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元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


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第72話 確認表なら、少し息ができます

読みに来てくださりありがとうございます。

今回はベルフォール家側で、条件整理を確認表として受け取るお話です。

シャロンが自分にとって苦しくない形を、少しずつ言葉にしていきます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

 セドリック様からの手紙は、午後の小サロンに届いた。


 私は父から預かった条件整理の紙を前にして、少し考え込んでいたところだった。


 婚約後の社交。

 面会の形。

 婚姻後の住まい。


 昨日、気になるところに印をつけた項目だ。


 答えではなく印。


 そう思うと少し楽になる。

 けれど、紙の上に並ぶ言葉はやはり硬い。


 その時に届いた手紙だったので、封を見た瞬間、私は少しだけ息を吐いた。


「お姉様」


 リディアがすぐに顔を上げる。


「セドリック様からですか?」


「ええ」


「見守ります」


「毎回、見守らなくてもいいのよ」


「重要な経過観察です」


「あなたまで観察という言葉を使わないで」


 窓辺にいたフローラが、そっと視線を逸らした。


 私はそれを見逃さなかった。


「フローラ」


「はい」


「あなたにも少し関係のある話が出てくる気がするわ」


「そうですか」


「心当たりがありそうな返事ね」


「文通は公認されています」


「文通はね」


 フローラは黙った。


 その沈黙が少し怪しい。


 私はひとまず、セドリック様の手紙を開いた。


 書き出しはいつも通り丁寧だった。


 条件整理について、答えではなく印をつけたことを、とても良い形だと思ったと書かれている。


 その一文だけで、少し肩の力が抜けた。


 続きには、グランフェル家側でも、条件整理の書類を「決定事項」ではなく「確認事項」としてまとめ直すことにした、とあった。


「確認事項……」


 私は思わず呟いた。


 リディアが首を傾げる。


「決定事項ではなく?」


「ええ。社交の範囲や面会の形、婚姻後の住まいについて、ひとつの正解を急いで出すのではなく、いくつかの形を並べて確認していく、と」


「それは、少し楽そうですね」


「そうね」


 本当に、少し楽だった。


 決定事項と言われると、すぐに正しい答えを出さなければならない気がする。

 けれど確認事項なら、まだ見てもいい。

 迷ってもいい。

 印をつけて、後で確かめてもいい。


 私はさらに読み進めた。


 ――選ばなければならないものではなく、苦しくない形を探すためのものとして扱いたいです。

 ――もし項目が多すぎると感じた時は、遠慮なく印だけにしてください。

 ――答えは、後で構いません。


 そこで、私は便箋を持ったまま目を伏せた。


 答えは、後で構わない。


 そんな言葉をもらうたびに、自分がどれほど答えを急いできたのかを思い知らされる。


 跡継ぎとして。

 長女として。

 婚約者として。

 役に立つ者として。


 いつも、すぐに答えを出そうとしていた。


 でも今は、印だけでもいいと言われている。


「お姉様」


 リディアが静かに尋ねた。


「少し大丈夫ですか?」


「……ええ」


 私は頷いた。


「少し大丈夫」


 リディアは嬉しそうに笑った。


 フローラも、ほんの少しだけ表情を緩める。


「確認表は良いですね」


「あなたは好きそうね」


「はい。分類できます」


「そういう意味ではないと思うわ」


「でも、分類できると安心します」


 それは少しわかる。


 分類できると、漠然とした怖さが少し形になる。

 形になれば、印をつけられる。

 印をつけられれば、後で確かめられる。


 私は手紙へ視線を戻した。


 ノエル様のことも書かれていた。


 雨の日用の記録表は、管理人からも使いやすいと返事があったこと。

 ノエル様が、私が雨の日用の記録表方式と書いたことを、早すぎない範囲でとても喜んでいること。


「ノエル様、また早すぎない範囲で喜んでいるわ」


「良い表現ですね」


 フローラが即座に言う。


 リディアも頷いた。


「安心感があります」


「あなたたち、かなり気に入っているわね」


「使いやすいので」


「便利な言葉がまた増えたわ」


 そして、問題の箇所へ進む。


 ――フローラ嬢とエミリアの文通について、観察報告の範囲に確認が必要とのお言葉、もっともだと思います。

 ――エミリアには、フローラ嬢がシャロン嬢について書く時は控えめに、と伝えました。

 ――ただし、二人とも悪いことをしているつもりはなさそうです。


 私は便箋を下げ、フローラを見た。


「フローラ」


「はい」


「セドリック様から、エミリア様にも控えめにと伝えたそうよ」


「そうですか」


「あなたにも、姉として同じことを言います」


「はい」


「私のことを書く時は、控えめに」


「わかりました」


 返事が素直すぎる。


 怪しい。


「本当に?」


「控えめにします」


「書かないとは言わないのね」


「必要な場合がありますので」


「何が必要なの」


「姉の状態共有です」


「それは誰に必要なの」


「エミリア様に」


「なぜ?」


「静かな範囲で」


 私は目を細めた。


「また出たわね、その静かな範囲」


 フローラは涼しい顔をしている。


 リディアが小声で笑った。


「フローラ、最近強いわ」


「リディアお姉様ほどではありません」


「私は明るいだけよ」


「明るく強いです」


「褒められた気がする」


「半分くらいは」


「最近、半分も増えたわね」


 私は深く息を吐いた。


 追及したい。

 とても追及したい。


 けれど、今はまだ悪いものには見えない。


 フローラが自分で見つけた友人とのやり取りだ。

 そこに少し私の観察が混ざっているのは困るけれど、心配しているのだということもわかる。


「……本当に控えめにしなさい」


「はい」


「私が恥ずかしいと思うことは、書く前に一度考えること」


「わかりました」


「考えた結果、必要事項です、で押し切らないこと」


 フローラは少しだけ黙った。


「努力します」


「努力が必要なのね」


 リディアが笑い、私も少しだけ笑ってしまった。


 その時、母が小サロンへ入ってきた。


「楽しそうね」


「お母様、確認表という言葉が届きました」


 リディアが報告する。


「確認表?」


 母が私を見る。


 私はセドリック様の手紙の内容を、読み上げられる範囲で説明した。


 決定事項ではなく確認事項としてまとめること。

 選ばなければならないものではなく、苦しくない形を探すためのものとして扱うこと。

 答えは後で構わないこと。


 母は静かに聞き、最後に柔らかく頷いた。


「良い進め方ね」


「はい」


「あなたには合っていると思うわ」


「私に?」


「ええ。いきなり答えを求められると、あなたは全部を整えようとするでしょう」


「……否定しません」


「でも、印ならつけられる」


「はい」


 母は微笑んだ。


「なら、今日も印だけでいいのよ」


 その言葉に、胸が少し楽になる。


 ほどなく父も小サロンへ来た。


 母から確認表の話を聞くと、父はすぐに頷いた。


「こちらの書類も、その形に合わせよう」


「よろしいのですか」


「むしろ、その方がよい。決定事項に見える書き方は、今の段階では早い」


 父は私の前に、昨日の紙を置いた。


「社交の範囲、面会、住まい。この三つについて、今日は選択肢を増やすだけにしよう」


「選択肢を増やすだけ」


「ああ。選ぶのは後でよい」


 父はまず、社交の範囲の欄にいくつか書き加えた。


 小規模な茶会から始める。

 家族同伴の場を中心にする。

 夜会は必要最低限にする。

 王都での紹介は段階を分ける。


「この中で、見ただけで苦しいものはあるか」


 父が尋ねる。


 私は紙を見つめた。


 夜会。


 その文字に、少しだけ胸が詰まる。


「夜会は……まだ少し重いです」


「では印をつける」


「はい」


「必要最低限という案を消すか?」


 私は少し考えた。


「消さなくていいです。必要なものがあることは理解しています。ただ、最初から多くは難しいと思います」


「わかった」


 父は淡々と書き添える。


 初期は小規模中心。

 夜会は必要時のみ、本人確認。


 本人確認。


 その言葉を見て、私は少しだけ息を吐いた。


 次に、面会の形。


 正式な訪問。

 家族同席の茶。

 庭での短い時間。

 手紙の継続。


 私はその欄を見て、少し顔が熱くなる。


「どうした」


 父が尋ねる。


「いえ」


「顔に出ている」


「……庭での短い時間は、あった方がいいと思いました」


 言ってから、恥ずかしくなる。


 母が何も言わず、ただ柔らかく微笑んでいる。

 リディアは目を輝かせている。

 フローラは静かに観察している。


 全員、少し控えてほしい。


「理由は」


 父はいつも通り落ち着いて尋ねた。


「正式な席ばかりですと、私はたぶん硬くなります。けれど、完全に二人きりというのも、今はまだ緊張します。庭で短い時間、近くに誰かがいる形なら……話しやすいかもしれません」


「わかった」


 父はさらりと書き込んだ。


 庭で短時間。

 近くに家族または侍女。

 無理のない会話。


 書類になった途端、少し恥ずかしい。


 けれど、同時に安心もした。


 私の望みが、曖昧なまま消えずに残る。


 最後に、住まい。


 王都中心。

 ハイレン領中心。

 季節で行き来。

 騎士団勤務に合わせる。

 ベルフォール家への帰省頻度。


 ここは、まだ難しい。


「これは、今日ではわかりません」


 私は正直に言った。


「ハイレン領はまた行きたいです。でも、暮らすとなると別です。王都での暮らしも、グランフェル家での立場も、まだ想像できません」


「それでよい」


 父は言った。


「ここは、未確認としておく」


「はい」


「今後、ハイレン領を再訪した後でもよい。グランフェル家の王都屋敷を見る機会があってもよい」


「王都屋敷」


 私はその言葉に、少しだけ現実味を感じた。


 そうだ。

 グランフェル家には王都の屋敷もあるはずだ。

 まだ私は、そこを知らない。


 知らないことを、今すぐ決めようとしていた。


「……見る前に決めるのは、根拠のない断定ですね」


 私が呟くと、リディアが笑った。


「お姉様らしいです」


「そうね」


 私も少し笑う。


 父は紙に書き足した。


 王都屋敷、未確認。

 ハイレン領、再訪後再確認。


 それだけで、住まいの欄が少し怖くなくなった。


 その日の夜、私はセドリック様への返事を書いた。


 机の上には、父と作った確認表がある。


 決定ではない。

 確認。


 その言葉だけで、書類の重さが少し変わって見えた。


 ――お手紙をありがとうございました。

 ――決定事項ではなく確認事項としてまとめ直してくださると伺い、少し安心しました。


 まずはそこから書く。


 ――こちらでも父と相談し、社交の範囲、面会の形、婚姻後の住まいについて、選択肢を並べる形にしてみました。

 ――まだ答えではありません。

 ――印と、確認予定です。


 少し硬い。

 けれど、今の私にはちょうどよい。


 続ける。


 ――社交については、最初から大きな夜会が続く形は少し重く感じます。

 ――小規模な茶会や家族同伴の場からであれば、考えやすいです。

 ――夜会が必要な場合も、その都度確認できると安心です。


 次に、面会の形。


 ――面会については、正式な席ばかりでは硬くなりすぎる気がします。

 ――庭での短い時間や、家族の近くでの茶の時間があると、私には話しやすいと思いました。

 ――書いていて少し恥ずかしいですが、これは確認事項です。


 最後に、住まい。


 ――婚姻後の住まいについては、まだ答えを出せません。

 ――ハイレン領にはまた伺いたいと思っていますが、暮らすとなると別の確認が必要です。

 ――王都のグランフェル家のお屋敷もまだ存じませんので、見る前に決めるのは根拠のない断定になると思いました。


 書いてから、少しだけ息を吐く。


 自分の不安を、項目として書けた。

 これは少し大きい。


 フローラのことも書かなければならない。


 ――フローラには、私について書く時は控えめにするよう伝えました。

 ――ただし、必要な場合がありますので、と返されました。

 ――必要な場合とは何か、姉としては引き続き確認事項です。


 追伸には、柔らかい話題を添える。


 ――再審査候補たちが静かに待機している件、承知しました。

 ――こちらでは、リディアの公平な心も待機中ですが、甘い香りがすると動き出す可能性があります。


 書き終えた私は、便箋を読み返した。


 確認表なら、少し息ができます。


 決めるためではなく、確かめるため。

 選ばされるためではなく、苦しくない形を探すため。


 そう思えるなら、条件整理も少しだけ怖くなくなる。


 私は丁寧に封を閉じた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

決定ではなく確認として進めることで、シャロンも少し息ができるようになりました。

フローラの観察報告の範囲も、まだまだ確認事項のようです。

次回もよろしくお願いします。

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