表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/59

第44話 招待状は、思ったより重いものです

読みに来てくださりありがとうございます。

今回はベルフォール家側のお話です。

正式な招待状が届き、ハイレン領訪問がいよいよ形になってきました。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

正式な招待状が届いたのは、翌日の午後だった。


 グランフェル伯爵家の封蝋が押された厚手の封筒は、私宛てではなく父宛てだった。

 もちろん、家同士の訪問なのだから当然だ。


 けれど、その封筒が父の執務机に置かれているのを見た時、私は思ったよりも緊張した。


 手紙のやり取りとは違う。


 これは、正式な招待状だ。


 私がハイレン領へ行く。

 リディアとフローラも同行するかもしれない。

 グランフェル家に迎えられる。


 そういうことが、家の文書として形になっている。


「シャロン」


 父が封筒を手に取り、私を見た。


「開けるぞ」


「はい」


 執務室には、父と母、私、リディア、フローラが揃っていた。


 リディアは落ち着いているように見せようとして、逆に少し背筋が伸びすぎている。

 フローラは静かだが、視線が封筒から離れていない。


 『書庫』


 おそらく、頭の中はその二文字でかなり占められている。


 父は封を切り、文面に目を通した。


 室内に、紙をめくる音だけが響く。


 私は指先を膝の上でそっと重ねた。


 落ち着きなさい。


 ただの訪問よ。


 そう思おうとして、すぐに否定する。


 ただの訪問ではない。


 セドリック様が大切にしている場所へ行くのだ。

 グランフェル家に、客人として迎えられるのだ。


 緊張しない方がおかしい。


「丁寧な招待だ」


 父が静かに言った。


「日程は、来月の第一週。こちらの都合が合うなら、一泊二日を想定している。初日は到着と挨拶、庭園か書庫の案内。翌朝に市を見て、午後は無理のない範囲で確認や歓談、とある」


 父は一度文面へ視線を戻し、続けた。


「同行者についても、こちらの判断に合わせて受け入れる用意があるそうだ。私とマリエルが同行する場合、あるいはシャロンと妹たちを中心にする場合、どちらにも対応できるよう客室を整える、と」


 その言葉に、リディアの背筋がさらに伸びた。


「つまり、私たちも……?」


「まだ確定ではない」


 父は釘を刺すように言った。


「だが、グランフェル伯爵家は、リディアとフローラの同行も歓迎する意向を示している」


 リディアの顔がぱっと明るくなり、フローラは静かに目を伏せた。

けれど、その指先が膝の上でほんの少し動いた。


「一泊二日……!」


「2人とも浮かれすぎるなよ」


「はい!」

「はい…」


 返事は早い。


 けれど、目が輝いている。


 父はそれを見て、少しだけ眉を上げた。


「リディア」


「はい」


「焼き菓子だけを目的にしないように」


「はい。お姉様の応援と、グランフェル家の皆様へのご挨拶と、ハイレン領の見学も目的です」


「順番は今ので合っているのか?」


「合っています」


 私は横から口を挟んだ。


「焼き菓子が四番目なら、まだ許容範囲かもしれません」


「お姉様、厳しいです」


「甘くすると、あなたは焼き菓子を一番にするでしょう」


「……時と場合によります」


「否定しなさい」


 母が口元を押さえた。


 父は咳払いをして、今度はフローラを見る。


「フローラ」


「はい」


「書庫の案内についても書かれている。エミリア嬢が準備してくださっているようだ」


 フローラの目が、静かに動いた。


「そうですか」


「嬉しいか?」


「はい」


 また即答だった。


 父が一瞬だけ沈黙する。


「書庫に入り浸らないように」


「努力します」


「その返答は不安だな」


「父上。書庫ですので」


 父は軽く目を閉じた。


 私は思わず顔を伏せた。


 最近、フローラは「書庫ですので」で多くのことを押し通そうとしている。

 そして、わりと押し通せている。


「節度を持ちなさい」


「はい」


 フローラは真面目に頷いた。


 その真面目さが、かえって心配である。


 父は文面を母へ渡し、今度は私を見た。


「シャロン」


「はい」


「市の確認については、助言を求める形ではあるが、あくまで無理のない範囲でと書かれている。グランフェル伯爵家としても、客人として迎えることを重視しているようだ」


「はい」


「お前も、そのつもりで行きなさい」


 私は少しだけ視線を落とした。


 そのつもり。


 客人として。

 役目を果たす者としてだけではなく。


「承知しました」


 そう答えた声は、思ったよりも小さかった。


 父はしばらく私を見ていたが、追及はしなかった。


 代わりに母が、柔らかく言った。


「支度も始めましょう。泊まりとなると、衣装も考えなければならないわね」


「お母様」


「何かしら」


「派手なものは不要です」


「もちろん。けれど、地味すぎるものも不要です」


「……地味すぎるもの」


「あなたは放っておくと、実務に向いた服ばかり選ぶでしょう?」


 否定できない。


 市を見るなら動きやすい服。

 移動するなら疲れにくい靴。

 庭園を歩くなら裾が邪魔になりにくいもの。


 そう考えていた。


 母は微笑む。


「市を見る時の服は、それでいいの。でも、初日のご挨拶や夕食には、きちんとあなたらしく整えましょう」


「私らしく」


「ええ。無理に飾り立てる必要はないわ。でも、あなたが大切に迎えられていることに応える装いは必要よ」


 私は黙った。


 装いも、返礼の一部。


 それはわかる。


 けれど、母の言葉にはそれ以上の意味がある気がした。


 私が、大切に迎えられる。


 そのことに、私自身がきちんと応える。


「……はい」


 そう答えると、母は満足そうに頷いた。


 執務室での話し合いが終わった後、私は小サロンへ戻った。


 そこには、セドリック様から私宛ての手紙も届いていた。

 正式な招待状とは別に添えられていたものだ。


 私は長椅子に腰を下ろし、封を開けた。


 リディアとフローラは少し離れた場所にいる。

 覗き込む気はないらしい。


 ただし、聞く準備はできている。


 それが見えすぎていて、少し笑いそうになった。


 手紙には、正式な招待状を準備したことへの説明が丁寧に書かれていた。


 妹たちの同行を歓迎すること。

 エミリア様が書庫案内を張り切っているが、長くなりすぎないよう気をつけること。

 リディアには、蜂蜜の焼き菓子の臣下候補をいくつか用意する予定であること。


 私はそこで、思わずリディアを見た。


「何ですか?」


「セドリック様が、あなたのために焼き菓子の臣下候補をいくつか用意してくださるそうよ」


 リディアは両手を合わせた。


「まあ!」


「喜びすぎない」


「まだ声は抑えています」


「表情が抑えられていないわ」


「お姉様こそ、少し楽しそうです」


「私は姉として報告しているだけよ」


「そういうことにしておきます」


 私は少しだけ眉を寄せた。


「フローラ」


「はい」


「エミリア様は、書庫案内を張り切っているそうよ。ただし、長くなりすぎないよう気をつけると」


「長くなっても構いません」


「構いなさい」


「……努力します」


「あなたたち、なぜ努力が必要なことばかりなの」


 母が横で笑っている。


 私は手紙の続きを読んだ。


 そして、そこで指を止めた。


 ――ノエルは、もしご負担でなければ、市を見る折に少し離れて同行できればと申しております。

 ――まだ緊張しておりますが、記録表を見ていただいたお礼を、短くでもお伝えしたいようです。


 ノエル様。


 まだ会ったことのない、グランフェル家の次男。

 記録表を作り、自分の得意なことに少しずつ気づき始めている少年。


 その彼が、私に礼を言いたいと。


「ノエル様も、市を見る時に同行したいそうよ」


 私が言うと、リディアが目を丸くした。


「まだお会いしたことがない方ですよね」


「ええ」


「緊張されているのですね」


「そう書かれているわ」


 フローラが静かに言った。


「記録表を見ていただいたお礼を言いたい、というのは誠実ですね」


「そうね」


 私は便箋を見つめた。


 ノエル様が緊張しているのは当然だ。


 年上の令嬢。

 兄の縁談相手。

 自分の記録表に意見を言った相手。


 考えてみれば、話しにくい条件が揃っている。


 けれど、礼を言いたいと思ってくれている。


 それは、とても丁寧なことだ。


「ご負担でなければ、と書いてくださっているのですね」


 母が言った。


「はい」


「なら、あなたの返事も、ノエル様が安心できるようにして差し上げるといいわ」


「安心できるように」


「ええ。短い挨拶で十分です、とか」


 私は頷いた。


 確かに、その方がいい。


 緊張している相手に、立派な言葉を期待していると思わせてはいけない。


「そうします」


 手紙の最後には、こう書かれていた。


 ――シャロン嬢が、ただ見て、歩いて、知る時間も大切にしてみたいと書いてくださったことを、嬉しく思いました。

 ――その時間が穏やかなものになるよう、できる限り整えます。


 穏やかなものになるよう。


 その言葉に、胸の奥が柔らかく揺れた。


 私は何かをするとき、どうしても結果を考える。

 成果を出せたか。

 役に立てたか。

 間違いはなかったか。


 けれどセドリック様は、穏やかに過ごせるようにと書く。


 それは、私が慣れていない種類の気遣いだった。


 嫌ではない。


 むしろ、少し怖いくらいありがたい。


「お姉様」


 リディアがそっと声をかけた。


「今度は、何が書いてあったんですか?」


「ただ歩く時間が穏やかなものになるよう、整えてくださるそうよ」


 リディアは少し黙った。


 それから、にこりと笑った。


「やっぱり、素敵です」


「出たわね」


「でも本当に。お姉様に、ただ歩いてほしいと思ってくださる方なのですね」


 その言葉に、返事が少し遅れた。


 ただ歩いてほしい。


 そう言われると、急に胸が詰まる。


 役に立ってほしいのではなく。

 正しい答えを出してほしいのではなく。

 ただ、そこを歩いてほしい。


 そんな望まれ方を、私はあまり知らない。


「……そうね」


 私は小さく答えた。


「たぶん、そういう方なのだと思うわ」


 夜、私は返事を書いた。


 まずは正式な招待状への礼。

 家として訪問を受ける方向で整えていること。

 日程は父から正式に返すこと。


 それから、妹たちのこと。


 ――エミリア様が書庫案内を楽しみにしてくださっていること、フローラも大変喜んでおります。

 ――長くなりすぎないようにとのお気遣いには感謝しますが、フローラ本人は長くなっても構わない顔をしております。

 ――姉としては、節度を守るよう申し含めます。


 次に、リディアのこと。


 ――リディアは、蜂蜜の焼き菓子の臣下候補にかなり期待しているようです。

 ――ただし、味次第で王座側にも反乱側にもつくと申しておりますので、陣営管理にはご注意ください。


 ここまで書いて、私は少し笑った。


 正式訪問の返事に何を書いているのか。


 けれど、セドリック様なら受け取ってくれる気がした。


 そして、ノエル様のことを書く。


 ――ノエル様が市を見る折に同行されること、私に負担はありません。

 ――むしろ、記録表を作られた方が実際の場をどう見るのか、私も知りたいと思っております。

 ――ご挨拶は短くて十分です。こちらこそ、良い記録表を見せていただいたことにお礼を申し上げたいです。


 書いてから、少し考えた。


 これで、ノエル様が少しでも安心してくれればいい。


 最後に、セドリック様への言葉。


 ――穏やかな時間になるよう整えると書いてくださったことが、心に残りました。

 ――私はまだ、ただ歩くことが上手ではないかもしれません。

 ――ですが、セドリック様がご一緒なら、少し試してみてもよいと思っています。


 書いた瞬間、顔が熱くなった。


 これは、かなり。


 かなり、踏み込んだのではないか。


 私は便箋をじっと見つめた。


 消すべきか。

 直すべきか。

 もっと曖昧にするべきか。


 けれど、手は動かなかった。


 セドリック様がご一緒なら。


 そう思ったのは本当だ。


 なら、消さなくてもいい。


 追伸を書く。


 ――なお、私は焼き菓子の陣営には中立の立場で臨むつもりです。

 ――ただし、虚偽申告は減点です。


 書き終えて、私はようやく息を吐いた。


 招待状は、思ったより重いものです。


 家と家をつなぎ、予定を形にし、人の気持ちを少しだけ先へ進める。


 その重みを感じながらも、私は封を閉じた。


 ハイレン領へ行く日が、本当に近づいている。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

シャロンも、客人として迎えられることに少しずつ向き合っています。

ノエルとの初対面も近づいてきました。

次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ