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元跡継ぎ令嬢はお見合い結婚した騎士伯爵と恋をします  作者: 影道AIKA


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第37話 安心したと言われたら、もう少し進みたくなります

読みに来てくださりありがとうございます。

今回はグランフェル家側のお話です。

シャロンの言葉を受けて、セドリックが少し先の提案を考え始めます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

シャロン嬢からの手紙を読んだ時、セドリックはしばらく言葉を失った。


 小書斎の机には、ハイレン領の市の配置図が広げられている。

 その横には、ノエルが整えた記録表の写し。

 さらに、管理人へ確認させる項目を書いた紙も置いてあった。


 けれど、今のセドリックの目は、そこには向いていなかった。


 便箋の一文に、意識を持っていかれていた。


 ――聞ける場所でありたいと書いてくださったことを、どう受け取ればいいのか、少し迷いました。

 ――けれど、嫌ではありませんでした。

 ――むしろ、少し安心したのだと思います。


「……安心」


 声に出すと、その言葉は思った以上に重かった。


 安心した。


 シャロン嬢が、そう書いてくれた。


 大きな告白ではない。

 甘い言葉でもない。

 けれど、彼女にとっては、とても大きな一歩だとわかる。


 シャロン嬢は、簡単に弱さを見せない。

 困っても笑う。

 傷ついても背筋を伸ばす。

 必要なことなら、痛みを飲み込んででも言葉にする。


 その彼女が、安心したと書いた。


 それを、軽く受け取れるはずがなかった。


 セドリックは便箋を丁寧に置き、深く息を吐いた。


「兄上?」


 扉の方から、ノエルの声がした。


「入ってもよろしいですか」


「ああ」


 入ってきたノエルは、手に新しい記録表の案を持っていた。

 だが、セドリックの顔を見るなり、少し首を傾げた。


「何か、ありましたか?」


「シャロン嬢から返事が来た」


「配置図の件ですか?」


「それもある」


 セドリックは、仕事の話をすることにした。


 彼女の内側に触れる言葉を、すぐに他人へ広げるべきではないと思ったからだ。


「備考欄の使い方について、良い案だと書いてくださっている。現場の負担を考えるなら、項目を増やすより、備考欄の例を整える方が合っているだろう、と」


 ノエルの顔が、ほっと緩んだ。


「そうですか」


「ああ」


「よかったです。項目を増やしすぎると、記録する方が面倒になってしまうと思っていたので」


「その視点が大事だ」


 セドリックが言うと、ノエルは少し照れたように目を伏せた。


 以前より、褒め言葉を受け取るのが上手くなっている。


「それから、現地確認の後に改めて見たいと書かれている」


「現地確認……」


 ノエルは配置図を見下ろした。


「やはり、実際に見ないとわからないことが多いですよね」


「ああ」


 そこで、セドリックは少し考えた。


 配置図を送る。

 記録表を見てもらう。

 管理人に確認させる。


 それも悪くない。


 だが、シャロン嬢の目は、実際の場を見ることでさらに力を発揮するはずだ。


 彼女は紙の上だけで考える人ではない。

 人の流れを見て、声を聞き、違和感を拾う人だ。


「ノエル」


「はい」


「近いうちに、シャロン嬢にハイレン領の市を見ていただく機会を作れないだろうか」


 ノエルは少し目を見開いた。


「シャロン嬢が、こちらへ?」


「まだ提案の段階だ。もちろん、ベルフォール家のご都合もある。正式な招待として、父上と母上にも相談する」


「でも……良いと思います」


「そうか」


「はい。シャロン嬢なら、きっと図だけでは気づけないことも見つけられると思います」


 ノエルはそこまで言って、少し慌てたように付け足した。


「もちろん、頼りすぎるのはよくないですが」


「そうだな」


「でも、見ていただけるなら……私も、記録表をもっと役立てられる気がします」


 その言葉は前向きだった。


 セドリックは静かに頷く。


「父上に相談しよう」


 その日の午後、セドリックは父ギルバートと母アメリアに話を通した。


 場所はグランフェル家の執務室だった。


 ギルバートは書類から顔を上げ、セドリックの説明を黙って聞いていた。

 アメリアは隣で茶を飲みながら、時折小さく頷いている。


「つまり」


 ギルバートが低い声で言った。


「ベルフォール嬢に、ハイレン領の市を実際に見てもらいたいということか」


「はい。ただし、助言を求めるためだけに呼ぶ形にはしたくありません」


「ほう」


「正式な招待として、グランフェル家を知っていただく機会にしたいと考えています。その中で、市も見ていただければと」


 アメリアが微笑んだ。


「良いと思うわ」


「母上」


「シャロン嬢は、きっとただ招かれるだけでは落ち着かないでしょう。けれど、役目だけを渡されるのも違う。なら、両方を丁寧に用意すればいいのよ」


「両方、ですか」


「ええ。歓迎すること。力を信じていること。どちらも」


 ギルバートも静かに頷いた。


「ベルフォール子爵家へ正式に相談しよう。日程は急がない。まずは打診だ」


「ありがとうございます」


「ただし」


 父の声が少し重くなる。


「彼女を便利な相談役にするな」


「心得ています」


「ならいい」


 短い言葉だった。


 だが、信頼があった。


 セドリックは深く頭を下げた。


 執務室を出ると、廊下でエミリアが待っていた。


「兄様」


「聞いていたのか」


「扉の外で偶然です」


「偶然にしては姿勢が整っているな」


「少しだけ待っていました」


 正直である。


「シャロン様が、ハイレン領へいらっしゃるかもしれないのですね」


「まだ決まったわけではない」


「でも、もし実現したら素敵です」


「エミリア」


「はい。声は控えめにします」


 そう言いつつ、目は輝いている。


「フローラ様も一緒でしょうか」


「それもまだわからない」


「もし一緒なら、書庫もご案内したいです」


「市を見る話が、書庫まで広がったな」


「ハイレン領を知っていただくには、書庫も大事です」


「それは母上の理屈に似ている」


「母上の娘ですので」


 セドリックは小さく笑った。


 家族が、自然にシャロン嬢を迎える未来を考えている。


 それが嬉しい。


 そして同時に、胸が引き締まる。


 自分は彼女を急かしてはいけない。

 けれど、何も差し出さないままでいるのも違う。


 待つことと、踏み込まないことは同じではない。


 母の言葉が、胸の中で形を持ち始めていた。


 その夜、セドリックはシャロン嬢へ返事を書いた。


 配置図の確認事項への礼。

 ノエルが備考欄の案を褒められて喜んでいたこと。

 管理人へ確認を進めること。


 そして、慎重に言葉を選ぶ。


 ――もしご負担でなければ、いつかハイレン領の市を実際にご覧いただけないかと考えております。

 ――助言をお願いしたいという気持ちもありますが、それだけではありません。

 ――私が生まれ育った領地を、シャロン嬢にも少しずつ知っていただけたら嬉しいのです。


 書いてから、手を止めた。


 これは、少し踏み込んだ言葉だ。


 だが、消さなかった。


 シャロン嬢は、自分の大切にしてきたミルディア領の春市を話そうとしてくれた。

 ならば、自分もハイレン領を差し出したい。


 ただの資料としてではなく。

 自分が大切にしている場所として。


 続けて書く。


 ――もちろん、急ぐものではありません。

 ――ベルフォール家のご都合を第一に、まずはご相談として受け取っていただければ幸いです。


 そして最後に、あの一文への返事を書く。


 ――聞ける場所があると思えることが、悪いことではないと書いてくださったことを、嬉しく思いました。

 ――私は、その場所であれるよう努めます。


 書いた後、胸の奥が静かに熱を持った。


 約束のような言葉だった。


 軽く使ってはいけない。


 けれど、今の自分には必要な言葉だった。


 追伸には、少しだけ軽く書く。


 ――蜂蜜の焼き菓子の王座については、現在も挑戦者を捜索中です。

 ――強い王には、優秀な臣下も必要かもしれません。


 そこまで書いて、セドリックは小さく笑った。


 焼き菓子の王と臣下。


 いよいよ何の話かわからない。


 けれど、シャロン嬢ならきっと、呆れながらも少し笑ってくれる。


 そう思えることが、今はとても嬉しかった。


 安心したと言われたら、もう少し進みたくなります。


 ただし、急がずに。


 彼女の歩幅を見ながら。


 セドリックは封を閉じ、丁寧にグランフェル家の封蝋を押した。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

ハイレン領の市を実際に見る話が少し出てきました。

セドリックも、待つだけではなく少しずつ差し出すことを考え始めています。

次回もよろしくお願いします。

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