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元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


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第66話 斜めの席で、正式な話を聞きます

読みに来てくださりありがとうございます。

今回はベルフォール家での正式な席のお話です。

シャロンが緊張しながらも、自分の言葉で意思を伝えます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

 その日の朝、私はいつもより早く目が覚めた。


 窓の外はよく晴れている。

 正式な席には、少し明るすぎるくらいの空だった。


 支度をしながら、何度も深呼吸をする。


 濃い青のドレス。

 飾りは控えめに。

 けれど、控えめにしすぎないように。


 母と相談した通り、胸元には小さな銀の飾りを添えた。

 鏡の中の私は、思ったよりもきちんとして見える。


 それが少し心強くて、少しだけ怖い。


「お姉様」


 部屋の扉が開き、リディアが顔を出した。


「準備、できましたか?」


「ええ」


「とても綺麗です」


「今日は素直ね」


「今日は特別なので」


 リディアはそう言って、少しだけ目元を赤くした。


「泣かないで」


「まだ泣いていません」


「まだ、なのね」


 その後ろから、フローラも静かに入ってきた。


「お姉様、青がよくお似合いです」


「ありがとう」


「硬すぎず、軽すぎず、良い加減です」


「評価が実務的ね」


「必要事項です」


 私は少し笑った。


 その笑いで、胸の奥の緊張がほんの少しほどける。


 応接室へ向かう前、母が廊下で待っていた。


 母は私を見ると、柔らかく微笑む。


「よく似合っているわ」


「ありがとうございます」


「緊張している?」


「……はい」


 今度は、すぐに認めた。


 母は満足そうに頷く。


「それでいいの。緊張していないふりをする場ではないわ」


「はい」


「怖くなったら、私かお父様を見なさい。言葉にできなくても、少しはわかるから」


「……はい」


 全部を一人で整えなくていい。


 そう思うだけで、少し足が前に出る。


 応接室は、昨日確認した通りに整えられていた。


 私の席は、父母の近くで、けれどセドリック様と真正面にはならない位置。


 斜めの席。


 面接ではないから。


 自分でそう決めたことを思い出し、私は静かに椅子へ腰を下ろした。


 ほどなくして、グランフェル伯爵家の馬車が到着したと知らせが入る。


 父が立ち上がった。


「迎えよう」


「はい」


 玄関前に出ると、グランフェル伯爵ギルバート様、アメリア様、そしてセドリック様が馬車から降りられた。


 セドリック様は落ち着いた礼装を身につけている。

 いつもより少し硬い表情だった。


 けれど、私と目が合うと、ほんの少しだけ表情が和らいだ。


 その変化に、胸が静かに揺れる。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 ギルバート様が父へ礼を取る。


 父も丁寧に返した。


「こちらこそ、お越しいただきありがとうございます」


 形式通りの挨拶が交わされる。


 けれど、そこに冷たさはなかった。


 アメリア様は母へ挨拶した後、私を見て柔らかく微笑んだ。


「シャロン嬢、本日はよろしくお願いいたします」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 私が礼を取ると、アメリア様の目が少しだけ細められた。


「青のお召し物、とてもお似合いです」


「ありがとうございます」


 素直に礼を言えた。


 少し前の私なら、社交辞令としてだけ受け取っていただろう。

 今は、少し嬉しいと思える。


 セドリック様が一歩前へ出た。


「シャロン嬢」


「はい」


「本日は、よろしくお願いいたします」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 そこで一度、言葉が止まる。


 正式な場だ。

 余計なことは言わない方がいい。


 そう思ったのに、セドリック様が少しだけ声を落とした。


「斜めの席、ありがとうございます」


 私は思わず瞬いた。


「今、言うことですか」


「今、少しだけ言いたくなりました」


「……少しなら許容範囲です」


 セドリック様の口元が、わずかに緩む。


 私も、ほんの少しだけ緊張が解けた。


 応接室へ移ると、席は予定通りだった。


 父とギルバート様が向かい合い、母とアメリア様がその隣。

 私は父母の近くに座り、セドリック様は少し斜め前。


 真正面ではない。


 それだけで、かなり違った。


 視線を合わせたい時は合わせられる。

 けれど、苦しくなった時には少し外せる。


 母も父も、そのことを何も言わなかった。

 ただ、当然のようにその席を私の場所として扱ってくれた。


 正式な話は、父から始まった。


「まずは、先日のハイレン領訪問で娘たちを丁寧に迎えていただいたこと、改めて礼を申し上げます」


「こちらこそ、良い時間をいただきました」


 ギルバート様が答える。


「シャロン嬢には、市についても多くを見ていただいた。ノエルにも良い刺激になりました」


 ノエル様の名が出て、私は少しだけ表情を緩めた。


「ノエル様の記録表は、本当に良いものでした」


 つい言うと、場の視線がこちらへ向いた。


 しまった。


 正式な場だというのに、先に口を挟んでしまった。


 そう思った時、父が静かに頷いた。


「シャロンが帰ってからも、そう申しておりました」


 ギルバート様の表情が少しだけ和らぐ。


「そう言っていただけるなら、ノエルも励みになるでしょう」


 セドリック様が、私の方へ紙束をそっと差し出した。


「ノエルから、雨の日用の記録表の写しを預かっております。急ぎではありませんので、後ほどご負担のない時に」


「ありがとうございます」


 私はそれを受け取った。


 以前より薄い紙束だった。


 増やしすぎないようにしたのだろう。

 それだけで、少し嬉しい。


 正式な話は、そこから本題へ移った。


 父が背筋を伸ばす。


「先日の返書にも記しました通り、ベルフォール家としては、シャロン本人の意思を確認した上で、この縁談を前向きに進めたいと考えております」


 言葉が、胸に落ちる。


 縁談。

 前向きに進める。


 何度も聞いた言葉なのに、正式な場で聞くとやはり重い。


 私は膝の上で指先を軽く重ね、息を整えた。


 母が隣にいる。

 父もいる。


 それだけを確認して、私は顔を上げた。


 ギルバート様が頷く。


「グランフェル家としても、同じ意向です。セドリック本人の意思も確認しております」


 父の視線が、セドリック様へ向いた。


「セドリック殿」


「はい」


 セドリック様はまっすぐ父を見た。


「私は、シャロン嬢との縁談を前向きに進めたいと考えております。家同士の話であることは承知しておりますが、それだけではありません」


 私の胸が、静かに跳ねた。


「シャロン嬢のお考えや、これまで積み重ねてこられたものを尊重したいと思っております。そして、役目や条件だけではなく、シャロン嬢ご自身と向き合いたいと考えております」


 言葉は落ち着いていた。


 けれど、軽くはなかった。


 私は視線を下げそうになり、少しだけ持ちこたえる。


 斜めの席でよかった。


 真正面だったら、たぶん耐えられなかった。


 父はしばらく黙っていた。


 それから、静かに言う。


「その言葉を聞けて、安心しました」


 母も柔らかく頷く。


「シャロンは、強い子です。ですが、強いからといって、傷つかないわけではありません」


「はい」


 セドリック様は真剣に頷いた。


「承知しております」


 ギルバート様が口を開く。


「前の婚約のことを、我々が軽く扱うつもりはありません」


 その言葉に、私は少し驚いた。


 グランフェル家から、その話題が出るとは思っていなかった。


「ただし、必要以上に詮索するつもりもありません。大切なのは、今後、同じように本人の意思を置き去りにしないことだと考えております」


 父が静かに頷いた。


「同感です」


 正式な話は、今後の流れの確認へ進んだ。


 すぐに婚約を決めるのではなく、まず両家で条件や今後の流れを整理すること。

 その上で、改めて正式な婚約の打診に進むこと。

 私とセドリック様の意思確認を、その都度行うこと。


 言葉だけ聞けば、やはり家同士の話だ。


 条件も、流れもある。


 けれど、以前とは違う。


 私はここにいる。

 私の席がある。

 私の意思を、皆が確認している。


 それが、少し不思議で、少し温かかった。


「シャロン」


 父が私を見た。


「今の話を聞いて、何か言いたいことはあるか」


 急に問われ、胸が詰まる。


 けれど、父の目は急かしていない。

 母も、ただ静かに待っている。

 セドリック様も、こちらを見ているが、強すぎない。


 斜めの席で、本当によかった。


「……少し、緊張しています」


 私は言った。


 それだけで、小さく息が震えた。


「でも、嫌ではありません」


 セドリック様の表情が、ほんの少し柔らかくなる。


「家同士の話になることは、まだ怖さもあります。ですが、私の意思を確認しながら進めていただけるのであれば……私も、前向きに進みたいと思っております」


 言えた。


 正式な席で。


 完璧な言葉ではない。

 けれど、私の言葉だった。


 父が静かに頷く。


「わかった」


 母も穏やかに頷いた。


 よく言えたわね、と言われた気がした。


 アメリア様が柔らかく微笑む。


「シャロン嬢のお言葉も、確かに受け取りました」


 ギルバート様も頷いた。


「では、急がず、しかし曖昧にせず進めましょう」


「はい」


 父が答え、正式な話は一度区切られた。


 その後、茶の時間に移ると、応接室の空気は少しだけ柔らかくなった。


 リディアとフローラも呼ばれ、改めて挨拶をする。


 リディアはいつもより少し緊張していたが、アメリア様が明るく声をかけると、すぐに表情が和らいだ。


「リディア嬢、公平な心の準備はいかがですか?」


 リディアの目が一瞬で輝いた。


「努力しております」


「本当に?」


 私が横から言うと、リディアは真剣に頷いた。


「お姉様、今は正式な場です」


「だから聞いたのよ」


 アメリア様が楽しそうに笑う。


「再審査は、次の機会にいたしましょうね」


「はい!」


「返事が良すぎるわ」


 フローラには、セドリック様からエミリア様の手紙が渡された。


「エミリアからです。本と地図と橋の話だそうです」


 フローラの表情が、ほんの少しだけ明るくなる。


「ありがとうございます」


「急ぎではないので、ご負担のない時に」


「はい」


 フローラは丁寧に受け取った。


 その様子が、少しだけ大事そうだった。


 私はそれを見て、追及はしなかった。


 文通そのものは知っている。

 その中にどれほど楽しみが詰まっているのかは、フローラのものだ。


 茶の時間が進むうちに、私はようやく肩の力が抜けてきた。


 正式な話は重かった。


 けれど、怖いだけではなかった。


 斜めの席で、正式な話を聞きます。


 その席には、私のための余白があった。


 逃げるためではない。

 息をするための余白。


 その余白があったから、私は今日、自分の言葉を言えたのだと思う。


 ふと、セドリック様と目が合った。


 彼は何も言わなかった。

 ただ、静かに微笑む。


 大丈夫ですか、と聞かれている気がした。


 私は少しだけ迷い、それから小さく頷いた。


 大丈夫、と言い切るほどではない。


 けれど。


 今は、少し大丈夫。


 そのくらいなら、虚偽申告ではないと思った。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

正式な話は重いものですが、シャロンのための余白もきちんと用意されていました。

少しずつ、縁談が本当の意味で前へ進んでいきます。

次回もよろしくお願いします。

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