第3話 知らない騎士様に助けられましても
読みに来てくださりありがとうございます。
投稿したつもりが出来てなく21時にUP出来ませんでした…m(_ _)m
今回はシャロンが少し屋敷の外へ出るお話です。
新しい出会いもありますので、楽しんでいただけたら嬉しいです。
好きに生きていい。
そう言われた翌日、私は王都へ出ていた。
正確には、逃げた。
屋敷にいると、父も母も気遣う。
リディアは明るく話しかけてくる。
フローラは何も言わずにこちらを見る。
レオンは何も知らずに笑う。
どれも悪意ではない。
だから余計に、息の仕方がわからなくなる。
「気晴らしに買い物でもしてきたら?」
そう言ったのはリディアだった。
「お姉様、最近ずっと難しい顔をしていますもの。新しいリボンとか、手袋とか、甘いものとか!」
「甘いものはあなたが食べたいだけでしょう」
「それもあります」
胸を張って言う妹に、私は思わず笑ってしまった。
その結果、私は今、王都の大通りを一人で歩いている。
もちろん供はいる。
少し離れたところに侍女と護衛がついている。
けれど、貴族令嬢として最低限の体裁を保った上で、私は久しぶりに自分の足で街を歩いていた。
王都は騒がしい。
馬車の車輪の音。
商人の呼び声。
焼き菓子の甘い匂い。
仕立て屋の店先に飾られた色鮮やかな布。
どれもミルディア領とは違う。
私は子どもの頃から領地の収穫量や税の記録ばかり見ていたせいか、こういう場所に来ても、つい店の客入りや品の回転を見てしまう。
「あの店、昼前なのに焼き菓子がほとんど残っていないわね。仕入れを絞っているのかしら。それとも人気商品があるのかしら」
呟いたところで、私は自分に呆れた。
気晴らしに来てまで、何を見ているのか。
好きに生きる練習。
昨日、私は父と母にそう言った。
けれど自由とは、どうやら思ったより難しい。
誰かに課題を与えられている方が、まだ楽だった。
そんなことを考えていた時だった。
「お嬢さん、少しいいかな」
横から声をかけられた。
振り向くと、身なりだけは整えた若い男が二人立っていた。
貴族の子息、もしくは裕福な商家の息子といったところだろう。
どちらにせよ、こちらの返事を聞く前から距離を詰めてくる時点で、品性はお察しである。
「よくありません」
私は即答した。
男の一人が目を丸くする。
「まだ何も言っていないだろう」
「言われる前にお断りしただけです」
「気が強いな」
「よく言われます」
「せっかくだ。茶でもどうだ? 最近、婚約者に捨てられた令嬢がいると聞いたが、まさか君では――」
その言葉に、周囲の音が少し遠のいた。
なるほど。
噂はもう王都にも流れているらしい。
フィリップ・ラングレー。
あなた、仕事は遅そうなのに、噂が広がるのは早いのね。
私はにっこりと微笑んだ。
「それを聞いてどうなさるおつもりですか」
「いや、気の毒だと思ってね。慰めてあげようかと」
「まあ」
私は扇を開いた。
「随分と自信がおありなのですね。慰められる側に回る心配はなさらないの?」
男の顔色が変わった。
「何だと?」
「婚約者に捨てられた令嬢をからかうために、わざわざ街角で声をかける殿方でしょう? 私なら将来を不安視します」
「女のくせに」
「女であることは事実ですが、それが何か?」
男が一歩、近づいた。
離れたところにいた護衛が動こうとする気配がした。
け、れどその前に別の声が割って入った。
「そこまでにしておいた方がいい」
低く、落ち着いた声だった。
振り向くと、一人の青年が立っていた。
背が高い。
濃紺の上着は上質だが、飾り立てたものではない。
姿勢がよく、剣を佩いている。
騎士だろうか。
穏やかな顔立ちをしているのに、その目は状況を冷静に見ていた。
「何だ、貴様は」
男が苛立った声を出す。
「通りすがりです」
青年は静かに答えた。
「なら口を出すな」
「通りすがりだからこそ、見苦しいものは早めに片づけたいと思いまして」
私は思わず青年を見た。
丁寧な声なのに、言っていることがなかなか辛辣である。
「この女が先に――」
「私が見ていた限りでは、あなた方が先に声をかけ、彼女を侮辱したように見えました」
「貴族に向かって無礼だぞ」
「そうですね。では、家名を伺っても?」
青年の声音は変わらなかった。
けれど、その一言で男たちは明らかに怯んだ。
家名。
それを出されると困る程度の覚悟で、令嬢に絡んでいたらしい。
「……行くぞ」
男の一人が舌打ちをし、もう一人を連れて足早に去っていく。
何とも早い撤退だった。
もう少し粘るかと思ったが、意外に根性がない。
「お怪我はありませんか?」
青年がこちらへ向き直った。
私は扇を閉じる。
「ありません。助けていただく前に、だいたい片づきかけておりましたので」
一瞬、青年が瞬きをした。
それから、口元にかすかな笑みを浮かべる。
「確かに、そのようでした」
「ですが、助けていただいたことには変わりありません。ありがとうございました」
私は礼をした。
礼は必要だ。
たとえ少々余計な助けだったとしても、筋は通すべきである。
「いえ。出過ぎた真似でしたら、申し訳ありません」
「出過ぎたというほどではありません。少し早めの片づけ係くらいです」
「それは……光栄です」
青年は笑いをこらえるように目を伏せた。
変な人だ。
普通なら、気の強い令嬢だと眉をひそめるところだ。
あるいは、気の毒な女性だと同情した顔をするところだ。
けれど彼は、どちらでもなかった。
私を哀れんでもいない。
無理に宥めようともしていない。
ただ、目の前にいる一人の人間として見ている。
それが少しだけ、不思議だった。
「あの」
青年が言った。
「失礼ですが、お名前を伺っても?」
私は一瞬迷った。
だが、相手は助けてくれた。
名乗らないのも不自然だ。
「シャロン・ベルフォールです」
青年の目がわずかに動いた。
噂を知っているのだろう。
そう思ったが、彼は表情を変えなかった。
「ベルフォール子爵家のご令嬢でしたか」
「ええ。婚約者に逃げられた方のベルフォールです」
自分で言っておいて、何ともひどい自己紹介だと思う。
青年は困ったように、けれど真面目な顔で首を横に振った。
「逃げたのは、見る目のない方でしょう」
今度は私が瞬きをした。
何を言うのか、この人は。
「……随分と買いかぶってくださるのですね」
「いいえ。先ほどの受け答えを見て、そう思っただけです」
さらりと言われて、言葉に詰まった。
褒められ慣れていないわけではない。
跡継ぎとしてなら、何度も評価された。
判断が早い。
覚えがいい。
よくできた娘だ。
けれど今の言葉は、どこにも役目の匂いがなかった。
「私は、セドリック・グランフェルと申します」
青年は静かに名乗った。
「またどこかでお会いすることがありましたら、その時はもう少し穏やかな場面だといいのですが」
「それは努力します」
「努力が必要なのですね」
「街角には、努力だけでは避けられない殿方もおりますので」
セドリックは、今度こそ小さく笑った。
その笑い方が、不思議と嫌ではなかった。
私は軽く礼をして、侍女と護衛のいる方へ歩き出す。
背中に視線を感じたが、振り返らなかった。
ただ、胸の奥に小さな違和感だけが残った。
知らない騎士様に助けられた。
それだけの出来事のはずなのに。
どうしてだろう。
あの人の目には、私は少しも「役目を失った令嬢」には見えていなかった気がした。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ようやくセドリックが登場しました。
まだお互いに何者かを深く知る前の二人ですが、ここから少しずつ動き始めます。
次回もよろしくお願いします。




