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元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


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第71話 答えではなく、確認表にします

読みに来てくださりありがとうございます。

今回はグランフェル家側で、条件整理の形を見直すお話です。

シャロンの「答えではなく印」を受けて、セドリックも確認表として向き合います。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

 シャロン嬢からの手紙を読んだセドリックは、小書斎の机に置かれた条件整理の書類を見下ろした。


 婚約後の社交の範囲。

 面会の形。

 婚姻後の住まい。


 シャロン嬢は、その三つにまず印をつけたという。


 答えではなく、印。


 その表現を読んだ時、セドリックは静かに息を吐いた。


 とても彼女らしい。

 そして、今の二人に必要な形でもあった。


 すぐに答えを出そうとすれば、きっと硬くなる。

 けれど、気になる場所に印をつけるだけなら、息ができる。


「ノエルの記録表方式、か」


 思わず呟くと、机の横に置いていた雨の日用の記録表が目に入った。


 地図に印。

 理由がわかれば短く。

 無理に全部を書かない。


 市の記録表が、縁談の条件整理にも役立つとは思わなかった。


 だが、考えてみれば同じなのかもしれない。


 すぐに断定しない。

 現地を見る。

 使う人の負担を考える。

 必要なところから確かめる。


 それは、市でも、人でも、きっと変わらない。


 セドリックは条件整理の書類を一枚取り、新しく見出しを書いた。


 決定事項。


 そう書きかけて、手を止める。


 違う。


 今はまだ、決定事項ではない。


 彼はその文字を丁寧に消し、新しく書き直した。


 確認事項。


 その方がいい。


 シャロン嬢を急がせないためにも。

 自分たちが勝手に決めた形へ押し込まないためにも。


 小サロンへ向かうと、父ギルバートと母アメリアが揃っていた。


 セドリックは新しく書き直した紙を二人の前に置いた。


「父上、母上。条件整理の書き方を少し変えたいと思います」


 ギルバートが紙を見る。


「決定事項ではなく、確認事項か」


「はい。今の段階で決める形にすると、シャロン嬢にとって重くなりすぎると思います」


 アメリアが柔らかく微笑んだ。


「良いと思うわ」


「シャロン嬢は、気になる項目に印をつけたそうです。婚約後の社交、面会の形、婚姻後の住まいです」


「当然の項目ね」


 アメリアが頷く。


「その三つは、本人の負担に直結するもの」


「はい」


 ギルバートは紙を見ながら言った。


「なら、こちらから出す案も一つにするな」


「複数案を用意する、ということですか」


「そうだ。社交なら、最初は小規模な茶会を中心にする案。婚約披露後は必要な夜会だけに絞る案。家族同伴を多めにする案」


「はい」


「面会も同じだ。正式な訪問だけでなく、家族同席の茶、庭での短い時間、手紙の継続。選べる形を作る」


 セドリックは頷いた。


 父の言葉は実務的だ。

 だが、そこには確かにシャロン嬢への配慮がある。


「住まいについては、急いで決めるべきではない」


 ギルバートは続けた。


「婚姻後すぐにハイレン領へ移るのか、王都を中心にするのか、季節で行き来するのか。お前の騎士団での務めもある。ベルフォール家との距離もある。簡単には決められん」


「承知しています」


「だから、今は選択肢として並べるだけでよい」


「はい」


 アメリアが茶を置きながら言った。


「それから、シャロン嬢に『選ばなければならない』と思わせないことね」


「選ばなければならない」


「ええ。選択肢を並べると、真面目な方ほど、すぐ正解を出そうとなさるわ」


 セドリックは苦笑した。


「その姿は、想像できます」


「でしょう?」


 母は楽しそうに目を細めた。


「だから、これは正解を選ぶ場ではなく、苦しくない形を探すためのものだと伝えてあげて」


「そうします」


 その時、ノエルが小サロンへ入ってきた。


 手には、新しい雨の日用の記録表がある。


「兄上、少しよろしいでしょうか」


「ああ」


「管理人から、南門周辺の地図に印をつけるだけなら、荷受けの者にも頼みやすいと返事がありました」


「良かったな」


「はい」


 ノエルは少し嬉しそうだった。


「最初から細かくしすぎなくて、よかったです」


「その考え方が、今こちらでも役立っている」


「こちらでも?」


 ノエルが不思議そうに首を傾げる。


 セドリックは条件整理の紙を見せた。


「シャロン嬢が、縁談の条件整理について、答えではなく印をつけたそうだ」


「印」


「お前の記録表方式だそうだ」


 ノエルは目を丸くした。


「私の?」


「そう書いてくださっていた」


 ノエルはしばらく黙った。


 それから、少し照れたように視線を落とす。


「……それは、早すぎない範囲で、とても嬉しいです」


「また少し表現が育ったな」


「育っていますか」


「ああ」


 エミリアがそこへ入ってきて、笑いながら言った。


「ノエル、その表現はフローラ様にも報告したいです」


「なぜフローラ嬢に」


「必要な報告です」


 セドリックは妹を見る。


「エミリア」


「はい」


「フローラ嬢への手紙に、何を報告している」


「本と地図と橋の話です」


「それ以外は」


「必要な範囲で」


「その必要な範囲とは」


「静かな範囲です」


 セドリックは目を細めた。


 ついに新しい言葉が出てきた。


「静かな範囲」


「はい」


「それは何だ」


「騒がしくない範囲です」


「説明になっていない」


 エミリアは淑やかに微笑んだ。


「兄様、文通とは、多少の余白があるものです」


「その余白に何が入っている」


「本と地図と橋です」


「戻ったな」


 アメリアが横で楽しそうに笑っている。


「セドリック、あまり問い詰めないの」


「ですが」


「フローラ嬢も楽しんでいるのでしょう?」


「そのようです」


「なら、礼を失していない限り、見守りなさい」


「……はい」


 見守る。


 最近、自分はそればかりだ。


 待つ。

 止める。

 下がりすぎない。

 見守る。


 どれも簡単ではない。


 エミリアは満足そうに席につき、便箋を取り出した。


「フローラ様からは、条件整理についても一言ありました」


「条件整理?」


「はい。『姉は、条件が並ぶと自分が消える感覚を少し恐れるようです。ですが、今回は印をつけるという形で息をしていました』と」


 セドリックは言葉を失った。


 フローラ嬢は、本当によく見ている。


 そして、かなり的確だ。


「……それは、シャロン嬢に許可を取って書いているのか」


 セドリックが尋ねると、エミリアは少しだけ視線を逸らした。


「おそらく、完全には」


「エミリア」


「ですが、悪意はありません」


「それはわかっている」


「フローラ様も、姉君を心配していらっしゃるのです」


 それもわかる。


 わかるから、難しい。


 セドリックは軽く息を吐いた。


「シャロン嬢は、その観察報告の範囲について確認が必要だと書いてくださっていた」


 エミリアの目が少し揺れた。


「やはり、知られましたか」


「知られるだろう」


「そうですね」


 エミリアは少し考えた後、真面目な顔で頷いた。


「では、フローラ様には、姉君のことを書く時は控えめに、とお返事します」


「そうしてくれ」


「ただし、必要な場合は」


「エミリア」


「はい。控えめにします」


 本当に控えめになるかは怪しい。


 だが、少なくとも本人に悪気はない。


 そして、フローラ嬢にもきっとない。


 ただ、二人の静かな協定らしきものは、思ったよりも順調に育っているらしい。


 協定という言葉をセドリックは知らない。

 知らないが、何かあることは確実だった。


 夜、自室に戻ったセドリックは、シャロン嬢への返事を書き始めた。


 まずは、手紙への礼。


 ――お手紙をありがとうございました。

 ――条件整理について、答えではなく印をつけたと伺い、とても良い形だと思いました。


 続けて、こちらの変更を書く。


 ――こちらでも、条件整理の書類を「決定事項」ではなく「確認事項」としてまとめ直すことにしました。

 ――社交の範囲、面会の形、婚姻後の住まいについても、ひとつの正解を急いで出すのではなく、いくつかの形を並べて確認していければと思っております。


 ここは大事だ。


 セドリックは一度筆を止め、言葉を選ぶ。


 ――選ばなければならないものではなく、苦しくない形を探すためのものとして扱いたいです。

 ――もし項目が多すぎると感じた時は、遠慮なく印だけにしてください。

 ――答えは、後で構いません。


 これなら伝わるだろうか。


 次に、ノエルのことを書く。


 ――ノエルは、シャロン嬢が雨の日用の記録表方式と書いてくださったことを、早すぎない範囲でとても喜んでおります。

 ――表現がまた少し育ちました。

 ――管理人からも、印をつける方式なら使いやすいと返事がありました。


 そして、エミリアとフローラのこと。


 ここは少し迷った。


 だが、書かないのも違う。


 ――フローラ嬢とエミリアの文通について、観察報告の範囲に確認が必要とのお言葉、もっともだと思います。

 ――エミリアには、フローラ嬢がシャロン嬢について書く時は控えめに、と伝えました。

 ――ただし、二人とも悪いことをしているつもりはなさそうです。


 書いてから、少し笑ってしまった。


 これはほとんど兄姉からの報告書だ。


 最後に追伸を書く。


 ――再審査候補たちは、引き続き静かに待機中です。

 ――母が「待機中にも成長は必要」と申しましたが、今回は深追いしないことにしました。


 書き終えて、セドリックは便箋を読み返した。


 答えではなく、確認表にします。


 条件は必要だ。

 手順も必要だ。


 けれど、それは人を消すためではなく、守るためにある。


 シャロン嬢が条件の中で消えてしまわないように。

 そして、自分も焦って答えを作りすぎないように。


 セドリックは丁寧に封を閉じた。


 明日からは、確認表を作る。


 決めるためだけではなく、二人で息をする場所を探すために。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

条件整理も、決定ではなく確認から始める形になりました。

エミリアとフローラの文通も、少しずつ兄姉に怪しまれています。

次回もよろしくお願いします。

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