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元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


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第59話 虚偽申告ではないなら、こちらも正式に受け取ります

読みに来てくださりありがとうございます。

今回はグランフェル家側のお話です。

シャロンの「前向きに進めたい」という言葉を、セドリックが正式に受け取ります。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

 セドリックは、シャロン嬢から届いた手紙を読み終えた後、しばらく便箋から目を離せなかった。


 手紙の内容は、いつも通り丁寧だった。


 ハイレン領の朝の庭や、昼過ぎの市をまた見てみたいこと。

 ノエルの雨の日用の記録について、続けられる形が大事だということ。

 リディア嬢の中立審査員としての公平性に疑問があること。


 そこまでは、微笑ましく読めた。


 だが、その先に書かれていた言葉で、セドリックの呼吸は一度止まった。


 ――本日、父からこの縁談をどう思っているかと尋ねられました。

 ――私は、セドリック様とのお話を前向きに進めたいと答えました。

 ――書いていて少し恥ずかしいですが、これは虚偽申告ではありません。


 何度読んでも、同じ言葉だった。


 前向きに進めたい。


 虚偽申告ではない。


 シャロン嬢が、自分の父君にそう答えた。


 家のためだけではなく。

 条件だけでもなく。

 誰かに促されたからでもなく。


 彼女自身の言葉として。


「……これは」


 セドリックは小さく息を吐いた。


 嬉しい。


 その一言だけでは足りない。


 胸の奥が熱くなり、同時に背筋が伸びる。

 浮かれてはいけない。

 これは、軽く喜んで終わらせる言葉ではない。


 シャロン嬢が勇気を出して差し出してくれた意思だ。


 なら、自分も同じだけ誠実に受け取らなければならない。


「兄様」


 扉の外からエミリアの声がした。


「今、よろしいですか?」


「ああ」


 入ってきたエミリアは、セドリックの顔を見た瞬間、少し足を止めた。


「……シャロン様からですね」


「なぜわかる」


「兄様が、嬉しいだけでは済まない顔をしています」


 鋭い。


 セドリックは便箋を丁寧に畳み、机に置いた。


「シャロン嬢が、ベルフォール子爵に、この縁談を前向きに進めたいと答えてくださったそうだ」


 エミリアの目がぱっと明るくなった。


「本当ですか!」


「ああ」


「よかったですね、兄様」


「……ああ」


「そこで照れないでください。とても大事なところです」


「わかっている」


 わかっているからこそ、言葉が簡単に出てこない。


 エミリアは小さく笑ったが、すぐに表情を改めた。


「父上と母上には?」


「これから話す」


「はい。その方がよいと思います」


「エミリア」


「はい」


「私は、浮かれているように見えるか」


「見えます」


「そうか」


「でも、それだけではありません」


 エミリアは少しだけ柔らかく微笑んだ。


「兄様は今、とても真面目に嬉しそうです」


「……難しい表現だな」


「シャロン様に似合う表現です」


 そう言われると、否定できなかった。


 小サロンには、父ギルバートと母アメリアが揃っていた。


 ノエルは雨の日用の記録表案を抱え、少し離れた席で何かを書き込んでいる。

 エミリアも自然に席についた。


 セドリックは父母の前に立ち、手紙の内容を伝えた。


「シャロン嬢より、お手紙をいただきました」


 ギルバートが静かに顔を上げる。


「何と」


「ベルフォール子爵から、この縁談をどう思っているか尋ねられたそうです。シャロン嬢は、私との話を前向きに進めたいと答えた、と」


 アメリアが口元に手を当てた。


 その目は、すでに柔らかく潤んでいる。


「まあ」


 ギルバートはしばらく黙っていた。


 その沈黙は重いものではない。

 言葉の重さを測っている沈黙だった。


「本人の意思か」


「はい。少なくとも手紙には、そのように書かれていました。虚偽申告ではない、と」


 エミリアが少しだけ笑いをこらえた。

 ノエルは意味がわからないながらも、真面目に聞いている。


 ギルバートは短く息を吐いた。


「なら、こちらも正式に受け取るべきだな」


「はい」


「セドリック」


「はい」


「お前の意思は?」


 問われるまでもない。


 だが、問われたなら、きちんと言葉にするべきだった。


「私も、シャロン嬢との縁談を正式に進めたいと思っております」


 セドリックはまっすぐ答えた。


「彼女を、家の都合に合う方としてだけではなく、私自身が隣にいてほしい方として望んでいます」


 口にした瞬間、胸の奥が静かになった。


 恥ずかしさはある。

 だが、それ以上に確かだった。


 アメリアが静かに微笑む。


「よく言いました」


 ギルバートも頷いた。


「なら、私からベルフォール子爵へ返書を書く。次は家同士で、今後の進め方を改めて確認する段階だな」


「お願いいたします」


「急ぎすぎるな」


「はい」


「だが、曖昧にするな」


「心得ています」


 父の言葉はいつも短い。

 けれど今は、その短さがありがたかった。


 アメリアがそっと続ける。


「シャロン嬢は、きっと勇気を出して言ってくださったのね」


「はい」


「なら、セドリック。あなたも返事では、きちんと安心できる言葉を返してあげなさい。重くしすぎず、でも軽くもせずに」


「……難しいですね」


「大事なことは大抵難しいものよ」


 母は優しく笑った。


 その時、ノエルが控えめに手を上げた。


「兄上」


「何だ」


「お祝いを申し上げてもよいのでしょうか。それとも、まだ早いのでしょうか」


 あまりに真面目な質問に、エミリアが小さく吹き出した。


 セドリックも少し笑ってしまう。


「正式にはまだ早いな」


「はい」


「だが、喜んでくれるなら嬉しい」


 ノエルは少し考え、背筋を伸ばした。


「では、早すぎない範囲で、嬉しく思います」


「ありがとう」


 エミリアが笑いながら言った。


「ノエル、それは良い表現です」


「そうでしょうか」


「はい。シャロン様にも褒められそうです」


 ノエルの頬が少し赤くなった。


「褒められるためではありません」


「わかっています」


「ですが、失礼でないならよかったです」


 そのやり取りに、小サロンの空気が少し和らいだ。


 夕方、ギルバートはベルフォール子爵への返書を書いた。


 内容は簡潔で、誠実だった。


 ハイレン領訪問への礼。

 令嬢方を迎えられたことへの喜び。

 シャロン嬢の意思を尊重し、こちらとしても縁談を前向きに進めたいこと。

 今後は両家で改めて席を設け、無理のない形で話を進めたいこと。


 セドリックはその文面を確認し、静かに頭を下げた。


「ありがとうございます、父上」


「まだ始まりだ」


「はい」


「気を抜くな」


「はい」


「だが、嬉しい時に嬉しいと思うことまで控える必要はない」


 意外な言葉に、セドリックは父を見る。


 ギルバートはいつもの寡黙な顔のままだった。


「相手の言葉を大切にするなら、自分の喜びも粗末にするな」


「……はい」


 父からそんなことを言われるとは思わなかった。


 セドリックは深く頷いた。


 夜、自室に戻ったセドリックは、シャロン嬢への返事を書き始めた。


 便箋を前にすると、また胸が熱くなる。


 だが、浮かれた言葉だけでは足りない。


 彼女が勇気を出してくれたのなら、自分も誠実に返す。


 ――お手紙をありがとうございました。

 ――ベルフォール子爵様に、私との話を前向きに進めたいとお答えくださったこと、深く、嬉しく拝読しました。


 少し硬い。


 けれど、ここは軽くできない。


 続ける。


 ――虚偽申告ではないとのことですので、こちらも正式に、そして真面目に受け取ります。

 ――私も、シャロン嬢とのお話を前向きに進めたいと、父母へ伝えました。


 そこまで書いて、セドリックは一度筆を止めた。


 言葉にしてしまうと、思った以上に強い。


 だが、消すつもりはなかった。


 ――父からも、ベルフォール子爵様へ改めて返書をお送りする予定です。

 ――とはいえ、急がせたいわけではありません。

 ――シャロン嬢のお気持ちを置いていかない形で、ひとつずつ進めていければと思っております。


 次に、朝の庭と昼過ぎの市について書く。


 ――次にお越しいただける機会があるなら、朝の庭も、昼過ぎの市も、ぜひご一緒したいです。

 ――確認事項があっても構いません。

 ――ただ、その合間に、また少しだけ何も決めずに歩ける時間があれば嬉しく思います。


 ノエルのことも添える。


 ――ノエルは、雨の日用の記録表を簡潔に作り直しました。

 ――本人曰く、早すぎない範囲で嬉しく思っているそうです。

 ――何についてかは、いずれ直接お話しできるかもしれません。


 追伸には、やはり焼き菓子のことを書いた。


 ――リディア嬢の審査員としての姿勢が評価されているとのこと、安心しました。

 ――公平性に疑問が残る場合は、次回、複数の候補を並べて再審査をお願いする必要がありそうです。


 書き終えて、セドリックは便箋を読み返した。


 虚偽申告ではないなら、こちらも正式に受け取ります。


 シャロン嬢が差し出してくれた意思を。

 自分が彼女を望む気持ちを。

 そして、これから両家で進めていく話を。


 どれも急がず、けれど曖昧にせず。


 セドリックは丁寧に封を閉じた。


 胸の奥にある喜びを、粗末にしないように。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

セドリックも、自分の意思を父母に伝えました。

両家の話も、少しずつ正式な段階へ進んでいきます。

次回もよろしくお願いします。

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