第74話 できるかどうかだけで、決めなくていいそうです
読みに来てくださりありがとうございます。
今回はベルフォール家側で、セドリックから届いた確認事項への返事を受け取るお話です。
できるかどうかだけでなく、負担が大きすぎないかという視点が、シャロンを少し楽にします。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
セドリック様からの手紙を読んだ時、私は最初の数行で少しだけ目を止めた。
――社交、面会、住まいの三つについて、どれも大切な確認事項として受け取りました。
大切な確認事項。
そう書かれているだけで、紙の上の項目が少し違って見える。
社交の範囲。
面会の形。
婚姻後の住まい。
どれも、逃げてはいけない話だ。
けれど、今すぐ正解を出さなければならない話でもない。
私は便箋を持ったまま、続きを読んだ。
――社交については、最初から大きな夜会を続ける形にはしない方向で考えたいと思います。
――昼の茶会や家族同伴の場を中心にし、夜会が必要な場合は、その都度シャロン嬢に確認する形がよいと考えました。
――できるかどうかではなく、負担が大きすぎないかを基準にしたいです。
そこで、胸の奥が静かに揺れた。
できるかどうかではなく。
負担が大きすぎないか。
私はその一文を、もう一度読む。
できるかと聞かれれば、たぶん私はできると答えてしまう。
夜会も、挨拶も、紹介も、必要ならこなす。
こなせないわけではない。
けれど、それが苦しくないか。
続けられる形か。
私自身が置いていかれていないか。
そういう聞かれ方を、私はあまりされてこなかった気がする。
「お姉様?」
隣に座っていたリディアが、すぐにこちらを覗き込んだ。
「今、何か届いた顔をしました」
「顔で読まないで」
「読めます」
「誇らしげに言わないで」
フローラは向かいで本を開いていたが、当然のように聞いている。
「何が書かれていたのですか」
「社交についてよ」
私は便箋を少し下げた。
「できるかどうかではなく、負担が大きすぎないかを基準にしたい、と」
リディアは目を丸くした。
「それは、とても良いです」
「そうね」
フローラも静かに頷く。
「お姉様は、できるかと聞かれると、できると答えます」
「……否定できないわ」
「ですので、聞き方が大事です」
「あなた、最近本当に容赦がないわね」
「必要事項です」
その言い方にも、少し慣れてきてしまった。
私は続きを読んだ。
面会について。
正式な席ばかりでは硬くなりすぎるという私の言葉に、セドリック様も同意してくださったこと。
庭での短い時間や、家族の近くでの茶の時間を、今後の案に入れたいこと。
そして。
――確認事項として書いてくださったこと、嬉しく受け取りました。
――私も、そういう時間があれば嬉しいです。
私は便箋を持ったまま、少し固まった。
そういう時間があれば嬉しい。
それは、庭での短い時間のことだ。
家族の近くでの茶の時間のことだ。
正式すぎない、少し息ができる面会のこと。
私だけではなく、セドリック様も嬉しいと書いてくださっている。
「お姉様」
「何」
「また顔が赤いです」
「赤くないわ」
「少し赤いです」
「暖炉が近いからよ」
「今日は暖炉に火が入っていません」
「細かいわね」
リディアがにこにこと笑う。
フローラは本から顔を上げないまま言った。
「面会の形についてですね」
「なぜわかるの」
「流れから」
「本当に嫌な観察力ね」
「褒め言葉として受け取ります」
「褒めていないわ」
私は咳払いをして、住まいの話へ進んだ。
王都の屋敷もまだ見ていないので、いずれ無理のない形で案内したい。
ハイレン領についても、次に訪れる機会があれば、暮らす場所としての面も少し見てほしい。
どちらも決定ではなく確認。
王都のグランフェル家の屋敷。
まだ見たことのない場所だ。
ハイレン領は、少しだけ知っている。
庭も、市も、書庫も、焼き菓子の香りも。
けれど、王都屋敷は知らない。
もし婚姻後に王都で暮らす時間があるなら、そこも私の生活に関わる場所になる。
そう考えると、胸が少しだけ緊張した。
でも、同時に思う。
見る前に決めなくていい。
知らないまま答えを出さなくていい。
それは、かなり大きな安心だった。
「王都屋敷にも、いずれ伺うかもしれないわ」
私が言うと、リディアがぱっと顔を上げた。
「グランフェル家の王都のお屋敷ですか?」
「ええ。まだ決まったわけではないけれど」
「素敵でしょうね」
「遊びに行く話ではないわ」
「わかっています。でも、気になります」
フローラも静かに言った。
「書庫はありますか」
「あなたはまずそこなのね」
「重要事項です」
「今回は私の住まいの確認よ」
「住まいに書庫は関係します」
「否定しづらいことを言うわね」
フローラは涼しい顔をしている。
「でも、今回は私は同行しない可能性が高いでしょう」
「そうね。まずは父母と私になると思うわ」
「では、書庫はお姉様が確認してください」
「私が?」
「はい。広さ、分類、閲覧しやすさ、地図棚の有無」
「あなたの確認事項になっているわよ」
「参考までに」
「絶対に参考だけではないわね」
リディアが笑った。
私は手紙を最後まで読む。
ノエル様の記録表は、次の雨の日に試す予定であること。
印の種類を増やしすぎないよう、管理人から助言を受けていたこと。
本人は少し悔しそうだったが、良い表情をしていたこと。
「ノエル様、また増やしすぎそうになったのね」
「お姉様と似ていますね」
リディアが言った。
「どのあたりが?」
「真面目に考えると項目が増えるところです」
「……否定しません」
フローラが頷く。
「ですが、管理人の助言を受け入れられるのは良い変化です」
「ええ。本当に」
そして、エミリア様とフローラの文通について。
観察報告は、相手が恥ずかしくなりすぎない程度に。
ただし、その判断をフローラと相談するとエミリア様が言っている。
兄としては少しだけ不安が残る。
私は便箋を下げて、フローラを見た。
「フローラ」
「はい」
「相手が恥ずかしくなりすぎない程度、という判断をあなたとエミリア様で相談するのは、少し不安だそうよ」
「なぜでしょう」
「本気で言っている?」
「半分くらいは」
「最近、その半分が便利に使われすぎているわ」
フローラは少しだけ考える顔をした。
「では、お姉様のことを書く時は、事実だけでなく羞恥の可能性も考慮します」
「それはかなり必要ね」
「必要事項に追加します」
「追加しなくていいから、守って」
「はい」
素直な返事だった。
ただし、完全に信用してよいかは別だ。
母が小サロンへ入ってきたので、私はセドリック様の手紙の内容を伝えた。
できるかどうかではなく、負担が大きすぎないかを基準にすること。
面会は正式な席ばかりでなく、庭や家族の近くでの茶の時間も入れること。
王都屋敷やハイレン領について、決定ではなく確認として見ていくこと。
母は静かに聞き、最後に深く頷いた。
「とても良いわね」
「はい」
「特に、負担が大きすぎないかという見方は大事だわ」
「お母様もそう思われますか」
「ええ。あなたは、できるかできないかで聞かれたら、たいていできると答えてしまうもの」
また言われた。
「皆、同じことを言いますね」
「それだけ皆が知っているということよ」
「……そうですね」
少し前なら、そう言われると窮屈に感じたかもしれない。
でも今は、違う。
皆が私の癖を知って、止めようとしてくれている。
できることを否定するのではなく、苦しくなりすぎないように見てくれている。
そう思える。
父も後から小サロンへ来て、確認表の内容を見た。
「社交については、この形で先方に返してよいだろう」
「はい」
「面会についても、正式な訪問と柔らかい時間を分けるのは妥当だ」
「庭での短い時間も、よろしいでしょうか」
少しだけ緊張しながら尋ねると、父は当然のように頷いた。
「よい。家の者が近くにいる形なら問題ない」
「ありがとうございます」
「礼を言うことではない。話す相手と話しやすい形を探すのは、当然だ」
当然。
父の言葉は短いのに、時々とても強い。
「住まいについては、王都屋敷を見る機会を作るのがよいな」
「はい」
「ただし、すぐにではなくてよい。正式な婚約の打診前後、先方と相談しよう」
「わかりました」
「ハイレン領も、次は生活面を見る形で訪れることになるかもしれない」
生活面。
その言葉に、少し胸が鳴る。
以前は、市や庭を見た。
次は、暮らすかもしれない場所として見る。
それは少し怖くて、少しだけ現実味があった。
その日の夜、私はセドリック様への返事を書いた。
机の上には、確認表がある。
社交。
面会。
住まい。
どれもまだ答えではない。
けれど、少しずつ形が見えてきた。
――お手紙をありがとうございました。
――できるかどうかではなく、負担が大きすぎないかを基準にしたいと書いてくださったことに、かなり安心しました。
かなり。
少しではなく、かなりと書いた。
少し迷ったけれど、消さない。
――私は、できるかと聞かれると、できると答えてしまいがちです。
――ですので、負担が大きすぎないかを確認していただけることは、とてもありがたいです。
次に、社交について。
――社交については、昼の茶会や家族同伴の場を中心にする形であれば、考えやすいです。
――夜会については、必要な場合にその都度確認していただけるなら、怖さが少し減ります。
――できる限り務めるつもりはありますが、無理をして大丈夫と言わないよう気をつけます。
面会について。
――面会について、庭での短い時間や家族の近くでの茶の時間を案に入れてくださりありがとうございます。
――私も、そういう時間があれば嬉しいです。
――書いていてかなり恥ずかしいですが、訂正はしません。
そこまで書いて、顔が熱くなった。
かなり恥ずかしい。
でも、訂正しない。
これは確認事項であり、私の気持ちでもある。
住まいについて。
――王都のお屋敷については、いずれ拝見できればありがたく思います。
――まだ知らない場所ですので、暮らしを想像する前に見ておきたいです。
――ハイレン領についても、次に伺う機会があれば、暮らす場所としての面も少し見てみたいと思います。
フローラのことも書く。
――フローラには、私について書く時は羞恥の可能性も考慮するよう伝えました。
――本人は必要事項に追加すると申しておりました。
――姉としては、まだ少し不安です。
ノエル様へ。
――ノエル様が管理人の方から助言を受けて、印の種類を増やしすぎないようにされたこと、とても良いと思いました。
――少し悔しいと思えるのも、真剣に取り組んでいる証拠だと思います。
最後に追伸。
――再審査候補たちの完全停止が難しい件、承知しました。
――こちらの審査員も、甘い香りに対して完全停止は難しそうです。
書き終えて、私は便箋を読み返した。
できるかどうかだけで、決めなくていいそうです。
そのことが、思っていたよりも私を楽にしている。
できる。
できない。
その二つだけではなく。
できるけれど苦しい。
少しならできる。
今はまだ怖い。
確認してから考えたい。
そういう答えも、出していい。
私は丁寧に便箋を畳み、封を閉じた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
シャロンが「できる」だけで自分を追い込まなくていいと、少しずつ受け取っています。
王都屋敷やハイレン領の再確認も、今後の大事な流れになりそうです。
次回もよろしくお願いします。




