表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/86

第70話 条件の中でも、私は消えません

読みに来てくださりありがとうございます。

今回はベルフォール家側で、正式な条件整理に向き合うお話です。

硬い書類の中でも、シャロン自身が消えないよう少しずつ確認していきます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

 セドリック様からの手紙が届いた時、私は父の書斎にいた。


 正式な席の後、両家で今後の手順を整理することになったため、父から簡単な説明を受けていたのだ。


 婚約を正式に打診するまでに確認すること。

 婚約後の社交の範囲。

 王都と領地の往来。

 婚姻後の住まい。

 持参金や贈り物。

 両家の訪問頻度。


 並んだ項目を見ていると、自然と背筋が伸びる。


 必要なことだ。

 それはわかっている。


 けれど、紙の上に文字として並ぶと、やはり少し硬い。


 縁談が、手順になる。

 気持ちが、条件の間に挟まる。


 そう感じた瞬間、胸の奥が少しだけ冷えた。


「シャロン」


 父が私を見る。


「顔に出ている」


「……すみません」


「謝ることではない」


 父は机の上の書類を軽く整えた。


「これは、お前を縛るためのものではない」


「はい」


「後で困らないように、先に確認するためのものだ」


 私は頷いた。


 わかっている。


 わかっているのに、少し身構えてしまう。


 その時、侍女が手紙を届けてくれた。


「グランフェル伯爵家より、シャロンお嬢様宛てでございます」


 封筒を受け取った瞬間、私の肩の力が少しだけ抜けた。


 父がそれを見て、ほんの少し目を細める。


「先に読みなさい」


「よろしいのですか」


「ああ。今の話に関係するかもしれない」


 私は封を切った。


 セドリック様の文字は、いつも通り丁寧だった。


 まず、私の「少し大丈夫」を、訂正ではなく肯定として受け取ると書かれていた。


 ――大丈夫と言い切れないことも、少し大丈夫だったことも、どちらもそのまま受け取りたいと思います。


 私はその一文を、何度も読んだ。


 どちらも、そのまま。


 大丈夫と言い切れない私も。

 少し大丈夫だった私も。


 どちらも否定されない。


 そのことに、静かに息がしやすくなる。


 続きには、今後の手順について父君と整理を始めていることが書かれていた。


 条件や確認事項が増えると硬い話になる。

 けれど、そのために私自身が見えなくならないよう気をつける。


 その一文で、私は手紙を持つ指に少し力を込めた。


 条件の中で、私が消えないように。


 そう書いてくださったわけではない。

 けれど、私にはそう読めた。


「……お父様」


「何だ」


「セドリック様も、条件の話が硬くなることを気にしてくださっているようです」


「そうか」


「私自身が見えなくならないよう、気をつけると」


 父は静かに頷いた。


「よい言葉だ」


「はい」


 私はさらに読み進める。


 婚約後の面会や社交の範囲など、私自身に関わることは勝手に決めず、必ず確認したいこと。

 一度に多くを尋ねると確認事項が増えすぎるので、順に進めたいこと。


 最後の一文で、思わず少し笑ってしまった。


「何か面白いことでも?」


「確認事項が増えすぎるので、順に、と書かれています」


 父の口元が、ほんの少し緩んだ。


「それは、お前にも相手にも必要な言葉だな」


「否定できません」


 セドリック様は、私をよく見ている。


 それだけではない。

 自分も同じように気をつけようとしている。


 それが、少しおかしくて、少し嬉しい。


 ノエル様の記録表についても書かれていた。


 管理人に試験的に渡され、次の雨の日に南門周辺で使ってみること。

 ノエル様が、使う人が直した方が良いものになると言ったこと。


「ノエル様、また一歩進まれたようです」


「記録表の件か」


「はい。使う人が直した方が良いものになる、と」


「良い考えだ」


 父は頷いた。


「書類も同じだな」


「書類も?」


「使う者、関わる者がきちんと見なければ、形だけ整っても意味がない」


 私は父の言葉に、少しだけ目を伏せた。


 この条件整理も、そうなのだろう。


 家同士の書類だからといって、私がただ受け取るだけではない。

 関わる者として、見てよい。


 そして、必要なら言ってよい。


「では、今の書類も」


「ああ」


 父は机の上の項目を指した。


「今日は全部を決めない。まず、お前が気になった項目に印をつけなさい」


「印」


「答えではなく、気になる印だ」


 私は少し驚いた。


 それは、ノエル様の雨の日用の記録表に似ている。


 すべてを書き込むのではなく、まず印を残す。

 後で、必要なところを確かめる。


「……わかりました」


 私は紙を見下ろした。


 婚約後の面会。

 社交の範囲。

 王都とハイレン領の往来。

 婚姻後の住まい。


 すぐに答えを出そうとすると、息が詰まる。

 けれど、気になるところに印をつけるだけなら、少しできる。


 まず、社交の範囲に印をつけた。


 次に、婚約後の面会。

 それから、婚姻後の住まい。


 父は何も言わず、ただ見ていた。


「理由は、今言えるか」


「少しなら」


「言いなさい」


 私はゆっくり口を開いた。


「社交については、婚約後に急に多くの場へ出ることになると、少し不安です。正式な婚約となれば必要なのはわかりますが、段階があると助かります」


「わかった」


「面会については……セドリック様と話す時間は、必要だと思います。ただ、毎回正式な形だと緊張が抜けない気がします」


「茶会や庭の時間も含めるか」


「はい」


 言ってから、少し顔が熱くなる。


 父はそこには触れなかった。


「住まいは?」


「ハイレン領は、また行きたいと思っています。ですが、婚姻後にどこを主にするのかは、まだ想像がつきません。王都での暮らしも、ハイレン領での暮らしも、私にはわからないことが多いので」


 父は頷いた。


「なら、そのまま確認事項だ」


「はい」


「今日の答えは、それで十分だ」


 私は小さく息を吐いた。


 十分。


 そう言われるだけで、かなり楽になる。


 書斎を出た後、小サロンへ向かうと、リディアとフローラが待っていた。


「お姉様、書類はどうでしたか?」


 リディアがすぐに尋ねる。


「かなり硬かったわ」


「やっぱり」


「でも、全部を決めるのではなく、気になるところに印をつけることになったの」


 フローラが静かに頷いた。


「雨の日の記録表方式ですね」


「そう言われると、確かにそうね」


「良い方法だと思います」


「あなた、淡々と評価するわね」


「必要事項です」


 リディアは少し不安そうに私を見る。


「怖くなりましたか?」


「少し」


「でも?」


「少し、大丈夫」


 言ってから、私は自分で少し笑った。


 また、少し。


 けれど今は、それでいい。


 リディアは嬉しそうに笑った。


「では、今日は少し大丈夫記念ですね」


「記念にしないで」


「お茶のお菓子を一つ増やす程度なら」


「あなたが食べたいだけでしょう」


「半分くらいは」


「残り半分は?」


「お姉様を励ます気持ちです」


「便利な半分ね」


 小サロンに笑いが広がった。


 その横で、フローラがエミリア様からの手紙を閉じた。


 少しだけ、満足そうな顔をしている。


「フローラ」


「はい」


「エミリア様から、また本と地図と橋?」


「はい」


「それだけ?」


「主に」


「主に」


「正式な席についても、一文だけ」


 私は眉を上げた。


「何と?」


「お姉様が少し息をしやすそうだったと、以前私が書いたことへのお返事です」


「あなた、そんなことを書いたの?」


「はい」


「エミリア様に?」


「はい」


「……フローラ」


「事実でしたので」


 堂々としている。


 私は少し頭を抱えたくなった。


「そういう観察を、勝手に書かないでほしいのだけれど」


「悪口ではありません」


「そういう問題ではないわ」


「では、次から表現を調整します」


「書かないという選択肢は?」


「必要な場合は書きます」


「必要な場合って何?」


「静かな範囲です」


「何、その範囲」


 フローラは涼しい顔で茶を飲んだ。


 怪しい。


 とても怪しい。


 けれど、今は追及しても無駄だろう。


 文通は公認。

 ただし、どうやら私の知らないところで、少し観察報告が混ざっているらしい。


 覚えておく。


 母が小サロンへ入り、私たちの様子を見て微笑んだ。


「賑やかね」


「フローラが、私の様子をエミリア様に書いていました」


「あら」


 母は少し驚いた後、楽しそうにフローラを見る。


「どんなふうに?」


「正式な席の後、姉が少し息をしやすそうでした、と」


「それは良い観察ね」


「お母様」


「だって、本当でしょう?」


「……本当ではあります」


「なら、悪いことではないわ」


 母はそう言ってから、私に視線を戻す。


「けれど、シャロンが恥ずかしいなら、少し控えめにしてあげてね」


「はい」


 フローラは素直に頷いた。


 たぶん、完全には控えない。

 そういう顔だった。


 夜、自室で、私はセドリック様への返事を書いた。


 条件整理の書類は、机の端に置いてある。

 いくつか印をつけた紙。


 それを見ながら、筆を取る。


 ――お手紙をありがとうございました。

 ――少し大丈夫だったことを、肯定として受け取ってくださりありがとうございます。


 まず、そこから。


 ――大丈夫と言い切れないことも、少し大丈夫だったことも、どちらもそのまま受け取ると書いてくださったことに、安心しました。

 ――私はまだ、自分の気持ちを大きく断言するのは得意ではありません。

 ――ですので、「少し」を見落とされないことが、ありがたいです。


 書いてから、少しだけ照れくさくなる。


 けれど、消さなかった。


 次に、条件整理のことを書く。


 ――本日、父と今後の条件整理の項目を確認しました。

 ――婚約後の社交の範囲、面会の形、婚姻後の住まいについて、まず気になる印をつけました。

 ――答えではなく印です。

 ――ノエル様の雨の日用の記録表方式だと思うと、少し息がしやすくなりました。


 この表現なら、きっと伝わる。


 さらに続けた。


 ――条件や手順が必要であることは理解しています。

 ――ですが、その中で私自身が見えなくならないよう気をつけると書いてくださったことは、とても心強かったです。

 ――私も、自分が関わる者として、きちんと見ていきたいと思います。


 ノエル様への言葉も添える。


 ――ノエル様が、使う人が直した方が良いものになると仰ったこと、とても良い変化だと思いました。

 ――記録表だけでなく、私も少し見習いたいです。


 そして、フローラのこと。


 少し迷ったが、書くことにした。


 ――フローラが、正式な席の後の私についてエミリア様へ書いていたことを知りました。

 ――少し恥ずかしいですが、事実ではあります。

 ――ただし、姉としては今後の観察報告の範囲について、確認が必要だと感じております。


 最後に追伸。


 ――再審査候補たちの待機状況については、アメリア様の観察が必要そうですね。

 ――こちらでは、リディアの公平な心が待機できるかどうかも観察事項です。


 書き終えると、私は便箋を読み返した。


 条件の中でも、私は消えません。


 そう断言するには、まだ少し早いかもしれない。


 けれど、消えないように見てくれる人がいる。

 私自身も、消えないように印をつけることができる。


 それなら、硬い書類の前でも、少し息ができる。


 私は丁寧に便箋を畳み、封をした。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

条件整理は少し重いですが、答えではなく印をつけるところから始まりました。

フローラとエミリアの文通も、少し怪しい方向に育っています。

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ