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元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


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第64話 迎える準備は、頑張りすぎ注意です

読みに来てくださりありがとうございます。

今回はベルフォール家側で、正式な席に向けて迎える準備をするお話です。

シャロンが頑張りすぎないよう、家族が少しずつ支えてくれます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

 セドリック様からの手紙を読んだ私は、小サロンでしばらく便箋を見つめていた。


 ――私も緊張しております。

 ――ですが、嫌ではありません。

 ――むしろ、きちんと進めるための緊張だと思っております。


 セドリック様も、緊張している。


 そのことが、少し意外で。

 けれど、少し安心した。


 正式な席。

 両家の父母が揃い、今後の縁談について話す場。


 緊張して当然だ。


 私だけが過剰に身構えているわけではない。

 セドリック様も、同じように緊張している。


 ただ、その緊張を悪いものとして扱わず、きちんと進めるためのものだと書いてくださった。


「……きちんと進めるための緊張」


 小さく呟くと、向かいに座っていたリディアがすぐに顔を上げた。


「良い言葉ですね」


「聞いていたの?」


「お姉様が声に出しました」


「そうだったかしら」


「はい」


 リディアはにこにことしている。


 窓辺では、フローラが本を開いていた。

 けれど、こちらの会話はしっかり聞いている顔だ。


「セドリック様も緊張なさるのですね」


 フローラが静かに言った。


「ええ。そう書いてあったわ」


「少し安心しますね」


「……そうね」


 私は素直に頷いた。


 するとリディアが嬉しそうに笑う。


「お姉様が最近、素直です」


「あなたは最近、遠慮がありません」


「良い傾向です」


「誰にとって?」


「私にとって」


「でしょうね」


 手紙の続きを読む。


 当日は、グランフェル伯爵夫妻とセドリック様が来る予定であること。

 正式な話もあるが、私の気持ちを置いていかないことを改めて大切にすること。

 緊張が強くなった時は、無理に大丈夫と言わず、そのまま教えてほしいこと。


 大丈夫と言わなくていい。


 それは、簡単なようで難しい。


 けれど、先にそう書いてくださるだけで、少し息がしやすくなる。


 最後の追伸には、やはり焼き菓子のことが書かれていた。


 ――リディア嬢の公平な心について、母が大変関心を示しております。

 ――なお、母はすでに蜂蜜の焼き菓子の候補を確認しており、私は少し早いのではないかと感じております。

 ――しかし母は「早すぎない範囲」と申しております。


「リディア」


「はい」


「アメリア様が、あなたの公平な心に関心を示しているそうよ」


 リディアは真剣な顔になった。


「責任重大ですね」


「責任の方向を間違えていない?」


「公平な心を磨きます」


「その前に、甘いものを前にした時の表情を抑える練習をなさい」


「それは難しいです」


「でしょうね」


 フローラが静かに頷いた。


「リディアお姉様の表情は、焼き菓子に対して非常に正直です」


「フローラ、そこまで言わなくても」


「観察結果です」


「観察しないで」


「無理です」


 小サロンに小さな笑いが広がる。


 正式な席の話をしているのに、焼き菓子で笑える。


 それが、少しありがたかった。


 午後になると、母が私を呼んだ。


 正式な席に使う応接室の確認をするためだ。


 ベルフォール家の応接室は、派手ではない。

 けれど、落ち着いて話すには向いている。


 母は茶器の配置を侍女と確認しながら、私へ尋ねた。


「シャロン、こちらの席でよいと思う?」


「はい。窓からの光も強すぎませんし、話し合いにはちょうどよいかと」


「あなたは、どの席に座るのが落ち着く?」


 私は一瞬、言葉に詰まった。


「私の席ですか?」


「ええ」


「父と母の近くで、正面にセドリック様が座られる形が自然では」


「自然かどうかではなく、あなたが落ち着くかどうかを聞いているの」


 母は柔らかく言った。


 私は応接室を見回す。


 父の隣。

 母の隣。

 正面。

 少し斜め。


 どこでも同じだと思いかけて、違うと気づいた。


 真正面に座ると、どうしても面接のようになる。

 少し斜めの位置なら、父母ともセドリック様とも視線を合わせやすい。


「……こちらがよいです」


 私は一つの席を示した。


「父と母の近くで、けれどセドリック様とは少し斜めになる位置が落ち着くと思います」


「そう。では、そうしましょう」


「よろしいのですか?」


「あなたの席ですもの」


 母は当たり前のように言った。


 あなたの席。


 その言葉が、妙に胸に残った。


 私はこの場で、ただ座らされるのではない。

 自分の気持ちを聞かれ、自分の席を選ぶ。


 それだけのことが、少しだけ温かかった。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


 母は微笑んだ。


「それから、当日の服だけれど」


「はい」


「きちんとしたものにしましょう。でも、硬すぎるものは避けましょうね」


「正式な席ですから、あまり柔らかすぎるのも」


「ええ。だから、あなたが息をしやすいものにしましょう」


 息をしやすい服。


 母らしい言い方だった。


「……濃い青のドレスはどうでしょうか」


 私が言うと、母は少し考えて頷いた。


「よいと思うわ。落ち着いていて、あなたによく似合うもの」


「飾りは控えめにします」


「控えめにしすぎないこと」


「しすぎません」


「本当に?」


「……少し気をつけます」


 母が笑った。


 そこへリディアとフローラが入ってきた。


「お姉様のドレス会議ですか?」


「会議ではないわ」


「重要事項ですね」


「あなたの中では何でも重要事項になるのね」


 リディアは私の周りを一度見て、真剣に頷いた。


「青がよいと思います。お姉様らしくて、綺麗です」


「急に素直に褒めないで」


「いつも褒めています」


「そうだったかしら」


 フローラも静かに言う。


「青は良いと思います。落ち着いて見えますし、硬すぎません」


「あなたまで」


「必要事項です」


 私は少しだけ照れくさくなり、視線を逸らした。


 その日の夕方、父と正式な席の流れを確認した。


 まず、グランフェル伯爵夫妻とセドリック様を迎える。

 応接室で挨拶。

 両家の意思確認。

 今後の手順について話し合う。

 その後、短い茶の時間。


「結論を急ぐ場ではない」


 父は言った。


「だが、曖昧にする場でもない」


「はい」


「お前の意思を確認しながら進める」


「はい」


「不安があれば、その場で言ってもよい。後で言ってもよい」


「その場で言えるかは、少し自信がありません」


 正直に答えると、父は頷いた。


「なら、後でよい」


「よろしいのですか」


「当然だ。正式な席だからといって、その場で全てを完璧に答える必要はない」


 その言葉に、少し肩の力が抜けた。


「ありがとうございます」


「それから」


「はい」


「迎える側だからといって、働きすぎるな」


 私は一瞬、黙った。


「……働きすぎるつもりは」


「顔に出ている」


「そんなにですか」


「かなり」


 父にまで言われると、反論できない。


 母が横で穏やかに笑っている。


「お茶の準備も、席の支度も、侍女たちの仕事よ。あなたは客を迎える令嬢であって、侍女長ではありません」


「わかっています」


「本当に?」


「……気をつけます」


 最近、気をつけることが多い。


 大丈夫と言いすぎない。

 確認事項を増やしすぎない。

 働きすぎない。

 硬くなりすぎない。


 だが、どれも責められている感じはしなかった。


 皆が、私が息をしやすいように、少しずつ止めてくれているのだと思う。


 夜、自室で、私はセドリック様への返事を書いた。


 正式な席の前だから、長くなりすぎないようにする。


 そう決めたはずなのに、便箋を前にすると書きたいことは多かった。


 ――お手紙をありがとうございました。

 ――セドリック様も緊張していると書いてくださったことに、少し安心しました。


 まずは、そこから。


 ――緊張しているのは私だけではないのだと思うと、正式な席への怖さが少し和らぎました。

 ――嫌ではありません、という言葉を大切に受け取ってくださり、ありがとうございます。


 書いてから、少し迷う。


 でも、続けた。


 ――当日の席について、母にどこが落ち着くか尋ねられました。

 ――私は、セドリック様と真正面ではなく、少し斜めに座れる位置を選びました。

 ――理由は、面接のようになると緊張が増すからです。


 書いた瞬間、自分で少し笑ってしまった。


 面接。


 縁談の席に使う言葉としては少し不格好だ。

 けれど、きっとセドリック様なら意味をわかってくださる。


 ――迎える側だからといって働きすぎないように、と父母から言われました。

 ――自覚はありませんでしたが、顔に出ていたそうです。

 ――頑張りすぎ注意、ということだと思います。


 ここまで書いて、私は少し肩の力を抜いた。


 セドリック様への手紙では、こういうことも書けるようになっている。


 それが少し不思議で、少し嬉しい。


 ノエル様とエミリア様のことにも触れる。


 ――ノエル様の記録表については、また機会があれば拝見したいです。

 ――エミリア様とフローラの文通も、フローラはとても楽しみにしております。

 ――正式な席が落ち着いた後、妹たちもまた交流できれば嬉しく思います。


 最後に追伸。


 ――リディアは、公平な心を磨く前に、焼き菓子を前にした時の表情を抑える練習が必要です。

 ――本人は難しいと申しております。

 ――私も同意します。


 書き終えると、私は便箋を読み返した。


 迎える準備は、頑張りすぎ注意です。


 自分でそう思って、少し笑う。


 正式な席は近づいている。


 怖さはまだある。

 緊張もある。


 けれど、今はそれだけではない。


 母が選ばせてくれた席。

 父が後で言ってもよいと言ってくれたこと。

 妹たちがドレスを褒めてくれたこと。

 そして、セドリック様も緊張していると教えてくださったこと。


 それらが少しずつ、私の中で支えになっている。


 私は丁寧に封を閉じた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

正式な席が近づく中で、シャロンも少しずつ自分が落ち着ける形を選べるようになっています。

次回はいよいよ、グランフェル家側も訪問直前の空気になりそうです。

次回もよろしくお願いします。

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