第73話 確認事項は、急がず並べます
読みに来てくださりありがとうございます。
今回はグランフェル家側で、シャロンから届いた確認事項を受け取るお話です。
社交、面会、住まいについて、急がず並べていきます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
シャロン嬢からの手紙を読んだセドリックは、机の上に広げていた確認表へ視線を落とした。
社交の範囲。
面会の形。
婚姻後の住まい。
その三つについて、彼女はきちんと言葉を返してくれた。
答えではない。
印と、確認予定。
そう書かれていたことに、セドリックは静かに息を吐いた。
よかった、と思う。
すぐに答えを出そうとしていない。
けれど、逃げてもいない。
怖さや不安がある場所に、彼女は自分で印をつけてくれた。
それは、とても大きなことだった。
「……まずは、社交か」
セドリックは確認表の一枚目を見た。
シャロン嬢は、最初から大きな夜会が続く形は少し重いと書いていた。
小規模な茶会や、家族同伴の場からなら考えやすい。
夜会が必要な場合も、その都度確認できると安心だ、と。
もっともだと思った。
婚約すれば、どうしても社交の場は増える。
だが、それを当然のように押しつける必要はない。
彼女は、役目を与えられればこなそうとしてしまう。
だからこそ、最初に範囲を狭めておくことには意味がある。
次に、面会の形。
正式な席ばかりでは硬くなりすぎる。
庭での短い時間や、家族の近くでの茶の時間があると話しやすい。
その一文に、セドリックは少しだけ口元を緩めた。
書いていて少し恥ずかしいが、確認事項です。
そう添えられていた。
確認事項。
便利な言葉だ。
そして、彼女にとっては勇気を出すための言葉でもあるのだろう。
最後に、住まい。
婚姻後の住まいについては、まだ答えを出せない。
ハイレン領にはまた行きたいと思っているが、暮らすとなると別の確認が必要。
王都のグランフェル家の屋敷もまだ知らないので、見る前に決めるのは根拠のない断定になる。
セドリックは、その部分を何度か読み返した。
「根拠のない断定、か」
彼女らしい。
そして、正しい。
シャロン嬢はハイレン領を見た。
けれど、暮らしたわけではない。
王都のグランフェル家の屋敷については、まだ訪れたことすらない。
それなのに、婚姻後の暮らしを決めるのは早い。
セドリックは確認表の住まいの欄に、新しく書き足した。
王都屋敷、見学の機会。
ハイレン領、再訪時に生活面も確認。
騎士団勤務との兼ね合い。
ベルフォール家への往来。
そこまで書いたところで、扉の外から声がした。
「兄様、入ってもよろしいですか?」
「ああ」
エミリアが入ってきた。
手には、すでに便箋を持っている。
おそらく、フローラ嬢への返事を書いていたのだろう。
「シャロン様からですか?」
「そうだ」
「確認事項のお返事ですね」
「ああ」
エミリアは少しだけ身を乗り出した。
「どのような内容でしたか?」
「社交は小規模な茶会や家族同伴の場から。夜会は必要な場合に、その都度確認。面会は正式な席ばかりではなく、庭や家族の近くでの茶の時間もあると話しやすいそうだ」
エミリアは嬉しそうに頷いた。
「とても良いと思います」
「そうか」
「はい。シャロン様は、きっと形式だけの場が続くと、きちんとしすぎて疲れてしまいます」
「私もそう思う」
「庭の時間は必要ですね」
「ああ」
エミリアはにこりと笑った。
「兄様も嬉しそうです」
「……確認事項として必要だと思っただけだ」
「本当に?」
「本当に」
「半分くらいは?」
「エミリア」
「はい」
妹はまったく悪びれない。
セドリックは軽く息を吐き、住まいの欄を指した。
「住まいについては、まだ答えを出せないと。王都屋敷も見ていないから、見る前に決めるのは根拠のない断定だそうだ」
「それも、とてもシャロン様らしいです」
「ああ」
「では、王都のお屋敷にもご案内するのですか?」
「その必要があると思う」
エミリアの表情が明るくなった。
「その時は、私もおりますか?」
「正式な話の形による」
「そうですか」
少し残念そうにした後、すぐに立て直す。
「でも、フローラ様もいらっしゃる可能性はありますか?」
「どうしてそうなる」
「王都屋敷にも書庫があります」
「あるが」
「確認事項です」
「それはシャロン嬢の確認事項ではない」
「フローラ様の確認事項です」
セドリックは思わず額に手を当てたくなった。
「エミリア」
「はい」
「王都屋敷見学を、書庫見学に変えないように」
「努力します」
「努力が必要なのか」
「書庫ですので」
フローラ嬢の声が聞こえた気がした。
確実に影響を受けている。
その後、小サロンへ移ると、父ギルバートと母アメリアが待っていた。
セドリックは確認表を広げ、シャロン嬢からの返事を説明した。
ギルバートは静かに聞き、社交の欄で一度頷いた。
「段階を分けるのがよい」
「はい」
「最初から夜会を多く入れる必要はない。婚約が正式に整った後、必要な場だけ選べばよい」
アメリアも頷く。
「それまでは、昼の茶会や親しい家の集まりで十分でしょう。シャロン嬢は社交ができない方ではないけれど、今は試すような場に出すべきではないわ」
「はい」
「それに、リディア嬢やフローラ嬢と一緒の場なら、シャロン嬢も少し息がしやすいかもしれません」
母らしい視点だった。
セドリックはすぐに書き足す。
初期社交、昼の茶会中心。
家族同伴を優先。
夜会は必要時のみ、本人確認。
「面会の形は」
ギルバートが尋ねる。
「正式な席ばかりでは硬くなりすぎるそうです。庭での短い時間や、家族の近くでの茶の時間があると話しやすいと」
アメリアは柔らかく微笑んだ。
「よく言ってくださいましたね」
「はい」
「その言葉は、大切にしましょう。正式な席ばかりでは、二人とも鎧を着たまま話すようなものですもの」
「鎧」
「あなたは騎士でしょう?」
「確かに」
アメリアは楽しそうに笑った。
「でも、縁談の話をずっと鎧姿でする必要はありません」
その言い方に、セドリックは少しだけ笑った。
確かにその通りだった。
ギルバートは確認表を見ながら、淡々と言う。
「庭での短時間。家族か侍女が近くにいる形。手紙は継続。正式な面会と、柔らかい面会を分ける」
「はい」
「その上で、回数を詰め込みすぎるな」
「承知しています」
「会いすぎても疲れる。会わなすぎても遠くなる」
また加減だ。
セドリックは深く頷いた。
「住まいについては、王都屋敷を見る機会を作りたいと思います」
「妥当だ」
ギルバートはすぐに頷いた。
「ハイレン領だけ見て決める話ではない。お前の騎士団勤務もある。王都屋敷での暮らしも、先に知ってもらう必要がある」
「はい」
「ただし、住まいは婚約後でも遅くない。今すぐ答えを求める必要はない」
「そのように伝えます」
アメリアが少し考え込む。
「王都屋敷にお招きするなら、昼の短い訪問がよいわね。最初は重くしない方がいいでしょう」
「ベルフォール家の皆様も?」
「まずはシャロン嬢とご両親かしら。妹君たちまで一緒だと、楽しくなりすぎて主目的が書庫になりそうです」
「母上もそう思いますか」
「思います」
アメリアはにこりとした。
「でも、いずれ妹君たちもお招きしたいわ。エミリアが落ち着かなくなるでしょうから」
ちょうど入ってきたエミリアが、わずかに目を逸らした。
「母上、私は落ち着いています」
「そう?」
「はい」
「では、フローラ嬢への手紙が三枚になっているのは?」
「本文は二枚です」
「別紙があるのね」
「必要な補足です」
アメリアは楽しそうに笑った。
「わかったわ。必要な補足なら仕方ないわね。ただし、シャロン嬢の観察報告は控えめに」
「はい」
エミリアは素直に頷いた。
セドリックは少し目を細める。
素直すぎる時は、たいてい完全には従わない。
「エミリア」
「はい」
「控えめとは」
「相手が恥ずかしくなりすぎない程度です」
「その判断は誰がする」
「フローラ様と相談します」
「そこが問題だ」
エミリアは微笑んだ。
「兄様、文通には信頼が必要です」
「それはそうだが」
「ですので、信頼してください」
うまく言いくるめられた気がする。
ギルバートが短く言った。
「礼を失するな」
「はい、父上」
「相手を困らせるな」
「はい」
「それでよい」
父の判断は早かった。
それ以上は見守れ、ということだろう。
夕方、ノエルが管理人からの追加の返答を持ってきた。
次の雨の日に南門周辺で印をつける件について、荷受けの者が試しに協力してくれることになったらしい。
「ただ、管理人から、印の種類を増やしすぎない方がよいと言われました」
ノエルは少し恥ずかしそうに言った。
「赤は水溜まり。青は荷車の停滞。黒は人の滞り。三つまでで十分ではないか、と」
「良い意見だ」
セドリックが言うと、ノエルは頷いた。
「はい。私も、また増やしそうになっていたので」
「気づけたなら十分だ」
「シャロン嬢にも、そう言われそうです」
「言われそうだな」
ノエルは少しだけ笑った。
その表情は、以前よりずっと自然だった。
夜、自室に戻ったセドリックは、シャロン嬢への返事を書いた。
確認表を隣に置き、ひとつずつ言葉を選ぶ。
――お手紙をありがとうございました。
――確認表について、具体的にお考えを聞かせてくださりありがとうございます。
――社交、面会、住まいの三つについて、どれも大切な確認事項として受け取りました。
まずはそこから。
社交について。
――社交については、最初から大きな夜会を続ける形にはしない方向で考えたいと思います。
――昼の茶会や家族同伴の場を中心にし、夜会が必要な場合は、その都度シャロン嬢に確認する形がよいと考えました。
――できるかどうかではなく、負担が大きすぎないかを基準にしたいです。
次に、面会。
――面会については、正式な席ばかりでは硬くなりすぎるというお言葉に、私も同意します。
――庭での短い時間や、家族の近くでの茶の時間を、今後の案に入れたいと思います。
――確認事項として書いてくださったこと、嬉しく受け取りました。
少しだけ迷い、それでも書く。
――私も、そういう時間があれば嬉しいです。
書いてから、顔が少し熱くなった。
自分の手紙なのに、少し照れる。
だが、消さなかった。
住まいについて。
――住まいについては、今すぐ答えを出す必要はないと父とも確認しました。
――王都の屋敷もまだご覧いただいておりませんので、いずれ無理のない形でご案内できればと思います。
――ハイレン領についても、次にお越しいただく機会があれば、暮らす場所としての面も少し見ていただければと思っております。
――もちろん、どちらも決定ではなく確認です。
ノエルのことも添える。
――ノエルの記録表は、次の雨の日に試す予定です。
――印の種類を増やしすぎないよう、管理人から助言を受けておりました。
――本人は少し悔しそうでしたが、良い表情をしていました。
エミリアとフローラのこと。
――エミリアには、観察報告は相手が恥ずかしくなりすぎない程度に、と伝えました。
――ただし、その判断をフローラ嬢と相談すると申しております。
――兄としては、少しだけ不安が残ります。
最後に追伸。
――再審査候補たちは、今のところ静かに待機しております。
――ただ、母は「待機中にも成長は必要」と申しておりますので、候補たちの完全停止は難しいかもしれません。
書き終えて、セドリックは便箋を読み返した。
確認事項は、急がず並べます。
急がない。
けれど、曖昧にしない。
社交も、面会も、住まいも。
それぞれに印をつけて、二人で見ていく。
その作業が、ただの条件整理ではなく、二人の息のしやすい形を探すものになるように。
セドリックは丁寧に封を閉じた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
条件整理が、少しずつ二人のための確認表になってきました。
エミリアとフローラの文通も、まだ静かに育っています。
次回もよろしくお願いします。




