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元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


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第65話 面接ではないので、斜めに座ります

読みに来てくださりありがとうございます。

今回はグランフェル家側で、ベルフォール家訪問直前の準備をするお話です。

正式な席を前にしながらも、相手をきちんと見るための気遣いも整えていきます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

 シャロン嬢からの手紙を読んだセドリックは、小書斎で思わず笑ってしまった。


 ――当日の席について、母にどこが落ち着くか尋ねられました。

 ――私は、セドリック様と真正面ではなく、少し斜めに座れる位置を選びました。

 ――理由は、面接のようになると緊張が増すからです。


「面接……」


 その言葉を声に出すと、さらに少し笑いそうになる。


 確かに、真正面に座ればそう感じるかもしれない。

 こちらは縁談を進める正式な席として臨むつもりでも、シャロン嬢にとっては、自分を評価される場のように見えてしまう可能性がある。


 条件。

 適性。

 家同士の釣り合い。

 今後の役目。


 そういう言葉が並ぶと、彼女はまた、自分が測られているように感じるかもしれない。


 だから、斜め。


 真正面ではなく、少しだけ視線を逃がせる位置。


 その選び方が、いかにもシャロン嬢らしくて。

 そして、彼女が自分で落ち着く場所を選べたことが嬉しかった。


「兄様」


 扉の外からエミリアの声がした。


「今、入ってもよろしいですか?」


「ああ」


 入ってきたエミリアは、セドリックの顔を見るなり首を傾げた。


「少し笑っていますね」


「そう見えるか」


「はい。シャロン様からですか?」


「そうだ」


「今度は何を?」


 エミリアの目が明るい。


 セドリックは便箋を軽く掲げた。


「当日の席を、真正面ではなく少し斜めにしたそうだ」


「なぜですか?」


「面接のようになると緊張が増すから、と」


 エミリアは一瞬きょとんとした後、口元に手を当てた。


「……とてもわかります」


「そうか」


「真正面は、確かに少し構えてしまいます。特に正式な席なら」


「ああ」


「シャロン様がご自分でそう言えたのは、良いことですね」


「私もそう思う」


 エミリアは嬉しそうに頷いた。


「それなら兄様も、真正面から見つめすぎないようにしないといけませんね」


「見つめすぎているか」


「時々」


「……そうか」


「はい。特にシャロン様が正直なことを言われた時、兄様はとても大切そうに見ます」


 セドリックは返事に困った。


 否定できない。


 大切なのだから仕方がない、と思いかけて、いや、それをそのまま出しすぎるとシャロン嬢が余計に緊張するのだと気づく。


「気をつける」


「気をつけすぎても不自然です」


「皆それを言う」


「事実ですので」


 またその言い方だ。


 エミリアは確実にフローラ嬢の影響を受けている。


 小サロンへ向かうと、父ギルバートと母アメリアが訪問当日の流れを確認していた。


 ベルフォール子爵家へ向かう時間。

 持参する挨拶の品。

 正式な返書に続く話し合いの内容。

 そして、茶の時間に出す話題。


 アメリアの前には、小さな紙片がいくつか並んでいる。

 そこには、ベルフォール家の令嬢方について、母なりに気をつけたいことが書かれていた。


「母上」


「何かしら」


「それは」


「訪問前の覚え書きです」


 アメリアは穏やかに答えた。


「シャロン嬢には、正式な話だけで息が詰まらないように。リディア嬢には、明るさを無理に抑えさせすぎないように。フローラ嬢には、エミリアからの手紙をお渡しするなら、押しつけにならないように」


「……細かいですね」


「大切でしょう?」


「はい」


 確かに、大切だった。


 こちらは正式な話をしに行く。

 けれど、相手は書類の上の家名だけではない。

 シャロン嬢がいて、リディア嬢がいて、フローラ嬢がいる。


 その一人ひとりを、母はきちんと見ようとしている。


「リディア嬢の焼き菓子については?」


 同じく小サロンへ来ていたエミリアが、横から尋ねた。


 アメリアは少しだけ笑った。


「それは、今日は覚え書きに入れません」


「なぜですか?」


「正式な席ですもの。楽しみは次の機会に残しておきましょう」


 セドリックは少し安心した。


「母上がそう仰るなら、私も安心です」


「ただし、忘れたわけではありません」


「……はい」


 やはり完全には終わっていなかった。


 アメリアが楽しそうに笑った後、表情を少し改めた。


「それで、シャロン嬢からのお手紙には、正式な席について他に何と?」


「迎える側だからといって働きすぎないように、とご家族から言われたそうです。自覚はなかったようですが、顔に出ていたと」


 アメリアは柔らかく目を細めた。


「シャロン嬢らしいわ」


「はい」


「でも、ご家族が止めてくださっているなら安心ね」


 ギルバートも頷いた。


「迎える側として動きすぎる必要はない。こちらも、客人として扱われることに甘えすぎず、相手に負担をかけないようにする」


「はい」


「セドリック」


「はい」


「当日は、ベルフォール嬢を見るだけでなく、ベルフォール子爵夫妻の様子もよく見ろ」


「はい」


「娘の意思を尊重すると言っている家だ。こちらも同じ姿勢を示す必要がある」


「心得ています」


 父の言葉は、正式な場の重さを思い出させる。


 これは、ただセドリックとシャロン嬢の手紙の延長ではない。

 両家が、彼女の過去と現在の意思を踏まえて、未来の話を始める場だ。


 軽くはできない。


 だが、硬くしすぎてもいけない。


 また加減だ。


「兄上」


 ノエルが控えめに声をかけた。


「何だ」


「私は今回は同行しませんが、シャロン嬢にお渡しする雨の日用の記録表の写しを、兄上に預けてもよろしいでしょうか」


「もちろんだ」


 ノエルはほっとしたように頷き、丁寧にまとめた紙を差し出した。


 以前のものより、ずっと簡潔だった。


 地図の写し。

 印をつける場所。

 停滞した理由がわかる時だけ短く書く欄。

 最後に小さく、備考。


「良い形になったな」


 セドリックが言うと、ノエルは少し照れたように目を伏せた。


「増やしすぎないようにしました」


「ああ。よくできている」


「シャロン嬢にも、そう思っていただけるでしょうか」


「きっと」


 言いかけて、セドリックは少し考え直す。


「いや、きっと褒めてくださる、と断定するのはやめておこう」


「はい」


「だが、良い記録だと私は思う」


 ノエルは少し驚いた後、嬉しそうに頷いた。


「ありがとうございます」


 エミリアも小さな包みを持ってきた。


「兄様」


「今度は何だ」


「フローラ様へのお手紙です」


「……正式な席に持っていくのか」


「シャロン様を通じてお渡しいただければと。急ぎではありませんが、せっかくですので」


 セドリックは封筒を受け取った。


 宛名は丁寧に書かれている。

 厚みは、少しある。


「何枚だ」


「今回は二枚です」


「本当に?」


「はい。別紙が一枚あります」


「それは三枚では」


「本文は二枚です」


 基準がおかしい。


 しかし、エミリアの表情はあまりに真剣だった。


「内容は?」


「本と地図と橋の話です」


「それは知っている」


「必要な報告は以上です」


「……そうか」


 まただ。


 だが、文通そのものは公にされている。

 フローラ嬢も楽しみにしていると、シャロン嬢の手紙にもあった。


 なら、無理に止める必要はない。


「礼を失しないように」


「もちろんです」


「長くなりすぎないように」


「努力します」


「努力が必要なのか」


「文通ですので」


 セドリックは軽く息を吐いた。


 妹たちは妹たちで、確実に交流を深めている。


 そのこともまた、嬉しかった。


 夜、自室に戻ったセドリックは、訪問前に送る短い返事を書いた。


 正式な席の前だから、長文は避ける。

 だが、シャロン嬢の手紙に返したいことはある。


 ――お手紙をありがとうございました。

 ――当日の席を少し斜めの位置にされたと伺い、安心しました。

 ――面接のようになると緊張が増す、というご説明には少し笑ってしまいましたが、とても大切な調整だと思います。


 ここは、正直に書く。


 笑ったと書くのは失礼だろうかと一瞬迷ったが、彼女なら怒らずに「少しなら許容範囲です」と言いそうな気がした。


 ――私も、当日は見つめすぎないよう気をつけます。

 ――ただし、気をつけすぎて不自然にならないようにも努めます。


 書いてから、少しだけ苦笑する。


 最近、自分は努めることばかりだ。


 続ける。


 ――迎える側として頑張りすぎ注意、と書いてくださったことも受け取りました。

 ――こちらも、迎えていただく側として、シャロン嬢に余計な負担をかけないよう気をつけます。

 ――もし当日、働きすぎそうになっていらしたら、私からも静かに止めます。


 これは、きっと必要だ。


 シャロン嬢は、正式な席でも何か役に立とうとしてしまうかもしれない。

 その時に、止める役が自分にもできるなら、そうしたい。


 ノエルとエミリアのことも添える。


 ――ノエルから、雨の日用の記録表の写しを預かっております。

 ――以前よりずっと簡潔になりました。

 ――エミリアからも、フローラ嬢への手紙を預かりました。本と地図と橋の話だそうです。


 最後に追伸。


 ――リディア嬢の表情を抑える練習については、こちらでも難易度が高い課題と認識しております。

 ――ただし、正式な席では再審査の話題を控えるよう努めます。

 ――次の機会まで、候補たちには静かに待機してもらう予定です。


 書き終えると、セドリックは便箋を読み返した。


 少し柔らかすぎるだろうか。


 だが、正式な席を前にした今だからこそ、少し柔らかい言葉も必要だと思った。


 重さだけでは、きっと息が詰まる。

 けれど、軽さだけでは、シャロン嬢の怖さを置き去りにする。


 その両方の間を探しながら、進んでいく。


 翌朝。


 出発の準備は、いつもより静かに整えられた。


 ギルバートは礼服を整え、アメリアは落ち着いた色のドレスを選んでいた。

 セドリックも、派手すぎず、けれど正式な席にふさわしい装いを身につける。


 玄関前で、エミリアとノエルが見送りに出ていた。


「兄様」


 エミリアが言う。


「シャロン様に、どうぞよろしくお伝えください」


「ああ」


「フローラ様にも」


「手紙を預かっている」


「はい。ですが、よろしくもお伝えください」


「わかった」


 ノエルも少し緊張した顔で紙束を差し出す。


「兄上、記録表の写しをお願いいたします」


「任せてくれ」


「シャロン嬢がご負担に思われないよう、急ぎではないとお伝えください」


「ああ」


 セドリックは頷いた。


 ギルバートが馬車へ向かう前に、短く言った。


「行くぞ」


「はい」


 馬車に乗り込む直前、セドリックは一度だけ屋敷を振り返った。


 緊張している。


 だが、嫌ではない。


 シャロン嬢がそう書いてくれた言葉を、自分も胸の中で繰り返す。


 面接ではないので、斜めに座ります。


 そう言った彼女が、今日少しでも息をしやすいように。


 そして、自分も硬くなりすぎないように。


 セドリックは静かに息を整え、ベルフォール家へ向かう馬車に乗り込んだ。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

セドリックたちも緊張しつつ、いよいよベルフォール家へ向かいます。

焼き菓子の再審査は、今回は静かに待機です。

次回もよろしくお願いします。

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