第63話 嫌ではないと言われたので、慎重に喜びます
読みに来てくださりありがとうございます。
今回はグランフェル家側のお話です。
正式な席に向けて、セドリックたちも準備を始めます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
シャロン嬢からの手紙を読んだセドリックは、便箋の一文でしばらく手を止めていた。
――少し緊張しております。
――けれど、嫌ではありません。
――これも虚偽申告ではありません。
嫌ではない。
それは、彼女の言葉としてはかなり大きい。
嬉しい、楽しい、安心した。
そして、嫌ではない。
どれも控えめで、慎重で、けれど嘘がない。
セドリックは小さく息を吐いた。
「……慎重に喜ぶべきだな」
嬉しすぎて浮かれるには、今回の話は正式すぎる。
だが、喜ばないふりをするのも違う。
シャロン嬢が緊張しながら、それでも嫌ではないと書いてくれたのだ。
その言葉を、きちんと受け取りたい。
「兄様」
扉の外からエミリアの声がした。
「今、よろしいですか?」
「ああ」
入ってきたエミリアは、セドリックの顔を見るなり微笑んだ。
「シャロン様からですね」
「もう驚かなくなってきた」
「兄様がわかりやすいので」
「そうか」
「はい。それで、今度はどのようなお顔ですか?」
「どのような顔とは」
「嬉しいけれど、浮かれてはいけないと思っている顔です」
的確だった。
セドリックは反論を諦める。
「正式な席について、少し緊張しているが嫌ではない、と書いてくださった」
エミリアの表情が柔らかくなる。
「よかったですね」
「ああ」
「本当に、よかったです」
エミリアは心からそう言ってくれた。
それから少しだけ、残念そうに目を伏せる。
「今回は、私は同行しないのですよね」
「おそらく、まずは父上と母上と私だ」
「わかっています。正式な席ですもの」
言いながらも、エミリアは少し唇を尖らせた。
「ですが、フローラ様にお会いできないのは残念です」
「文通は続いているだろう」
「それとこれとは別です」
「そういうものか」
「そういうものです」
きっぱり言われた。
セドリックは少し笑った。
「フローラ嬢には、正式な席が落ち着いた後にまた交流の機会を設けられるよう、母上とも相談してみる」
「本当ですか」
「約束はできないが、話してみる」
「それで十分です」
エミリアはすぐに機嫌を直した。
その単純さが可愛らしくもあり、少し怪しくもある。
「エミリア」
「はい」
「フローラ嬢との文通は、長くなりすぎていないか」
「ほどほどです」
「何枚だ」
「……今回は三枚です」
「ほどほどか?」
「内容が必要でしたので」
どこかで聞いたような言い方だった。
セドリックは軽く目を細めたが、追及はしなかった。
文通そのものは、両家に知られている。
礼を失していないなら、今は見守るべきだろう。
たぶん。
小サロンへ向かうと、父ギルバートはすでにベルフォール家への訪問日程について書類を確認していた。
母アメリアは茶器を整えながら、楽しそうに菓子皿を眺めている。
嫌な予感がした。
「母上」
「何かしら」
「その菓子皿は」
「候補の確認です」
「正式な席の話をする前にですか」
「正式な席だからこそ、茶菓子も大切でしょう?」
正論ではある。
だが、皿の上には明らかに蜂蜜を使った焼き菓子が数種類並んでいた。
「リディア嬢は同行されません」
「今回は、でしょう」
母はにこりと微笑んだ。
「次の再審査に向けて、準備を始めるのは早すぎないと思います」
「早いと思います」
「早すぎない範囲です」
ノエルが横で小さく反応した。
「私の表現が、菓子に使われています」
「良い表現だからだ」
ギルバートが淡々と言う。
ノエルは少し複雑そうな顔をした。
セドリックは席につき、シャロン嬢からの手紙の内容を父母へ伝えた。
怖がらなくてよいと言われなかったことに、彼女が少し安心したこと。
怖いままでも、ひとつずつ確かめてよいと思えたこと。
正式な席について緊張しているが、嫌ではないと書いてくれたこと。
アメリアは静かに頷いた。
「シャロン嬢は、本当に丁寧にご自分の気持ちを言葉にしてくださるのね」
「はい」
「なら、こちらも丁寧に迎えましょう。正式な席ではあるけれど、試す場ではないわ」
ギルバートも頷いた。
「確認の場だ」
「はい」
「こちらの意思を伝え、先方の意思を聞く。条件も手順も話す。だが、本人たちを置いて話を進めない」
「心得ています」
「セドリック」
「はい」
「緊張するなとは言わない」
父の言葉に、セドリックは少し瞬きをした。
「だが、緊張だけで堅くなりすぎるな。お前が硬ければ、ベルフォール嬢も余計に身構える」
「……気をつけます」
「気をつけすぎても硬くなる」
「難しいですね」
「難しい」
父は当然のように言った。
母がくすりと笑う。
「あなたたちは本当に、加減の話ばかりしているわね」
「必要なので」
セドリックが答えると、アメリアは柔らかく目を細めた。
「ええ。必要ね」
その後、日程は来月初めでほぼ固まった。
グランフェル伯爵夫妻とセドリックが、ベルフォール子爵家を訪れる。
席は昼過ぎ。
正式な会談の後、可能なら短い茶の時間も設ける。
エミリアとノエルは今回は同行しない。
「正式な席ですから」
エミリアはそう言って頷いたが、やはり少しだけ残念そうだった。
ノエルも記録表を抱えたまま、控えめに言う。
「シャロン嬢に、雨の日用の記録表を直接お見せする機会は、また別にあるでしょうか」
「あるようにしたい」
セドリックが言うと、ノエルは少し安心したように頷いた。
「はい。では、それまでに整えておきます」
「増やしすぎないように」
「はい」
「不安になって項目を増やさないように」
「……はい」
「私も気をつける」
セドリックがそう付け加えると、ノエルは少し驚いたように顔を上げた。
「兄上もですか」
「ああ。私も心配になると、配慮の項目を増やしがちらしい」
エミリアが笑いをこらえる。
「母上のお言葉ですね」
「おそらくな」
小サロンに穏やかな笑いが広がった。
その夜、セドリックはシャロン嬢への返事を書いた。
正式な席の前に、あまり長く書きすぎない方がよい。
そう思いながらも、伝えたいことは多い。
筆を取り、ゆっくり書き始める。
――お手紙をありがとうございました。
――怖がらなくてよいと簡単に言われなかったことで少し安心した、と書いてくださったことを、私も安心して拝読しました。
少し変な言い方だろうか。
だが、正直な気持ちだった。
彼女が安心したことに、自分も安心した。
――正式な席について、緊張しているけれど嫌ではないと書いてくださったことを、大切に受け取りました。
――私も緊張しております。
――ですが、嫌ではありません。
――むしろ、きちんと進めるための緊張だと思っております。
書いてから、少しだけ笑みがこぼれた。
彼女の言葉を借りてしまった。
けれど、きっと伝わるだろう。
――当日は、父母と共に伺う予定です。
――正式な話もありますが、シャロン嬢のお気持ちを置いていかないことを、改めて大切にいたします。
――もし緊張が強くなった時は、どうか無理に大丈夫と仰らず、そのまま教えてください。
ここで一度手を止める。
大丈夫と言わなくてもいい。
それは、彼女にとって簡単ではない。
だからこそ、先に伝えておきたかった。
続けて、少し柔らかい話題を書く。
――ノエルは、雨の日用の記録表を増やしすぎないよう努力しております。
――本人も私も、確認事項を増やしすぎないことを学んでいる途中です。
エミリアのことも添える。
――エミリアは今回は同行しない予定ですが、フローラ嬢との文通を大変楽しみにしております。
――正式な席が落ち着きましたら、妹たちもまた交流できる機会を作れればと思っております。
最後に追伸。
――リディア嬢の公平な心について、母が大変関心を示しております。
――なお、母はすでに蜂蜜の焼き菓子の候補を確認しており、私は少し早いのではないかと感じております。
――しかし母は「早すぎない範囲」と申しております。
書き終えると、セドリックは便箋を読み返した。
嫌ではないと言われたので、慎重に喜びます。
そんな題をつけたくなるような手紙だと思った。
もちろん、実際には書かない。
けれど、その気持ちは確かだった。
緊張している。
だが、嫌ではない。
シャロン嬢も、自分も。
なら、その緊張を悪いものにしなくていい。
正式な席は、少し重い。
だが、その重さを二人で少しずつ持てるように。
セドリックは丁寧に封を閉じた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
シャロンの「嫌ではありません」を、セドリックも慎重に喜んでいます。
次はいよいよ、ベルフォール家で迎える準備が進みそうです。
次回もよろしくお願いします。




