第7話 審査延長の結果、手紙が届きました
読みに来てくださりありがとうございます。
今回はお見合い後のシャロンと、ベルフォール家の妹たちとのやり取りが中心です。
少し賑やかな回を楽しんでいただけたら嬉しいです。
お見合いを終えて屋敷へ戻ると、リディアが玄関広間で待ち構えていた。
待っていた、というより、獲物を見つけた猫のような顔をしていた。
「お姉様!」
「その勢いで来ると、淑女ではなく突撃兵に見えるわよ」
「今は淑女より妹です!」
「便利な分類ね」
リディアは私の手を取ると、そのまま応接室へ引っ張っていこうとした。
「さあ、聞かせてください! お見合いはどうでしたか? 騎士様は素敵でしたか? 優しかったですか? 変なこと言いませんでしたか?」
「質問が多いわ」
「厳選してこれです」
「もっと削りなさい」
応接室に入ると、すでにフローラが本を開いて座っていた。
ただし、栞の位置がまったく進んでいない。
「フローラ」
「はい」
「あなたも待っていたの?」
「偶然です」
「その本、さっきから同じページね」
「偶然です」
「便利ね、偶然」
フローラは静かに本を閉じた。
「お姉様が帰ってきたので、読む必要がなくなりました」
「私を娯楽本扱いしないでちょうだい」
「観察対象です」
「もっと嫌よ」
リディアが私を長椅子に座らせ、自分は向かいに腰を下ろした。
フローラも当然のように隣へ移動してくる。
逃げ道がない。
お見合いより、この妹たちの包囲網の方が厄介かもしれない。
「それで、お姉様」
リディアが目を輝かせる。
「セドリック様は、どんな方でした?」
どんな方。
その問いに、私はすぐ答えようとして、少しだけ言葉を探した。
穏やか。
誠実。
正直。
少し律儀すぎる。
それから、蜂蜜の焼き菓子が好き。
最後の情報だけ急に庶民的だ。
「悪い方ではなかったわ」
「お姉様の『悪い方ではない』は、かなり高評価ですね」
フローラが即座に言った。
「そうなの?」
リディアが首をかしげる。
「お姉様は本当に嫌な方には『興味深い方ね』と言います」
「興味深い方、便利なのに」
「便利すぎて毒です」
私は扇を開いた。
「とにかく、誤魔化しは少ない方だったわ。こちらの質問にも、逃げずに答えたもの」
「どんな質問をしたんですか?」
「私が跡継ぎでなくなったことを知っているか。婚約解消の理由を知っているか。私を娶ることで、何の得があるのかよ」
リディアが目を丸くした。
「お姉様、それ、お見合いで聞く質問ですか?」
「お見合いだから聞いたのよ」
「普通はもっと、好きな花とか、音楽とか、休日の過ごし方とか……」
「相手の好きな花を知ったところで、婚姻の判断材料としては弱いわ」
「情緒!」
リディアが嘆くように言った。
「お姉様、情緒を忘れています!」
「情緒で四年の婚約が守れたなら、今ごろ私は大変な詩人になっていたでしょうね」
「それは……そうかもしれませんけど」
リディアは口を尖らせた。
フローラは静かに頷く。
「私は、お姉様の確認は必要だったと思います」
「あら、味方?」
「味方というより、現実です。お姉様は今、綺麗な言葉を信じるには少し痛い目に遭いすぎています」
その言い方は淡々としていた。
けれど、刺さるほど正しい。
私は扇の影で、少しだけ息を吐いた。
「それで、セドリック様は何と?」
フローラが尋ねる。
「私を可哀想な令嬢として救いたいわけではない、と」
リディアの表情がぱっと明るくなった。
「まあ!」
「喜ぶところかしら」
「だって、お姉様、可哀想扱いされるの嫌いでしょう?」
「好きな人は少ないと思うけれど」
「でも、お姉様は特に嫌いです」
否定はできなかった。
誰かに同情されるたび、胸の奥が固くなる。
可哀想だと決められた瞬間、自分が小さな箱に押し込められるような気がする。
私は、可哀想な人になりたいわけではない。
傷ついていても。
居場所を見失っていても。
それだけで終わりたくはない。
「彼は、まだ私のことを多くは知らないと言ったわ」
「正直ですね」
フローラが言う。
「ええ。取り繕う気はなさそうだった」
「それで?」
「知らないから知りたい、と」
言った途端、リディアが両手で口元を押さえた。
「きゃあ」
「今のどこに悲鳴を上げる要素があったの」
「あります! とてもあります!」
「私には見当たらないわ」
「お姉様、そこです。そこが問題です」
リディアは真剣な顔になった。
「知らないから知りたいって、すごく素敵じゃないですか!」
「そうなの?」
「そうです!」
リディアは力強く頷いた。
私はフローラを見る。
フローラは少し考えてから言った。
「少なくとも、知ったふりをする殿方よりは信用できます」
「それはそうね」
「それに、お姉様は評価されることには慣れていますが、知りたいと言われることには慣れていません」
私は黙った。
この妹は、時々本当に容赦がない。
「……あなた、もう少し姉を労わろうとは思わないの?」
「労わっています。遠回しにすると伝わらないので、直線で」
「矢文みたいな労わりね」
リディアがくすくす笑った。
その笑い声を聞いていると、少しだけ肩の力が抜ける。
お見合いの間、私はずっと警戒していた。
言葉を選び、相手の反応を見て、少しでも哀れみや打算が見えたら切り捨てるつもりでいた。
けれど、セドリック・グランフェルは思ったより手強かった。
優しげなのに、曖昧ではない。
穏やかなのに、譲らないところがある。
そして、焼き菓子を前にすると少しだけ目が動く。
……なぜ、そこを思い出すのかしら。
「お姉様?」
リディアがこちらを覗き込んだ。
「今、少し笑いました?」
「笑っていないわ」
「笑いました」
「見間違いよ」
「フローラ、見ましたよね?」
「はい。口角が二ミリほど上がりました」
「測らないで」
私は扇で口元を隠した。
まったく油断ならない妹たちだ。
「それで、お姉様」
リディアが身を乗り出す。
「もう一度お会いするんですか?」
「ええ。そのくらいなら構わないと言ったわ」
「そのくらい!」
リディアが胸を押さえた。
「お姉様らしい言い方ですけど、もう少し可愛く言ってもよかったのでは?」
「では何と?」
「またお話しできたら嬉しいです、とか」
「無理ね」
「即答!」
「虚偽申告は減点だと言った手前、私が虚偽申告をするわけにはいかないもの」
リディアがぱちぱちと瞬きをした。
「虚偽申告?」
「ええ」
「お見合いで?」
「お見合いで」
「お姉様……」
リディアは何か言いたげに私を見た後、なぜか嬉しそうに笑った。
「でも、セドリック様はそれで逃げなかったんですよね」
「逃げなかったわね」
「なら、大丈夫な気がします」
「随分と簡単に判断するのね」
「だって、普通の殿方なら、お姉様に虚偽申告は減点ですなんて言われたら、たぶん固まります」
「固まっていたわよ」
「逃げなかったなら合格です」
妹の合格基準が低いのか高いのか、よくわからない。
その時、扉が控えめに叩かれた。
侍女が入ってくる。
「シャロン様。グランフェル伯爵家より、お手紙が届いております」
部屋の空気が、一瞬で変わった。
リディアの目が輝く。
フローラの視線が鋭くなる。
私は平然とした顔で手紙を受け取った。
封蝋には、グランフェル家の紋章。
筆跡は整っていて、無駄がない。
セドリックからだろうか。
そう思った瞬間、なぜか指先が少しだけ緊張した。
「読まないんですか?」
リディアが小声で言う。
「今ここで読む義務はないわ」
「でも読みたいですよね?」
「あなたがね」
「私はとても読みたいです」
「正直でよろしい」
私は封筒を見つめた。
お見合いの後に手紙を送るのは、礼儀として自然なことだ。
深い意味があるとは限らない。
きっと、今日はありがとうございました。
またお話しする機会をいただければ幸いです。
そんな無難な内容だろう。
そう思いながらも、私は封を切った。
中には、丁寧な文面が並んでいた。
今日の礼。
こちらの率直な質問に感謝していること。
次に会う時には、ミルディア領の話を聞かせてほしいということ。
そして最後に、一文。
――先ほどの焼き菓子については、虚偽申告でした。正しくは、好きです。
私は思わず手紙から顔を上げた。
「お姉様?」
リディアが首をかしげる。
「何て書いてあったんですか?」
「……虚偽申告の訂正」
「はい?」
フローラが静かに身を乗り出した。
「興味深いですね」
「その言葉、今は私に使わないで」
私は手紙を折り直した。
困った。
本当に困った。
礼儀正しいだけの手紙なら、どうとでも受け流せた。
甘い言葉なら、警戒できた。
家同士の利を並べられたなら、冷静に判断できた。
けれど、焼き菓子について真面目に虚偽申告を訂正してくる男への対処法など、私は習っていない。
リディアがにやにやしている。
フローラは完全に観察の顔をしている。
私は咳払いをした。
「返事を書きます」
「まあ!」
「礼儀としてよ」
「はいはい、礼儀ですね」
「リディア」
「礼儀です!」
なぜ妹にからかわれなければならないのか。
けれど私は、手紙をもう一度見た。
整った文字の中に、少しだけ不器用な正直さが滲んでいる気がした。
虚偽申告は減点です。
そう言った私に、彼は律儀に訂正してきた。
馬鹿正直。
少し真面目すぎる。
でも、悪くない。
私は便箋を用意させながら、窓の外へ視線を向けた。
夕方の光が庭に落ちている。
まだ、何かが始まったと言うには早い。
ただ、次に会う理由が一つできた。
ミルディア領の話。
そして、焼き菓子の話。
どちらを先に書くべきか迷っている時点で、私も少し調子を崩されているのかもしれなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
セドリックから届いたのは、まさかの虚偽申告訂正の手紙でした。
少しずつですが、二人の距離も次へ進み始めています。
次回もよろしくお願いします。




