「主に書庫ですね」


 アメリアが楽しそうに言う。


 ちょうどその時、小サロンの入り口でエミリアが小さく咳払いをした。


「母上、私は聞こえております」


「あら、聞こえるように言ったのよ」


「母上」


「王都屋敷の書庫は、いずれフローラ嬢にもご案内しましょう。でも最初は、シャロン嬢の確認が先です」


「……はい」


 エミリアは少し残念そうだったが、すぐに頷いた。


「では、私は書庫の分類だけ確認しておきます」


「なぜ」


 セドリックが尋ねる。


「いずれ必要になりますので」


「気が早い」


「早すぎない範囲です」


「それを便利に使うな」


 ノエルが後から入ってきた時、ちょうどその話題が続いていた。


「何が早すぎない範囲なのですか?」


「エミリアが王都屋敷の書庫を確認しようとしている」


「王都屋敷の書庫ですか」


 ノエルは真面目に考えた。


「地図棚の位置は確認しておいた方がよいかもしれません」


「ノエルまで」


「フローラ嬢は地図にも関心がおありでしたので」


「お前も染まってきたな」


「染まる、とは」


 ノエルが首を傾げる。


 エミリアが微笑む。


「良い意味です」


「本当ですか」


「半分くらいは」


「エミリア姉上」


 そのやり取りに、アメリアが笑い、ギルバートもわずかに口元を緩めた。


 正式な条件整理の話をしているはずなのに、王都屋敷の書庫や地図棚の話まで混ざってくる。


 けれど、それは悪くなかった。


 生活する場所とは、きっとそういうものだ。


 応接室だけではない。

 書類だけではない。

 書庫があり、庭があり、茶を飲む部屋があり、誰かが余計な心配をして、誰かが楽しみにしすぎる。


 そういうものも含めて、暮らしなのだろう。


 夕方、セドリックは王都屋敷の管理を任せている家令へ手紙を書くことにした。


 近いうちにベルフォール子爵夫妻とシャロン嬢を短時間招く可能性があること。

 過度な飾りつけではなく、普段の屋敷の様子がわかるよう整えること。

 見せる場所を絞り、疲れさせないこと。

 庭へ出る道と、小サロンを確認しておくこと。


 書きながら、少し不思議な気持ちになる。


 王都屋敷は、セドリックにとっては慣れた場所だった。


 騎士団の務めがある時に使う家。

 家族が王都に滞在する時の拠点。

 社交のための場所。


 だが、シャロン嬢がそこを見るとなれば、意味が変わる。


 彼女にとって息ができる場所になるか。

 硬すぎない時間を持てる場所になるか。

 暮らす可能性を、怖さだけでなく確認として見られる場所になるか。


 そう考えると、ただ整えるだけでは足りない気がした。


 夜、自室に戻ったセドリックは、シャロン嬢への返事を書いた。


 ――お手紙をありがとうございました。

 ――「かなり安心しました」と書いてくださったことを、とても嬉しく拝読しました。


 少し迷ったが、嬉しいと書く。


 彼女が「かなり」と書いてくれたのだから、自分も曖昧にしすぎない方がいい。


 ――できるかどうかだけでなく、負担が大きすぎないかを基準にすることは、今後も大切にしたいと思います。

 ――シャロン嬢が無理をして大丈夫と言わないよう気をつけると書いてくださったので、私も聞き方を間違えないよう気をつけます。


 次に、面会のこと。


 ――庭での短い時間や、家族の近くでの茶の時間について、「嬉しい」と書いてくださったことも、大切に受け取りました。

 ――私も、そういう時間を持てたら嬉しいです。

 ――正式な席だけではなく、少し息のしやすい時間も、確認事項に入れたいと思います。


 書いてから、少しだけ照れた。


 だが、消さない。


 次に、王都屋敷について。


 ――王都屋敷については、いずれ無理のない形でご案内できるよう準備を始めます。

 ――最初は短い昼の訪問として、応接室や小サロン、庭への道など、暮らしに関わる場所を少しずつ見ていただければと考えております。

 ――全部を一度に見ると確認ではなく検査になってしまう、と母に言われましたので、範囲は絞ります。


 ここは少し笑ってもらえるだろうか。


 続けて、ハイレン領のことも書く。


 ――ハイレン領についても、次にお越しいただく機会があれば、市や庭だけでなく、暮らす場所としての面も少しご案内できればと思います。

 ――どちらも決定ではなく、確認です。


 フローラ嬢とエミリアのことも避けては通れない。


 ――エミリアは、王都屋敷の話を聞いて書庫の分類を確認しようとしておりました。

 ――ノエルまで地図棚の位置を確認した方がよいと言い出しました。

 ――フローラ嬢の影響が、静かに広がっている気がします。


 最後に追伸。


 ――再審査候補たちは、完全停止ではなく待機中です。

 ――待機中にも成長は必要という母の言葉については、現在も慎重に解釈中です。


 セドリックは筆を置き、便箋を読み返した。


 嬉しい時間も、確認事項に入れます。


 正式な条件。

 社交。

 住まい。


 その中に、庭で短く話す時間や、家族の近くで茶を飲む時間が入っていてもいい。


 むしろ、それがなければ、二人の縁談ではなくなってしまう。


 セドリックは丁寧に封を閉じた。


 確認事項は、またひとつ増えた。


 だが今回は、増えても少し嬉しい項目だった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

条件整理の中に、二人が息をしやすい時間も入ってきました。

王都屋敷の確認も、次の大事な段階になりそうです。

次回もよろしくお願いします。

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