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元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


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第4話 お見合い相手が、例の騎士様でした

読みに来てくださりありがとうございます。

今回は、シャロンに新しい縁談の話が持ち上がる回です。

街で出会った騎士様の正体も少し見えてきます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

王都で妙な男たちに絡まれ、通りすがりの騎士に助けられた。


 それだけなら、よくある話――かどうかは知らないが、少なくとも一日で忘れてもいい出来事だったはずだ。


 けれど、私は忘れられなかった。


 セドリック・グランフェル。


 武門伯爵家であるグランフェル家の名は、当然知っている。

 代々騎士を輩出してきた名家であり、ハイレン領を治める堅実な伯爵家だ。

 王都騎士団とも縁が深い。


 その長男が、王都の街角で私に声をかけてきた男たちを静かに追い払った。


 いや、追い払ったというより、家名を聞いただけで相手が勝手に逃げた。

 あれはなかなか見事だった。

 剣を抜かず、声を荒らげず、面倒ごとを最小限で片づける。


 騎士というものは、もっと力任せに物事を解決する人ばかりだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。


「お姉様」


 部屋で書き物をしていた私に、リディアがひょいと顔を出した。


「お父様がお呼びです」


「父が?」


「はい。お母様も一緒です。あ、怒られる感じではなかったです」


「その補足が入る時点で少し不穏ね」


「大丈夫です。たぶん」


「たぶんで令嬢を呼び出さないでちょうだい」


 リディアは悪びれずに笑った。


 私は羽根ペンを置き、立ち上がる。

 婚約解消の件は、すでに正式な手続きに入っている。

 フィリップ・ラングレーとの縁は、まもなく完全に切れるだろう。


 その話か。

 あるいは、今後の私の身の振り方か。


 好きに生きていい。

 そう言われたばかりだというのに、私にはまだ好きに生きる予定などひとつもない。


 父の書斎へ向かうと、父と母が並んで待っていた。


 この並びは、だいたい重要な話の時だ。

 しかも父の顔がいつもより少し硬い。


「シャロン、座りなさい」


「はい」


 私は勧められた椅子に腰を下ろした。


 母が少し心配そうにこちらを見る。

 その顔を見るたびに、私は先に背筋を伸ばしてしまう。


 大丈夫です。

 そう言う準備をしてしまう。


「婚約解消の件は、ラングレー家とも正式に話がついた」


 父が切り出した。


「そうですか」


「慰謝料についても、向こうは異議を唱えなかった。そもそも向こうからの申し出だからな」


「それは何よりです」


 私は淡々と答えた。


 内心では少しだけ、フィリップの父親はまともだったらしい、と思った。

 あの息子にしては意外である。

 いや、息子と父親を同じ秤で測ってはいけないか。


「それでだ」


 父は一度言葉を切った。


 来た。

 本題だ。


「お前に、縁談が来ている」


 私は瞬きをした。


「縁談、ですか」


「ああ」


 早い。


 早すぎる。


 婚約解消が決まったばかりの令嬢に、もう次の縁談。

 貴族社会とは本当に動きが早い。

 人の傷が乾くのを待っていたら、家同士の都合は進まないのだろう。


「お父様」


 私は静かに尋ねた。


「その縁談は、私が元跡継ぎだからでしょうか」


 父の眉がわずかに動いた。


「シャロン」


「それとも、ベルフォール家とのつながりが目的でしょうか。あるいは、婚約破棄された娘を引き取ってやるという、慈善事業の一環でしょうか」


「シャロン、違うわ」


 母がすぐに言った。


 けれど私は、笑ってしまった。


 よくない笑い方だったと思う。

 自分でもわかっている。


「違うと断言できるのですか? 相手の方は私と話したこともないのでしょう?」


 母が言葉に詰まった。


 その沈黙が答えだった。


 私は扇を握りしめる。


 まただ。

 また、私の知らないところで私の価値が測られている。


 跡継ぎか。

 跡継ぎではないか。

 利用価値があるか。

 引き取る意味があるか。


 フィリップとの婚約で、嫌というほど思い知らされたばかりだ。

 私は誰かの未来の席ではない。

 誰かの居場所を確保するための土地でもない。


「相手は、グランフェル伯爵家だ」


 父が言った。


 私は動きを止めた。


「グランフェル……」


「ああ。セドリック・グランフェル殿。伯爵家の長男で、王都騎士団に所属している」


 セドリック・グランフェル。


 街角で出会った、あの騎士様。


 扇を持つ手に、少しだけ力が入った。


「……その方とは、昨日お会いしました」


 父と母が同時にこちらを見た。


「何?」


「王都で少し。絡まれたところを、助けていただきました」


「絡まれた?」


 父の声が低くなる。


 しまった。

 そこを強調するつもりはなかった。


「大したことではありません。ほとんど私が片づけておりましたので」


「片づけるという表現を、令嬢が街中の揉め事に使うのはどうなのかしら」


 母が困ったように言った。


「事実ですので」


「そこは胸を張るところではないわ、シャロン」


 ほんの少し、空気が緩んだ。


 けれど私の胸の中は、むしろ固くなっていく。


 偶然、街で出会った相手。

 その翌日に持ち上がる縁談。


 まるでよくできた筋書きのようではないか。


「その縁談は、いつから?」


 私は父を見た。


「グランフェル伯爵から内々に話があったのは少し前だ。ラングレー家との件が正式に片づいてから、改めて打診があった」


「少し前、ということは」


「レオンが生まれ、お前の立場が変わった後だ」


 父は誤魔化さなかった。


 その正直さが、ありがたくもあり、痛くもあった。


「なるほど」


 私は頷いた。


「つまり、私は跡継ぎではなくなったため、今度は嫁ぎ先を探されているということですね」


「シャロン」


 父の声が少し強くなった。


 珍しいことだった。

 けれど私は引かなかった。


「間違っていますか?」


「お前を追い出したいわけではない」


「では、なぜ急ぐのです」


 言ってから、自分でも驚いた。


 声が少しだけ震えていたからだ。


 父も母も、何も言わなかった。


 私は扇を膝の上で閉じたまま、視線を落とす。


「すみません。失礼な言い方をしました」


「いや」


 父は深く息を吐いた。


「お前がそう思うのも無理はない。私たちは、お前に何も説明しないまま、多くを背負わせてきた」


 その言葉に、胸が詰まった。


 謝られたいわけではない。

 責めたいわけでもない。


 けれど、何かがずっと噛み合っていない。


 父は続けた。


「この縁談は、急いで決めるつもりはない。お前が嫌なら断る」


「……私が、断ってもいいのですか」


「当然だ」


 父ははっきりと言った。


 当然。


 その言葉が、なぜかすぐには飲み込めなかった。


 跡継ぎとして育てられてきた私は、家のために必要な判断をすることを求められてきた。

 自分が嫌かどうかより、家にとってどうか。

 領地にとってどうか。


 それを基準にしてきた。


 だから、自分の結婚を「嫌なら断っていい」と言われても、どう受け取ればいいのかわからない。


「ただ」


 父が言った。


「グランフェル家は、悪い家ではない。ギルバート伯爵は堅実な方だ。夫人も信頼できる。そしてセドリック殿は……少なくとも、お前を条件だけで見るような男ではないと聞いている」


「聞いている、ですか」


「ああ。だから、会って確かめてほしい」


 私は口を閉じた。


 街でのセドリックの目を思い出す。


 婚約者に逃げられた方のベルフォールです。

 そう言った私に、彼は同情の顔をしなかった。


 逃げたのは、見る目のない方でしょう。


 あの言葉は、慰めだったのだろうか。

 それともただの礼儀だったのだろうか。


 わからない。


 だからこそ、怖い。


 期待して、また条件を突きつけられるのはごめんだ。


「お見合いは、いつですか」


 私が尋ねると、母の表情が少しだけ明るくなった。


「三日後よ。場所は王都の伯爵家別邸で、形式ばりすぎない形にしたいそうなの」


「そうですか」


「無理をしなくていいのよ」


 母が言った。


「あなたが嫌なら――」


「会います」


 私はそう答えた。


 逃げるのは嫌だった。

 見ないふりをして、後から勝手に決められたと思うのも嫌だった。


 ならば会うしかない。


 自分の目で見る。

 自分の耳で聞く。

 相手が私を何として見ているのか、確かめる。


「ただし」


 私は父と母を見た。


「相手が私を哀れんでいるだけなら、その場でお断りします」


 父は真面目な顔で頷いた。


「それでいい」


 母も、少し困ったように微笑んだ。


「相手の方が驚かないといいけれど」


「驚く程度なら問題ありません。逃げたらそこまでです」


「シャロン」


「冗談です。半分ほど」


 母が小さくため息をつき、父がわずかに目元を緩めた。


 書斎を出た後、私は廊下の窓辺で足を止めた。


 外には、夕暮れの光が差している。

 庭の木々が揺れ、遠くでリディアの笑い声が聞こえた。


 お見合い。


 結婚。


 新しい居場所。


 どれも今の私には、まだ遠い言葉だった。


 けれど、あの騎士様――セドリック・グランフェルの静かな目だけは、なぜかはっきりと思い出せる。


 哀れみではなかった。

 少なくとも、昨日のあの瞬間は。


 ならば確かめてみよう。


 彼が私を見る目が、本当に昨日と同じなのか。


 元跡継ぎ令嬢としてではなく。

 婚約者に捨てられた女としてでもなく。


 シャロン・ベルフォールという一人の人間として、見ているのかどうかを。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

助けてくれた騎士様が、まさかのお見合い相手でした。

警戒心たっぷりのシャロンですが、次回はいよいよ二人が改めて向き合うことになります。

次回もよろしくお願いします。

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