表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/13

第5話 では、私の何をご存じですか

読みに来てくださりありがとうございます。

今回はシャロンとセドリックが、改めてお見合いの場で向き合うお話です。

二人の会話を楽しんでいただけたら嬉しいです。

お見合い当日。


 私は鏡の前で、自分の姿を確認していた。


 淡い青のドレス。

 派手すぎず、地味すぎず。

 令嬢としては申し分なく、かといって気合いが入りすぎているようにも見えない。


 つまり、無難である。


「お姉様、とても綺麗です!」


 後ろでリディアが両手を合わせた。


「ありがとう。けれど、その顔は何か企んでいる時の顔ね」


「失礼です。私はただ、お姉様のお見合いが気になって仕方ないだけです」


「それを企みと言うのよ」


 リディアは悪びれずに笑った。


 その隣で、フローラが本を閉じる。


「お相手は、例の騎士様ですよね」


「ええ」


「お姉様を見て逃げなかった方ですね」


「私が魔獣のように聞こえるのだけれど」


「魔獣なら街角の殿方二人くらい、もう少し派手に倒していたと思います」


「あなた、私を何だと思っているの」


「頼もしい長姉です」


 褒められているのか、分類されているのか、判断に困る。


 私は小さく息を吐いた。


 お見合い。

 言葉にすると、急に現実味が増す。


 婚約解消からまだ日が浅い。

 けれど貴族社会で、傷が癒えるまで待つなどという優しさは、あまり期待できない。


 それでも今回の縁談は、嫌なら断っていいと言われている。


 父も母も、そう言った。


 けれど私は知っている。

 家同士の話である以上、完全に自由な選択など存在しない。


 だからこそ、今日確かめる。


 セドリック・グランフェルが、私を何として見ているのかを。


「お姉様」


 リディアが少しだけ声を落とした。


「無理しないでくださいね」


 私は鏡越しに妹を見る。


 いつもの明るい顔ではなかった。

 本当に心配している顔だった。


「……無理はしないわ」


 そう答えると、フローラが静かに言った。


「お姉様の無理しないは、一般的な無理の三歩先です」


「それは観察結果?」


「はい」


「便利ね、その言葉」


 少しだけ笑って、私は部屋を出た。


 グランフェル伯爵家の王都別邸は、武門伯爵家らしく落ち着いた造りだった。


 華美ではない。

 けれど手入れは行き届いている。

 庭木の枝も、石畳も、玄関先に立つ使用人たちの姿勢も、どこか規律正しい。


 案内された客間には、すでにセドリック・グランフェルが待っていた。


 彼は立ち上がり、丁寧に礼をする。


「本日はお越しいただき、ありがとうございます。シャロン嬢」


「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。グランフェル様」


 街角で会った時とは違う。


 あの時は偶然だった。

 今は、互いに相手を知った上で向かい合っている。


 その違いが、思った以上に私の肩を固くした。


 部屋には父と母、グランフェル伯爵夫妻も同席している。

 グランフェル伯爵ギルバートは、寡黙で厳格そうな男性だった。

 その隣に座るアメリア夫人は、柔らかく微笑んでいるが、目の奥にははっきりとした芯がある。


 なるほど。

 この家は、ただ厳しいだけではなさそうだ。


 簡単な挨拶と形式的な会話が済んだ後、アメリア夫人がにこりと笑った。


「若いお二人だけで少しお話しなさってはいかがかしら。もちろん、隣の控えの間に私たちはおりますから」


 母が頷き、父も了承した。


 私は内心で少し身構えたが、逃げる理由はない。


 やがて客間には、私とセドリックだけが残された。


 沈黙が落ちる。


 窓の外では、庭木が静かに揺れている。

 テーブルの上には紅茶と焼き菓子。


 私は焼き菓子に目を向けた。


 蜂蜜を使ったものだろうか。

 甘い香りがする。


 セドリックの視線が、一瞬だけそちらへ向いた。


 ……今、少し目が動いたわね。


 だが、今はそこを突く場面ではない。


「先日は、ありがとうございました」


 セドリックが先に口を開いた。


「街でのことです。改めて、お怪我がなくてよかった」


「ありがとうございます。ですが、申し上げた通り、ほとんど片づいておりました」


「ええ。あれは私が、少し遅れて片づけ係に加わった形でしたね」


 まさか覚えていたとは。


 私は思わず目を瞬いた。


「律儀な方ですね」


「よく言われます」


「では、少し率直に伺っても?」


「もちろんです」


 セドリックは姿勢を正した。


 その動きに、私はわずかに息を吸う。


 ここからだ。


 綺麗な言葉で飾られた縁談ならいらない。

 哀れみなら、もっといらない。


「グランフェル様は、私がベルフォール子爵家の跡継ぎではなくなったことをご存じですか」


「はい」


 即答だった。


 私は目を細める。


「では、婚約者から婚約を解消されたことも?」


「存じています」


「理由も?」


「おおよそは」


 誤魔化さない。


 それは少しだけ意外だった。


 多くの人間は、こういう話題になると曖昧に笑う。

 知っていても知らないふりをする。

 あるいは、気の毒そうに眉を下げる。


 けれどセドリックは違った。


 知っている。

 そう言った。


「ならば、なぜこの縁談を受けたのですか」


 私は続けた。


「私はもう、ベルフォール子爵家を継ぐ立場ではありません。ミルディア領を持参するわけでもない。婚約者に条件で切り捨てられた、いわば傷物の令嬢です」


「シャロン嬢」


 セドリックの声が、少しだけ低くなった。


 怒鳴るのではない。

 けれど、静かに線を引くような声だった。


「ご自身を、そう呼ばないでください」


 私は言葉を止めた。


 セドリックはまっすぐこちらを見ている。


「あなたをそう評する者がいるなら、その者の見識を疑います」


「……随分と強く言うのですね」


「失礼しました。ですが、そこは譲れません」


 静かな人だと思っていた。


 けれど、怒らない人ではないらしい。


 そのことが、少しだけ胸に引っかかった。


「では、どう評するのですか」


 私は尋ねた。


「跡継ぎの座を失い、婚約も解消された私を」


「努力してきた方だと思います」


 セドリックは言った。


「先日の街での受け答えを見ても、今日の話し方を聞いても、あなたは自分の状況を冷静に見ようとしている。傷ついていないふりをしているようにも見えますが、それでも誰かに自分の価値を決めさせまいとしている」


 私は指先をわずかに握った。


 見透かされたようで、腹が立つ。

 けれど、不思議と不快ではなかった。


「それは、褒めているのですか」


「はい」


「なかなか扱いにくい令嬢だと思いませんか」


「思います」


 即答だった。


 私は思わず固まった。


 セドリックは、そこで初めて少し困ったような顔をした。


「すみません。言い方を誤りました」


「いえ。正直でよろしいと思います」


「扱いにくいというより、簡単にわかったつもりになってはいけない方だと思います」


 私は黙った。


 それは、思っていた答えと違った。


 哀れんでいない。

 持ち上げてもいない。

 ただ、私を簡単な言葉で片づけようとしていない。


「グランフェル様」


「はい」


「私を娶ることで、あなたの家に何の得がありますか」


「家同士のつながりは得られます」


 セドリックは正直に答えた。


「ベルフォール家は堅実な家ですし、ミルディア領との関係も悪いものではありません。そこに利がないとは言いません」


「でしょうね」


「ですが、それだけなら私である必要はありません」


 私は視線を上げた。


 セドリックは穏やかに続ける。


「私は、あなたと話してみたいと思いました。先日の街角で、あなたが相手に媚びず、けれど筋は通して礼を言ったことが印象に残っています。今日も、逃げずに真正面から尋ねてくださった」


「失礼な質問ばかりですけれど」


「大事な質問です」


 その返しは、少しずるい。


 私は皮肉を用意していたのに、置き場所を失ってしまった。


「私は、可哀想な令嬢を救いたいわけではありません」


 セドリックは言った。


「あなたがそう扱われることを望まない方だと、少なくとも私は思っています」


 胸の奥が、少しだけ静かになった。


 可哀想。

 傷ついた令嬢。

 婚約者に捨てられた女。


 そのどれでもなく。


「では、私の何をご存じですか」


 私は問うた。


 声は思ったよりも静かだった。


 セドリックは少し考えた後、正直に答えた。


「まだ、多くは知りません」


 予想外の答えだった。


「そこは、少しくらい取り繕うところでは?」


「取り繕っても、すぐに見抜かれそうですから」


「それは正しい判断です」


「ありがとうございます」


「褒めてはいません」


 セドリックがかすかに笑う。


 その笑みを見て、私は少しだけ肩の力が抜けた。


「ですが」


 彼は続けた。


「知らないからこそ、知りたいと思っています。元跡継ぎ令嬢としてではなく、婚約を解消された方としてでもなく、シャロン・ベルフォールという方が何を見て、何を考え、何を大切にしてきたのかを」


 言葉が出なかった。


 評価なら受け慣れている。

 期待なら背負い慣れている。

 けれど、知りたいと言われることには慣れていない。


「……物好きですね」


 ようやく出てきたのは、そんな言葉だった。


「自覚はありませんでしたが、そうかもしれません」


「否定しないのですか」


「あなたの前で無理に格好をつけても、あまり意味がなさそうなので」


 私は思わず、口元を押さえそうになった。


 危ない。

 笑うところだった。


 その時、セドリックの視線がまた焼き菓子へ向いた。


 ほんの一瞬。

 だが、今度は見逃さなかった。


「グランフェル様」


「はい」


「その焼き菓子、お好きなのですか」


「……いえ」


 間があった。


 かなりあった。


「母が用意したものです」


「そうですか」


「はい」


「では、遠慮なくいただきます」


 私は皿から蜂蜜の焼き菓子を一つ取った。


 セドリックの視線が、また少し動く。


 なるほど。

 この方、嘘は得意ではないらしい。


「美味しいですね」


「それはよかったです」


「グランフェル様もいかがですか。お母様が用意されたものなのでしょう?」


「……では、一つだけ」


 一つだけと言いながら、選ぶ目は真剣だった。


 私は扇で口元を隠した。


 このお見合いは、思っていたよりも厄介かもしれない。


 哀れまれるなら、断るのは簡単だった。

 条件だけなら、切り捨てるのは容易だった。


 けれど彼は、私を簡単に分類しない。

 その上、蜂蜜の焼き菓子を前に少しだけ隙を見せる。


 警戒するには、少し調子が狂う。


「グランフェル様」


「はい」


「今日だけで答えを出すつもりはありません」


「もちろんです」


「ですが、もう一度お話しするくらいなら、構いません」


 セドリックの表情が、ほんの少し柔らかくなった。


「ありがとうございます」


「まだ感謝される段階ではありません。審査が一回延長されただけです」


「では、次回も誠実に臨みます」


「そうしてください。虚偽申告は減点です」


「心得ました」


そこで、セドリックは少しだけ迷うように口を開いた。


「それから、シャロン嬢」


「はい、グランフェル様」


「もし差し支えなければ、セドリックとお呼びください。父も同じグランフェルですので」


 私は一瞬、言葉を止めた。


 確かに、グランフェル伯爵もこの方も、同じグランフェルだ。

 呼び分けとしては、名前の方が自然だろう。


 けれど、それだけの話のはずなのに、なぜか少しだけ距離を詰められたような気がした。


「……では、セドリック様と」


「はい」


「慣れるまでは、少し呼びづらいかもしれません」


「急ぎません」


「そういうところです」


「どのようなところでしょう」


「調子が狂うところです」


 真面目に頷くものだから、私は今度こそ少しだけ笑ってしまった。


 窓の外では、陽の光が庭に落ちていた。


 お見合いは、まだ答えではない。

 この人を信じるには、私はまだ警戒しすぎている。


 けれど。


 少なくとも今日、セドリック・グランフェルは私を哀れまなかった。


 それだけは、確かだった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

警戒心たっぷりのシャロンと、正直すぎるセドリックのお見合い回でした。

少しずつですが、二人の距離も動き始めています。

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ