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元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


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第69話 訂正ではなく、肯定として受け取ります

読みに来てくださりありがとうございます。

今回はグランフェル家側のお話です。

シャロンの「少し大丈夫」を、セドリックが肯定として受け取ります。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

 シャロン嬢からの手紙を読んだセドリックは、便箋の最後の方で静かに息を止めた。


 ――見間違いではありません。

 ――大丈夫と言い切るほどではありませんでしたが、少し大丈夫でした。

 ――訂正ではなく、肯定としてお受け取りください。


 何度読んでも、同じ言葉だった。


 訂正ではなく、肯定。


 いかにもシャロン嬢らしい。

 少し硬くて、慎重で、けれど逃げていない。


 あの応接室で、彼女が小さく頷いた時。

 大丈夫ですか、と口に出さずに尋ねたつもりだった。

 彼女も、声にはしなかった。


 けれど、確かに返してくれていたのだ。


 少し大丈夫。


 その「少し」が、セドリックにはとても大きく思えた。


「……肯定として、受け取ります」


 小さく呟くと、胸の奥が温かくなる。


 大丈夫と言い切れないことを、彼女は恥じなかった。

 少しだけ大丈夫だったことを、なかったことにしなかった。


 それを手紙に書いてくれた。


 その勇気を、軽く扱うわけにはいかない。


「兄様」


 扉の外からエミリアの声がした。


「今、よろしいですか?」


「ああ」


 入ってきたエミリアは、セドリックの顔を見てすぐに微笑んだ。


「シャロン様からですね」


「最近、確認する必要があるのか」


「一応、礼儀として」


「そうか」


 セドリックは便箋を丁寧に畳んだ。


「正式な席の最後に、少し大丈夫だと頷いてくださったように見えたと書いたのだが」


「はい」


「見間違いではないそうだ。訂正ではなく、肯定として受け取ってほしい、と」


 エミリアの表情が、ふわりと柔らかくなる。


「シャロン様らしいお返事ですね」


「ああ」


「でも、とても素敵です」


「そうだな」


 セドリックは素直に頷いた。


 エミリアは少し考えてから言う。


「少し大丈夫、という言葉を大事にできるのは、兄様の良いところだと思います」


「そうか」


「はい。急いで全部大丈夫にしようとなさらないところが」


 その言葉は、胸に残った。


 全部大丈夫にしようとしない。


 確かに、そうでありたいと思う。


 怖さを消すことではなく、怖さがあっても息ができる場所を作ること。

 今の自分にできるのは、きっとそれなのだ。


 小サロンへ向かうと、父ギルバートが書類を広げていた。


 正式な席の後に整理すべき事柄だ。


 今後の面会回数。

 婚約を打診するまでの手順。

 婚約後の社交の範囲。

 婚姻後の居住。

 持参金や贈与品。

 ベルフォール家との往来。

 ハイレン領と王都での暮らし方。


 文字にすると、途端に冷たく見える。


 条件。

 手順。

 確認事項。


 必要なものだとわかっている。

 けれど、その中にシャロン嬢の顔が埋もれてしまうようで、セドリックは少し眉を寄せた。


 ギルバートが顔を上げる。


「どうした」


「いえ」


「顔に出ているぞ」


「……条件を整理することは必要だと理解しています。ですが、こうして項目だけを見ると、どうしても硬く感じます」


 ギルバートは短く頷いた。


「硬いものだ」


「はい」


「だが、硬いものを避ければよいわけではない」


「承知しています」


「条件を曖昧にすると、後で人を傷つける。だから整理する」


 父の声は静かだった。


「ただし、条件のために人を消すな」


 セドリックは顔を上げた。


 ギルバートは書類の上に指を置く。


「ここに書くのは手順だ。だが、手順は本人たちを守るためにある。家の都合だけを通すためではない」


「はい」


「お前がそこを間違えなければよい」


 セドリックは深く頷いた。


「間違えないようにします」


「間違えたら正せ」


「はい」


 母アメリアが茶を運ばせながら、穏やかに口を挟んだ。


「シャロン嬢は、きっとこの手の書類を見ると頑張りすぎてしまうわね」


「そう思います」


「なら、見せる時には、全部を一度に渡さない方がいいわ」


 実務的な助言だった。


 セドリックはすぐに頷く。


「はい。必要なところから、順に」


「そして、本人に関わるところは本人にも聞くこと」


「はい」


「例えば、婚約後の面会や社交の範囲。周囲は『普通はこう』と言うでしょうけれど、シャロン嬢にとって無理がない形を確認した方がいいわ」


「そうします」


 アメリアは微笑んだ。


「それから、リディア嬢とフローラ嬢との時間もね」


「妹君たちですか」


「ええ。シャロン嬢は、自分のことだけなら我慢してしまうかもしれないけれど、妹君たちのことなら言いやすいでしょう?」


 なるほど、と思った。


 母はやはりよく見ている。


 シャロン嬢は自分の望みを後回しにすることがある。

 だが、妹たちのことなら比較的言葉にしやすい。


 そこから、彼女自身の望みも少し見えてくるかもしれない。


「参考にします」


「ええ」


 そこへ、ノエルが控えめに入ってきた。


「父上、兄上。雨の日用の記録表について、管理人から返事がありました」


「何と?」


 ギルバートが尋ねる。


「試しに次の雨の日、市の南門周辺で印をつけてみるそうです。ただ、最初は管理人一人ではなく、荷受けの者にも聞き取りをするとのことです」


「よい」


 ギルバートは頷いた。


「現場に任せなさい。お前が全部決める必要はない」


「はい」


 ノエルは少しだけ照れたように紙を見下ろす。


「以前なら、私が表を完成させなければと思ったかもしれません」


「今は?」


「使う人が直した方が、良いものになると思います」


「そうだ」


 ギルバートの短い肯定に、ノエルの表情が明るくなった。


 セドリックはその様子を見ながら、シャロン嬢の影響がここにもあると思った。


 無理なく続ける。

 使う人の負担を考える。

 根拠のない断定はしない。


 彼女の言葉が、グランフェル家の中にも少しずつ残っている。


 エミリアも便箋を持って小サロンへ入ってきた。


「フローラ様からのお返事が来ました」


「早いな」


 セドリックが言うと、エミリアは少し得意げに頷いた。


「今回は、正式な席の感想も一文だけありました」


「フローラ嬢が?」


「はい。『正式な席が無事に終わり、姉が少し息をしやすそうでした』と」


 セドリックは一瞬、言葉を失った。


 フローラ嬢は、やはりよく見ている。


 シャロン嬢が少し息をしやすそうだった。

 妹から見ても、そう見えたのなら。


 それは嬉しいことだった。


「そうか」


「はい」


 エミリアは大切そうに便箋を胸元に寄せる。


「それから、本と地図と橋の話もあります」


「そちらが本題か」


「どちらも本題です」


「何枚だ」


「本文は二枚です」


「別紙は」


「一枚です」


「やはり三枚では」


「内容上、必要でした」


 セドリックは軽く息を吐いた。


 必要な報告は以上です、という言葉が来る前に、追及をやめることにした。


 夜、自室に戻ったセドリックは、シャロン嬢への返事を書いた。


 正式な席の後から、少しずつ話が現実になっていく。


 書類。

 条件。

 手順。


 それらを避けることはできない。


 だが、その中に彼女を閉じ込めないようにしたい。


 ――お手紙をありがとうございました。

 ――少し大丈夫だったことを、訂正ではなく肯定として受け取ってよいと書いてくださったこと、大切に拝読しました。


 そこまで書いて、一度筆を止める。


 大切に、という言葉ばかり使っている気がする。

 けれど、他の言葉では足りない。


 続けた。


 ――では、正式に肯定として受け取ります。

 ――大丈夫と言い切れないことも、少し大丈夫だったことも、どちらもそのまま受け取りたいと思います。


 少し踏み込んだかもしれない。


 だが、今はこれを書きたかった。


 次に、条件整理の話を書く。


 ――今後の手順について、父と少しずつ整理を始めております。

 ――条件や確認事項が増えていくと、どうしても硬い話になります。

 ――ですが、そのためにシャロン嬢ご自身が見えなくなることのないよう、気をつけます。


 さらに、母の助言も少し添える。


 ――婚約後の面会や社交の範囲など、シャロン嬢ご自身に関わることについては、こちらで勝手に決めず、必ず確認したいと思っております。

 ――一度に多くをお尋ねすると確認事項が増えすぎますので、順に。


 書いてから、少し笑う。


 確認事項が増えすぎますので。


 これは彼女にも自分にも必要な注意だ。


 ノエルのことも書く。


 ――ノエルの雨の日用の記録表は、管理人へ試験的に渡されることになりました。

 ――本人は、使う人が直した方が良いものになると申しております。

 ――良い変化だと感じています。


 エミリアとフローラのことも、少しだけ。


 ――エミリアは、フローラ嬢からのお返事を大変喜んでおります。

 ――フローラ嬢が、正式な席の後のシャロン嬢について「少し息をしやすそうでした」と書いてくださったそうです。

 ――妹君からもそう見えたのなら、私も嬉しく思います。


 最後に追伸。


 ――再審査の候補たちは、今のところ静かに待機しております。

 ――ただし、母が待機という言葉をどの程度厳密に守るかは、今後の観察事項です。


 書き終えて、セドリックは便箋を読み返した。


 訂正ではなく、肯定として受け取ります。


 少し大丈夫。

 少し怖い。

 少し息がしやすい。


 その小さな言葉たちが、正式な条件や書類の中で消えてしまわないように。


 セドリックは丁寧に封を閉じた。


 これから進む話は、きっと少しずつ重くなる。


 だからこそ、彼女の「少し」を見失わずにいたかった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

正式な条件整理が始まりましたが、その中でシャロン本人を見失わないように進めていきます。

ノエルやエミリアの方も、少しずつ変化が続いています。

次回もよろしくお願いします。

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